12 / 14
第12話 新しき街
高価そうな椅子や机の並ぶ、広い応接室。壁には写真や絵画が飾られていて、床には壺や彫刻まで並んでいる。ロンはそわそわと、革張りの椅子に座り直した。
窓の外からは、賑やかな声がしている。その中には、子どもたちの声もあった。この街が、平和で豊かな証だ。ぼうっと耳を傾けていたら、がちゃりと扉を開けて、カラスの鳥人が部屋に入ってきた。
「ロン先生ですね」
鳥人はゆっくりと羽の先をロンに向けた。ロンは立ち上がる。
「ああ、お気遣いなく。お辞儀で構いません。……ロンです。クロバロン」
ロンは左足を一歩引き、頭を下げる。鳥人はにこりと笑った。
「ありがとう。しかし、私も貴方と同じ、理性ある生き物です。羽のことは気にせず、握手で構いませんよ、ドクター」
「……失礼した。俺は少し……区別しすぎるところがある」
ロンは鳥人の翼の先を握る。
「トユです。ミイトユアッサム。この街で町長をしています。ようこそ、ロン先生、フイッフィーへ」
久しぶりの空気感に、ロンは居心地の悪さを感じずにはいられなかった。ブレウィズにいた頃は、毎日のように、こうやって知らない生き物と知らない部屋で堅苦しく喋っていたというのに。
あの日々はもう、懐かしいように感じられて、ロンは随分遠くへ来たものだと目を細めた。
「先生、この度は、一体何をしにこちらへ?」
「ああ、俺は今、旅をしているんです。……ノアロを追っていて」
「そう……なんですか。ノアロを……」
「ええ。…………跡追旅行です。アイツの生きた道を、辿っています」
ロンは呟く。トユは何度も頷きながら、翼を揺らした。
「私があの子を初めて知ったのは、貴方の書いた『自由旅行記』を読んだときでした。……驚いた。当時、私はメジライトという国に住んでいて、ニンゲンなどほとんど見たことがなかったから……、ニンゲンは、箱の中に閉じ込められて暮らすのが当たり前だと、勝手に思いこんでいたのです。…………衝撃でした。自由とは、彼のためにあるんだと思った」
トユは目を細め、ロンのことを見つめる。ゆったりとした口調に、ロンは不思議と聞き入っていた。
「……跡追旅行っていうのは、なかなか……残酷な文化ですよね」
ふと、トユは呟く。
「……きっともう死んだんだと、そう思いながら人を追いかけて……、けれど、その終着点まで、もしかしたらと思わせる」
ロンは俯いた。トユは話を続ける。
「……旅人は危険な世界を、一人で歩く……。また触れたい、抱きしめたいと、それだけ願って……。なんともあわれだ。……星も空も、残酷なものほど美しいのだと、そう知らされますね」
自分ほど、物分りの悪いニンゲンは、他にいないだろう。大人になりきれず、かと言って子どもが何かも分からないまま、ただ数十年の人生を、中途半端に浪費している。見栄を張り、意固地になって失ったたった一つを、今もまだ、未練がましく探している。
「…………ロン先生? 大丈夫ですか?」
「えっ……」
呼びかける声に、ロンは顔を上げた。目の前が歪み、頬を伝った雫が、手の甲に跳ねた。
「……ああ、いえ……、なんでこんな……。すみません、平気ですので」
「…………いいえ、すみません。私があまりにがさつだった」
トユはそう言って、ロンにハンカチを差し出した。
「こちらのハンカチをお使いになるといい。新品です。差し上げますから」
「そんな……」
「……貴方の連れていたマダラ……シーザと言いましたか。……あの子を、うちのほうで明日火葬して、その遺骨を小箱に入れてお渡しします。その火葬の際に、体を包むものにしてください。丁度のものはお持ちでないでしょう?」
「…………シーザを……」
ロンはハンカチを受け取り、まじまじと見つめた。
「ご遺体をそのまま持ち歩くと、先日のように、妖精や屍好きの生き物に取られてしまう危険がありますから」
彼はそう言った。
ロンはまた、ポロポロと涙をこぼす。
