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第9話 砂の街

 辺り一面、見渡す限りの砂。そしてその砂の上には、これまた砂で作られた、白い建物が立ち並ぶ。砂の街、ディザーディラ。 「……最悪だな」  ロンは、ガスマスクの下でぽつりと呟いた。この街では、"光粉"という、ニンゲンなどの哺乳類に対し毒性を持つ物質が、常に空中を浮遊している。そのため、この辺りでは、ガスマスクがなければ、ニンゲンは息を吸うことさえできない。  黒い箱の中で、シーザが不満そうに声を上げた。 「我慢してくれ、シーザ。これはお前にも毒だから」  カタカタと箱の中で動き回り、シーザは文句を垂れる。  ロンは、ニンゲン一人が簡単に隠れられそうな大きさのかごを持った街の生き物に声をかけた。 「……すみません。この街で、泊まれる場所はありませんか」 「あら、小さな方。もしかして、旅人かしら?」  ロンの二倍ほどの大きさの硬い身体を揺らし、生き物はロンを振り向いた。彼女は、長い指を動かしながら、ゆっくりとロンを見下ろした。 「そうね……貴方くらいの小さな生き物となると……この街じゃ、少し難しいわ」 「設備は大きくても平気です」 「うーん、それなら……、ほら、見えるかしら」  彼女がすっと指を差した先には、今にも崩れてしまいそうな形をした、三階建ての建物があった。 「あの、奥の、曲がった建物。あれがいいわ。あそこの店主は、多様な観光客に慣れているから」 「この街に、観光客は多いのですか」  ロンは意外に思ってそう尋ねた。彼女はどこか不思議そうに笑った。 「もちろんよ、近くの街からも遠くの街からも、たくさん来るわ」  この、一面砂の色をした街に。ロンは、物好きもいるものだと首を傾げた。  彼女と別れ、ロンは先程指さされた建物へ向かう。あまりにも空気が悪く、息が詰まるような気がして、今はとにかく休みたかった。  建物に入ると、一階はレストランになっていた。ロンは、受付のある二階へあがる。受付には、身体の大きなロックジュエラがいた。 「……すみません。ニンゲンと、このマタラヘンゲネズミを泊めてもらえますか」 「ニンゲン?」  ホテルの受付の男は、ロンの言葉に驚いて、確認するかのようにジロジロと彼を見下ろした。それから、大きな口をがぱっと開けて笑う。 「アッハッハ! ニンゲンだ! これはまた珍しいものが来たな。光粉のせいで、この辺りじゃ滅多に見ないのに」 「そんなにか?」 「ああ。ニンゲンを見たのは、お前で……二人目だ!」  ロンは驚き、自分の胸ポケットから写真を一枚出した。 「…………それは、こんな男ではありませんでしたか」 「そうだ、この青いニンゲンだよ! この街が好きだと、何度もここへやってきていたんだ」 「……彼、どうでしたか」 「どう……? 彼のここでの様子をききたいのかい?」  ロンは頷く。男は腕を組み、懐かしそうに目を細めた。 「とにかく出会う生き物全てと話したがっていてね、よく他の客から、黙らせろとクレームが来たよ」  ロンは小さな苦笑いを浮かべた。どこへ行っても、ノアロの話をする生き物は、皆、しょうがない奴だとでも言いたげな顔をする。それから、眩しそうに目を細めるのだ。 「……ああ、あいつが詳しい。……モダリア! おい、モダリ!」  呼びかけられた生き物は、ロンと男の方を振り向く。その生き物の大きな岩の身体の隙間から、花が咲いていた。 「なんでしょう」 「ほら、昔、うちによく来てたニンゲンがいただろう。青くてやかましい鳥みたいなやつだ。このニンゲンが、そいつの話を聞きたいらしい」 「…………もしかして、ロン先生だろうかな?」  もう既に懐かしいような言葉に、ロンは驚き、小さく頷いた。 「そうだ。クロバロン。ロンだ」  反射的に、ロンはブレウィジン語で答える。彼はぱっと顔を明るくした。 「わぁ! 私はミュンモダリア。呼び名はモダリだが!」 「はじめまして、モダリ」  モダリは指を一本すっと差し出した。ロンはモダリの指先を握る。 「久方ぶりに聞いた方言だ。君はどこの出身だ?」 「あはは。私じゃなくて、母がレイニャストの出身だが。レイニャストじゃ、身体が大きい生き物は暮らしづらいからと、父にこの街に連れて来られたんだが」 「そうだったのか。本当に上手いブレウィジン語だな」 「ありがとう」  彼は嬉しそうに笑った。 「……貴方がロン……ノアロの言ってた通り、綺麗な髪だが」 「…………世辞をありがとう」 「世辞なんか言わんが!」  モダリは首を横にぶんぶん振る。少し風が起こって、ロンのフードが肩に落ちた。 「……貴方が来たってことは……、これは、跡追旅行だろうかな」 「…………そうだ」  ロンは答える。モダリは首を傾け、何か遠くへ想いを馳せているかのように微笑んだ。 「……跡追旅行……。素敵な文化だと思うが。そこまで心を預けられる生き物が、私も欲しいが……」 「心を、預ける……」  ロンはモダリの言葉を繰り返す。それはあまりにも自分の心を満たす言葉で、ロンはふっと微笑んだ。 「目的地は?」 「ロストシティだ」 「ああ! すごくいいなぁ。ロストシティは美しい街だが」  モダリは手を合わせ、楽しそうに笑った。それから、少し目を伏せ、ロスティカジン語で呟く。 「……そうか……ノアロはいい街で死んだんだな……」  ロンは俯いた。旅を始めたばかりの頃から、何度も何度も同じ言葉を聞いた。その度、ロンの心に、何かが積もっていく。  分かっている。そんなことは分かっていて、「跡追旅行」を決行した。しかし、気持ちというものは、どうしてか、揺らぎ移ろい、欲を出す。 「……ロスティカジン語で話してもらって構わない。耳を鍛えたいから」 「本当か!? 良かった、普段使わないから、少し話しづらかったんだ」  モダリは突然表情豊かになって、ペラペラと早口で喋りだした。ロンはふっと小さく笑う。 「……君の知っているノアロを知りたい。何か、アイツとの思い出はないか」 「そうだな……、彼が話すのはいつも貴方の話だったから……」  モダリは懐かしむように笑みをこぼす。ロンは小さくため息をついた。 「アイツ、どこ行っても俺の話しかしてないのか?」 「はは! ノアロは、本当は先生とずっと一緒にいたかったようだからな。二人で旅をしたいと言っていたよ」 「……俺と旅を?」 「あまり聞かれたことがないかな?」  モダリは尋ねる。ロンはおとなしく頷いた。 「先生と旅をしたい、先生に見せたいものがたくさんあるんだと、しつこいくらい言っていた。じゃあ、先生を連れてきたらどうだと言ったんだが、ノアロは、先生は俺だけのものじゃないからと」  モダリは苦笑をこぼして首を振る。ロンは俯き、小さく口を開いた。 「……なんだかな……。今になって思えば、少しくらい、アイツの旅についていってやればよかったかもしれない」 「だが、先生はブレウィズの大切な頭脳だろう。仕方ないところもあったさ」  モダリはそう言った。  ブレウィズの街は、ロンの生きる価値だった。そのために、彼はつくられた。しかし、それが生きる理由だったかと問われれば、それはきっと違う。 「……それに、ノアロが、そこまで早く死ぬとは思わなかった。きっと、あの子に関わった生き物誰しもが、そう思ってたはずだ。