「……ロン先生? もちろん、無理にとは申し上げませんが……」
「いや、俺は……俺は本当に馬鹿だなと……」
ロンは言う。溢れ出る涙をハンカチで拭いながら、ロンは俯いた。
「俺が箱を開けなければ、まだシーザは生きている可能性がある……そんな馬鹿なことを考えてしまって、箱をもう何日も開けられずにいたんです……。シーザが動かなくなったことは、分かっていたのに……」
シーザは、オーティジアにいたある朝、ぽつりと死んでいた。本当に突然、その体は動かなくなった。
「同じなんです、ノアロも……。まだ、俺はあいつの死体を見ていない……。だから、生きてるかもしれないって、そんなふうに思ってしまう……。分かっているんです、分かっているから……跡追旅行なんだ……」
「……ロン先生」
トユは呟く。ロンは涙を拭って、首を振った。
「…………いや、すみません。どうしようもない話でした」
ロンは無理やり頬を持ち上げて、トユの方を向き直した。トユは小さな瞳をさらに小さく細め、首を振った。
「構いません。オーティジアからいらしたんでしょう? きっと、些細なお話をする相手もいらっしゃらなくて、窮屈だったはずですから」
ロンはハンカチを畳み直し、膝の上においた。
「……あの、この街……ノアロが関わったと街の人からお聞きしまして……」
「おや、ミスターノアからお聞きになりませんでしたか?」
「フイッフィーという街ができたのは知っていましたが、まさか……ノアロが関わっているとは……」
「彼はとても優れたリーダーでした。そうだ、今資料をお見せいたします」
トユはそう言って、部屋を出ていった。しばらくして、赤い本を持って帰ってくる。
「ロン先生、こちらが資料です」
「ありがとうございます」
ロンは分厚い資料を受け取った。本を開くと、資料というより、アルバムのようなページが何枚も出てきた。鮮やかな飾り付けまでしてあるのが、いかにも鳥人らしい。
一枚一枚、ゆっくりと捲っていく。景観が美しいことはもちろん、多種多様な生き物に配慮された造りをした街は、ロンにとってかなり興味深く、魅力的だった。
「……ここは、良い街ですね」
「はは、そう言っていただけると思っていましたよ。なにせ、この街は、ノアロが貴方に見せるために作った街です」
「あ……は!? 俺に!?」
ロンは驚いてやや大きな声を上げる。トユはケラケラと笑った。
「ご存知なかったんですねぇ……。『先生に街をあげるんだ』って、あの子は張り切っていたんですよ」
「……なんであいつは一個一個の規模がでかいんだ……」
「そりゃまあ、大きい男ですからね!」
頭を抱えるロンに対して、トユは楽しそうににこにこと笑っていた。ロンも、つられて少し微笑む。
「あんなに小さな身体なのに、どうしてああも大きく見えるのか不思議です。……何が彼をそんなふうに見せているんでしょう」
トユはそう呟きながら、資料に手を伸ばす。
「こちらは建設初期の様子です。ノアロが、ここで生き残る術を教えているところですね。さすが、"先生"の弟子で夫と言いますか……彼は教え方が上手で、評判が良かったんですよ」
「……アイツが他人にモノをな……」
ロンは苦笑をこぼす。とても、そんなことが好きな性格には思えなかったが、どうやら彼はそうやって、誰かに頼られることも好きだったらしい。
「にしても、コイツ随分若いな。これ、いつのことだ」
「ノアロはまだ十代でした」
「はは、十代……そりゃ若いはずだ」
口元に手を当てて、ロンは小さく笑う。それから、その写真をよく観察する。いきいきとした表情で、大勢の前に立つノアロなど、ロンははじめて見た。
「旅人ですから、すぐにいなくなってしまうんですが……近くに来ると、毎回ここへ寄ってくれていたんですよ。寄るたびに、皆わらわら彼に群がって……」
「……アイツがそんなことしてたなんて、知らなかったな……」
ロンは静かに笑った。トユはそんなロンの様子を見て、安心したような笑みを浮かべた。
「……ふふ、ミスターの話をするのが、本当にお好きなようだ」
ロンは瞬き、頬を赤らめて苦笑を浮かべた。
「すみません」
「いいや、ニンゲンほど他の生き物を愛す生き物は、他にいません。ノアロの話をすると心が安らぐなんて、貴方はとてもニンゲンらしいニンゲンだ」
生まれて初めて、そんな言葉をかけられた。培養液に浸って育まれたこの身体も、機械に交わり成長したこの心も、あのノアロと過ごした十数年で、全てが一度生まれ変わったのだと感じた。この身体に巡る血液は、青い色をしているのだろう。
「どうでしょう、ドクターロン。私が、街を案内して差し上げましょうか?」
「いいのか?」
「もちろん。どうぞ、下で待っていてください」
トユはそう言って微笑んだ。
先生、初めて出会った日のことを覚えていますか? 俺は先生を神様だと思った。けれど、抱きしめたときに違うと分かりました。だって先生、初めて抱き上げられた赤子みたいだったから。
俺が先生を好きになったのは、いつだったか分かりません。けれど、先生に抱きしめられるたび、貴方を愛していきました。まだ幼かった俺が感じた貴方への愛情が、執着や依存でないとは言い切れませんが……少なくとも、今の俺は、貴方をこよなく愛しています。
先生に会いたい。抱きしめたい。今の俺の心を占めるのはそればかりです。
先生のことを想いながら旅の終わりを迎えられることが、俺は幸せです。先生を愛した日々を振り返りながらこの手紙を綴り、これからの先生の旅を思って写真を並べられること。これ以上に幸せなことはありません。
愛したのが、先生でよかった。
俺は先生を、心から尊敬し、心から愛しています。
貴方のノアロより、愛と共に
「……先生、それは、ノアロからの手紙ですか?」
声をかけられ、ロンは驚いて顔を上げる。
「あ、ああ、すみません」
「いいえ、こちらこそ、おまたせしてすみません」
トユはにこりと微笑んだ。
「……ノアロは、本当に、貴方のことばかり話すんですよ」
「出会ったヤツ全員にそう言われます」
「『俺の足が動かなくなったら、先生と一緒にこの街に住みたいと思える街を作ろう』と言っては、設計に口を出すんです。あんまりうるさいから、怒られちゃったりして。でも、結局皆ノアロを好いているから、言う通りにするんです。そしたら、どんどん街が豊かになって、暮らしやすさならロストシティにだって負けないような街になって……」
トユは歩き出す。
「完成した街を、ノアロにも見てほしかった」
惜しむように呟く声は、ロンの心を少し締め付けた。トユは空を見上げ、目を閉じる。
「……ノアロがね、『ここが出来上がったら、先生と一緒に住みたいな』って、そう言ってくれたのが……、私は忘れられないんです」
ロンは街を見渡した。かつて存在した、古いニンゲンの街を思わせる建物と、整った設備。この街には多様な生き物を受け入れる器があり、対応できるポテンシャルが備わっている。
レンガ造りの整った道も、素材の違うでこぼこな建物も、みな美しく、生き物の暮らしの跡と努力、生命感で溢れていた。
「……素晴らしいな」
ロンは呟く。トユは目を伏せ、小さく口を開いた。
「……この街の生き物は、皆街を追い出されたり、行く宛がなかったり、除け者にされていた者ばかりなんですよ」
「えっ?」
「かくいう私も、実は、昔はメジライトで除け者にされていたんです。カラスというのは、あの国では印象が悪いのか、かなり肩身が狭いんですよ」
トユは苦笑をこぼす。
「街も神も、誰も救ってはくれなかった我々を……ノアロは救ってくれた。我々のリーダーになってくれた。英雄ですよ、彼は」
ロンは、かつて自分にしがみつき、なきべそをかいていたノアロのことを思い出していた。
「……アイツが英雄か」
ロンは目を伏せ、満足そうに小さく笑った。
「おや、トユさん。ニンゲンさんなど連れてどちらへ?」