それくらい、ノアロは希望に満ちた男だった」  モダリは言った。  永遠なんてないのに、絶対なんてないのに、あの美しい青い鳥ならば、それを叶えてくれるような気がする。だから、旅人ノアロの姿は、どんな生き物の目も奪って、離さない。生き物はいずれ死んでしまうということを、すっかり忘れてしまうほどに。 「……最後の旅のときに、アイツに会ったか」 「ノアロに『元気で』と言われたことはない。……だが、最後の旅も、死にに行ったんじゃないんだろう、ノアロは。あの子はいつ出たんだい」  モダリは問いかける。 「…………アイツが最後に出たのは、十五年前の今頃だ」 「……それなら、会ったかもしれない」 「本当か?」  ロンはモダリの顔を凝視した。モダリは顎に手を当てて、眉をひそめる。それから、ぱんと手を叩き、ロンの方を勢い良く見た。 「……そうだ、あの子あの時、『先生にプロポーズがしたい』と言ってた!」 「え、は!?」 「あ、いや……、はは、そう言ってたんだよ、あの子…………」  モダリは苦笑をこぼし、それからゆっくりと俯いた。  ロンはぽかんとして、目だけをパチパチと瞬かせていた。 「……今更だろう……。周りからも夫と言われていたし、そう名乗っていたが」 「はは、あの子は、なにかはっきりしたものが欲しかったようだよ」  ロンは、はは、と小さく笑って目を伏せる。ノアロの考えていることは、いつも、いつまでも、ちっとも分からない。 「いや、というかあれは……単純に、貴方に何か特別なものをあげたかっただけだった気もするが……」  モダリは呟く。ロンはまた苦笑を溢した。 「…………いつもの、ご機嫌取りか」 「はは、それよりは、少し上のプレゼント、くらいの印象だったよ。珍しく、相談も受けたしな」  モダリはゆっくりと目を伏せる。岩の身体が軋み、花は小さく萎んだ。 「……だから、あの子がもう二度とここへ来ないだなんて……」  ロンは俯き、そして胸元を握りしめた。  誰もが、ノアロに確かな希望と永遠を見たはずの生き物すべてが、彼のことを、もういないと言う。夢は途切れ、希望は腐り、永遠はやって来ないことを、当たり前のように受け入れている。  それを、自分だけが受け入れられないでいるのは、ニンゲンの性か、それとも、自分の幼さか。 「……先生?」  呼びかけられて、ロンは慌てて顔を上げる。モダリが、心配そうにロンの顔をのぞき込んだ。 「顔色が良くない。すまない、喋りすぎたようだ。部屋で休んでくれ」 「か、構わない。悪かった、少しぼうっとしていて」 「きっとお疲れなんだ。もう休んだほうがいい」  モダリはそう言って、ロンの肩に指先を置いた。ロンは彼を見上げ、目を伏せ、俯いた。 「ありがとう。そうするよ」  ロンはモダリの指を左手で握り、彼を見上げ微笑んだ。 「……また、ノアの話をしよう」 「ああ! あの子の話は飽きないからね」  モダリはニカッと笑った。  仕事を終えて家に帰ると、窓が開いていた。少しくすんだ青い髪をたなびかせ、男はたくさんのマダラヘンゲネズミと戯れている。 「悪いな、遅くなった」  ロンはそう言って、窓を閉める。  体中にネズミを貼り付けて、男はソファーで退屈そうな顔をしていた。 「……つまらなさそうな顔をしているな」 「ああ、うん、先生。今俺は、つまらないを楽しんでみているところだ」  ロンは怪訝な顔をした。ノアロはロンの方を向き、へらっと笑う。 「でも、先生が来たから、つまらなくなくなっちゃったな」  ロンはカップを机の上に二つ並べ、椅子の上にあった仕事の資料を、カップの隣に投げ捨てる。どかっと音を立てるように、椅子に勢い良く腰掛けた。  ノアロはネズミたちを追い払い、姿勢を少し正して、ロンと対峙した。 「先生、俺、次の旅では、ロストシティに行くんだ」 「ロストシティ? あの、最古の街か?」 「そう。あの街、ここと同じくらい栄えているんだ。ほんとだぜ」 「いや、疑ってるわけじゃないが……。ロストシティは、ブレウィズと並んで世界を支える街だからな」  ロンはカップを持ち上げ、紅茶を飲みながら話をした。ノアロが、ロストシティへ向かうのは、これでもう八度目になる。どうやら、よほどその街を気に入ったらしい。  ロンは目を伏せ、カップに口をつける。ノアロの持ち帰ってきた、どこかの街の紅茶は、ほろ苦くて甘かった。 「そう! あの街の周りは森なんだけどな、原生の自然が残ってるんだ! すごいんだぜ、先生に見てほしいよ」 「……写真と、お前の話で見せて貰ってるよ」 「そうじゃないんだよ! あの、生命の息吹ってやつを感じてほしいんだ」 「……ふ、それも、お前の話から十分伝わるよ」  本当に、彼はロストシティを好いている。誰もを惹き付けてやまない男を惹きつけるのだから、きっとあの砂漠の中の楽園は、生き物にとって、かなり魅力的なのだろう。 「…………本当に、見てほしいって言ったら、先生、来てくれるか」  ふと、ノアロはやや低い、真剣な声でそう尋ねた。ロンは少し驚いて、ほんの少しだけ間をおいて微笑む。 「……どうだろうな」 「はは! まあ、考えておいて。先生にいいもの見せたくて、今旅のプランを考えてるんだぜ」 「……珍しいな、お前がそんなふうに熱心に俺を誘うなんて」 「一回くらい見てほしいんだよ! 俺の見てる景色とか、俺の友人たちとかな。先生は、きっと楽しいよ。だって、先生は誰より知ることが好きな生き物だから」  ノアロは目を伏せ、楽しそうに笑う。ロンはまとめていた黒髪を解き、ノアロの方へ歩み寄った。 「……俺は、お前が楽しそうにしてれば、それで十分なんだがな」  ノアロは期待を孕んだ灰色の瞳でロンを見上げた。ロンは長髪を撫で付けて、甘い瞳で彼を見た。 「…………ノアロ」  ノアロは微笑み、ロンの身体に手を伸ばす。腰と腕が掴まれて、思い切り引き寄せられた。 「うぉっ」 「ごめん、どこかぶつけた?」 「いや……」  ロンはノアロを見下ろし、そのゆらゆらと揺れる瞳をまじまじ見つめた。ノアロは、顔をロンの首筋に近づける。 「ふ、ふふ……くすぐったい……」 「先生……」  ノアロはロンの首筋に優しく口付けて、頭を手のひらで包み込む。耳にキスをして、縁を舌で少しなぞった。 「ん……」 「は……、先生……」  熱い吐息が耳にかかり、ロンはぞわぞわと震える。 「ベッドじゃなくていいの?」 「ん……、はは、お前が選んだらいい」  ノアロはロンの胸を押す。ロンが立ち上がると、ノアロは胸と胸がくっつくくらいの距離に立った。 「ソファーは洗えないからさ」 「そうか。昔のように、そのまま押し倒されるかと思ったよ」 「……それがいいなら、そうしたっていいよ」  ノアロはロンの手を引いて、寝室へ入る。ロンの身体をベッドに押し倒し、その唇にキスをした。 「……ん、は……、は……」  ノアロは唇から首筋、首筋から鎖骨へとキスを落としていく。ロンのシャツのボタンを外し、現れる白い肌に優しく触れる。 「…………先生は、今の俺じゃ、何か足りないのか?」 「ん……?」  ノアロは丁寧な手つきでロンの服を脱がし、その身体にゆっくりと指を滑らせる。 「例えば、肩を押さえつけられたり、首に噛みつかれたり……」  ノアロの指は肩から喉、そして腹へと滑っていく。 「……この奥を、無理矢理に犯されるような……そういうセックスが好き?」  ロンの腰がじんと痺れ、彼は目を伏せた。指の先だけで、頭が溶けてしまいそうだった。 「……お前、の……好きにしたらいい」  ノアロの指先は、一度ぴたっと止まって、そのまま内腿を撫でる。ロンの足がぴくぴくと跳ねた。 「ふふ、先生は俺に甘いって、皆言うんだ。俺も、そう思うよ。けどさ、先生、俺だって先生に甘いと思うんだ」  ノアロはそんなことを言って、ロンのズボンに手をかけた。ゆっくりと剥ぎ取ってしまってから、緩く芯を持ったロンの性器を優しく握る。 「勿体無いことをしたよなぁ」 「ん……、どうした……?」 「俺は昔は、先生のことが大好きで仕方なくって、こんなふうに、先生を触ったことなんかなかった」  ノアロは二本の指で挟むようにして緩く性器を扱く。左手で脇腹をくすぐり、胸を少し撫でる。 「……もっとゆっくり……丁寧に……。そうすれば、先生はもっと長く、深く、俺のことだけ考えてくれるってのにさぁ……」  ノアロは指先でロンの胸の突起に触れる。少し押し込むように撫でると、ロンはぴくんと腰を跳ねさせた。 「……は……、ん……、ン…………」 「先生は、こうやってゆっくり焦らされた後で、激しくされるのが一番好きなんだって……、知ってたら、昔だって違ったかもしれないのに」  ノアロの胸に手を当てて、ロンはぐっとその身体を押した。耳も顔も熱くなって、きっと、自分はかなりみっともない顔をしているだろうと、ロンはぼんやり思った。 「そんなこと……、もし、仮にそうだったとして、言うわけないだろう……」 「はは、でも、そうされるのが一番好きだろ? 気持ちよくて死んじゃいそうなのに、意識は飛ばなくて、頭がふわふわのまま、ずっとイかされ続けるのが」 「ノアロ……」  咎めるような声。ノアロはにっと笑って、ロンの性器を扱く手に力を入れる。 「……っ、は……、ノア、は……っ、ン…………」 「気持ちいいんだろ、先生。足がそわそわしてる」 「……は、は…………っ、ふ……、ぅ…………」  ロンは足を擦り合わせて腰をくねらせた。くすぐったいほどにぬるく、柔らかい快楽は、ロンの頭を鈍らせていく。 「は……、ぁ…………、あ……、ン、ん…………」 「うん……気持ちいい、気持ちいい……。声が出ちゃいそうだな、先生」 「はぁ……、は……ッ、あ……、あ…………ッ」  魔法のように、ノアロの言葉は快楽を煽って、じわじわと熱を起こさせる。 「あ、ぁ……、あ…………」 「……先っぽがぬるぬるしてきた。もうすぐイッちゃいそうだな、先生」 「……あ、あ……、ノア……っ」 「足なんか突っ張らせて。駄目だろ、逃げるんじゃない。ほら、ゆっくり気持ちよくなろう」 「……待て……、嫌だ……、足……」  ノアロはロンの足を掴んで折り曲げ、押さえ込む。性器を緩く撫でると、ロンは背を反らした。 「……ッん……ふ、ン……あ、ぁ……ッ」 「イきそう?」 「……は、ぁ……、はぁ……」  ロンの手はシーツを掴み、髪が乱れて、ロンの口からは小さな喘ぎ声が漏れる。 「ん……っ、イく、あ……あ……ッ」  びくんと身体が跳ね、ロンの性器からは精液が溢れる。ノアロは精液を押し出すように、ゆったりと性器を扱いた。 「ん…………ッ、あ…………、あ……」  ロンはくたっと身体を横たわらせ、肩で息をする。まだぴくぴくと小刻みに跳ねる身体を見ながら、ノアロはロンの頭をなでた。 「すごい気持ちよさそうなイき方してたね、先生」  ノアロはロンの後孔に手を伸ばした。指でなぞるように、ゆっくりと押す。 「は……は……、ン、……は……ッ」  ノアロは潤滑油を取り出して、手のひらに出した。これは、木の蜜からつくられたもので、催淫剤としても用いられる。 「先生、ゆっくりやるから」  ノアロは先程のように、指を擦り付けた。ぬるっとした液体の感触に、ぴくりとロンの肩が跳ねる。そのまま、ゆっくりと押し込まれ、徐々に後孔に指が入る感覚が、ぞわぞわと背を痺れさせる。 「……は……、は…………っ」  ノアロの指は内壁を押しながら進む。抜き差しされ、ロンの前立腺が掠められた。 「……は……ッ、あ…………」 「先生……」  ノアロはロンの口にキスをして、舌を絡めた。指が抜き挿しされる卑猥な水音が響き、前立腺が押し込まれる。 「ノア……っ」 「どうしたの、先生」 「……イ、く…………っ、それ、イく……」  ノアロは微笑んで、ロンの前立腺を重点的に攻める。ロンの中に入ってくる指が増え、更に深く前立腺を押し込まれた。 「あ、あ……ッ、イく、イく……、イく……ッ」 「イっていいよ」  ロンは首を振ってノアロの頭をつかむ。ぐいと引き寄せられて、ノアロは驚いた顔をした。 「……ほしい……ッ」  ロンは自分の腹を指で撫でた。 「もっと、おく……ッ、気持ち、いとこ……っ」  ロンの手のひらは、ノアロの性器にズボン越しに触れた。 「……お前の、お前ので……、イかせて……ほしい……っ」  ロンはノアロの首に手を回し、そのままぎゅっと抱きしめた。抱き寄せ、左手で頭を包み込む。ノアロの温度が、腕にじんわりと広がる。 「……ふふ、先生、俺の欲しい?」  ノアロはベルトを外し、ズボンと下着を下ろす。ロンは頷き、更に強くノアロを抱きしめた。 「奥……っ、いちばん、おく……、ノア……、ノア…………」  ロンはその男を力いっぱい抱きしめる。その腕はノアロによって掴まれて、身体から離された。頭がふやけ、ぼんやりとする。  ノアロは身体を起こすと、にやりと笑った。 「……いいよ、先生。一番奥ね」  ノアロは性器を挿入する。ゆっくりと二、三度浅く抜き挿ししてから、そのまま奥まで突き刺した。 「は、……あ……っ、あ、あ……ッ!」  激しく突き立てられる性器は、腹の奥まで届き、逃げ出したくなるほどの快楽が頭に響く。  ロンは涙を流しながら、その男をぎゅっと抱きしめた。  「……先生! ロン先生!」  大きな音と声に、ロンは飛び起きた。外から誰かが自分を呼んでいて、ドアがドンドンと強く叩かれている。それがモダリの声だと頭の隅で理解したが、ロンの心臓は鳴り止まなかった。  ロンはぎゅっと小さく縮こまった。震える身体を自分の腕で抱いて、深呼吸する。 「……は……は……、は……っ」  手のひらをじっと凝視する。夢の中で触れていた彼の体温が、この手の中にまだ残っているように感じた。  なんとか呼吸を整える。胸に手を当て、目を閉じてゆっくりと息を吐いた。 「先生! 先生!」  ロンはおもむろに扉を見やる。ベッドから出ると、その揺れる扉を開いた。 「すまない、眠っていた。どうした?」 「起こしてすまないな、先生。だが、どうしても見てほしいものがあるんだ、今すぐガスマスクをつけて下に来てくれ!」  モダリはそれだけ言うと、さっさと階段を降りていった。おそらく、二階にある受付へ向かったのだろう。  ロンは仕方なく上着を着てガスマスクをつけ、二階へ向かった。 「モダリ、どうした」 「先生! こっちだ、こっち!」  モダリは、受付の正面にあるテラスから手を振っていた。ロンはゆっくりと近づく。モダリはロンの手を掴み、テラスに引っ張り込んでにっと笑った。 「ディザーディラの名物を、ぜひ見てくれ!」  ロンは、目の前に飛び込んできた景色に、絶句した。  白っぽい建物の間を川のように流れる、光の風。蛍の光のように柔らかい青い光が、ゆらゆらと辺りを浮遊している。 「……なんだ、これは……」 「綺麗だろう。光粉だ。先生たちには毒の」 「素晴らしい……」  ロンは一歩踏み出して、手すりの隙間をくぐり抜けた。 「えっ、ロンせん……ッ」  モダリがロンの腕をつかむより早く、ロンはそこから一気に飛び降りた。地面に足がつき、少しジンと痺れる。ふわりと自分の周りを光粉が舞い上がり、まるで星空にダイブしたようだった。 「……はは……はははは!」  ロンはくるりと道の真ん中で回転する。光が舞いあがる。舞い上がった光は、またきらきらと空からゆっくり降ってくる。 「せ、先生! 危ないが!」 「そうだ、そうかもな!」  ロンは、にやりと笑って、その場でまた回転した。しかし、勢い余って、地面に尻餅をついてしまう。モダリが、苦笑をこぼしてロンに手を伸ばした。 「……本当に……、ノアロが貴方に育てられたというのに、今やっと納得がいった」 「はっはっは! 悪いな、あまりに綺麗で。毒の海だというのにな」  ロンはガスマスクの下で笑う。肩で息をしながら、ゆっくりと立ち上がった。 「……ノアロも、ここではしゃいで踊っていた」  モダリはぽつりと呟いた。 「私には見慣れた景色だった。綺麗だとは思っていたが、特別好きでもなかった。だが、アイツが……ノアロが、ここで、本当にバカのように舞いだして……。……それがあまりに綺麗で、この美しさを、多分私は、そのときはじめて、本当に理解した」  ロンの肩に指を置いて、モダリは嬉しそうに笑う。 「この街を、本当に好きになった。身体が大きいから、しぶしぶこの不便な街に住んでるんじゃない。この街が好きだから、ここにいるんだ。……その時、私は本気でそう思えるようになった。だから私は、こんな宿屋の下っ端なんかやってるんだ」  モダリの口調はいきいきとしていて、目は輝いていた。 「……ありがとう。君がこの宿屋にいてくれたおかげでいいものを見られた」 「"サンドオーロラ"は、流石にここでも毎日は見られないんだが、先生は運がいいな」  ロンは辺りを見渡した。まるで、宇宙に飛び出したかのようだ。星空の中に浮かぶ、真っ白な街。自分の身体を撫でて流れる、星屑の川。 「……旅をするようになってから、よく思うんだ。俺はもしかして、ずっと損をしてきたんじゃないかってな」 「損? 損って言ったか?」 「そうだ。外へ出てものに触れて、それを知ることが、こんなにも楽しいと知らなかったんだからな」  ロンは目を細める。黒い瞳に、青白い光がきらきらと映っている。 「不思議だ。死ぬほど苦しい思いをしたっていうのに、その先でこんなにも笑えるなんて」  先程までの恐怖も不安も苦しさも、まるで感じられなくなっていた。あるのはただ、美しい景色に、ただひたすら感動する心だけ。  モダリはにやっと笑った。 「先生も旅人になってきたんだな」 「心外だ。あんなマゾヒスト共と一緒にしないでくれ」  ロンは笑う。それから、目を伏せて口を開いた。 「……俺は知の探求者だ。いつまでもな」 「……そうか、そうだったな。じゃあ貴方は最初から向いてたんだ、旅人に」  モダリは呟く。ロンは目を見開いた。 「……似ていたんだな、学者と旅人ってのは」 「…………私たちから見れば、どっちも変な生き物だ。知識もスリルも、得て何になるものでもないからな。それに価値を付けて追い求めているんだ、変な奴らだよ」  モダリは笑った。 「だが、ニンゲンらしいじゃないか。とてもいい。小さくて儚い、馬鹿な生き物だ」  ロンは空を見上げる。星がいつもより、きらきらと美しく輝いているように感じた。

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