街の中心部まで出ると、年老いたオオカミに声をかけられた。
「ああ、こちらロン先生です。街を案内しています」
「ロン先生……?」
獣人は目を見開いて、カタカタと笑った。
「おやおや、驚いた。ノアロの。いやあ、はじめまして、先生」
「は、はじめまして……」
ロンは控えめに手を差し出す。獣人はその手を握って振り回し、後ろを振り返った。
「……おーい、お前たち! ロン先生だ! おい、お前ら! 見ろ、ロン先生だぞ!」
ロンは呆気にとられて、ぱちぱち目を瞬かせた。街の生き物が、くるりとこちらを振り返り、集まってくる。
「……この通り、ノアロと貴方は有名人なんです」
「ノアロならまだしも、俺なんか見て楽しいか……?」
ロンは思わず母語でポツリと零す。トユは首を傾げた。
「本当だ、ロン先生!」
「綺麗な黒髪! すらっとした身体! 間違いないよ、ロン先生だ!」
「ロン先生、何か話してくれ」
「そうだ、ロン先生の話がきいてみたい」
「俺の話なんて……」
ロンは苦笑を溢した。こんなふうに扱われたのは生まれて初めてで、正直くすぐったかった。
「なら、ノアロの話をしよう! 店を開けるよ」
「ノアロの話をしていたら、自然と貴方の話になるだろう。なあ、先生」
街の生き物たちはロンとトユを酒場へ半分無理やりにひきずりこんだ。ロンは席につかされ、ため息をついた。
「ここまでされたら、もう仕方がない。…………それなら、少し昔の話をしよう。そうだな……ノアロが最後に旅に出たときより、三年くらい前のことなんだが……」
ふと、ロンは周りを見回した。誰もが、食らいつくようにロンを見ている。
「……はは、君たちは本当にノアロが好きなんだな」
「そりゃ、もちろん!」
ロンは微笑む。ノアロを愛する生き物に囲まれて、穏やかな気持ちで口を開いた。
ある日の明け方。まだ空は薄暗く、星さえうっすらと輝いている。
そんな時間、ロンはふと目をさました。どこかから、何かの声がする。目を擦りながら、ロンは寝室のドアを開いた。
そこにいたのはノアロだった。窓台に座り、肩下まで伸びた髪をたなびかせながら、小さな声で歌を歌っている。まだ薄暗い空を前に、ノアロの姿はきらきらとして見えた。
「……ノアロ?」
呼びかけられて、ノアロは歌うのをやめる。すっとこちらを見た彼は、ほんの少し口の端を持ち上げた。
「ただいま、先生」
「……おかえり、ノア」
ノアロはふわりと床に降り、ロンの方へ歩みよってくる。
「……『歌』なんて珍しいな」
「メジライトに行ったんだ。歌の国だよ。明るくて音と色に溢れてて……素晴らしかった」
「…………なるほど」
ロンは納得したように呟いて、ノアロの手を左手で掴んだ。
「……もう一度聴いてみたい」
「ええ……上手くないから恥ずかしいよ」
「もう一度聴きたいんだ」
ロンは、ゆっくりと右手を重ねる。
ノアロは、少し恥ずかしそうにはにかんで、それから目を伏せる。小さく口を開くと、彼の喉が震えて、音が溢れた。
「…………はあ、心地良い……そよ風みたいだ……」
「メジライトで歌われてる、望郷の歌だよ。レモングラスティーって歌手に教えてもらったんだ」
ノアロはそう言って、照れ笑いを浮かべた。
「……先生、昔、ニンゲンは歌を歌う唯一の生き物だったんだって」
「そうだな。他の生き物がニンゲンと混じりながら進化するにつれて、ニンゲンの文化を真似するようになったから、今は他の生き物も歌うようになったが」
「他の生き物は、歌うことはできるけど、すすんで歌おうとしない。鳥人は求愛や相互理解のためによく歌うけど、やっぱり、ニンゲンのようになんの意味もなく歌う生き物は他にいない」
ノアロはロンの指先を握って、少しだけ俯く。
「ニンゲンはどうして歌うんだろう。先生はどうして俺の歌を心地いいと感じたんだろう」
「……なんでだろうな……」
ロンは呟いた。
ニンゲンは歌う。他の生き物とは、明確に違う、不明瞭な理由で。
「俺は、ニンゲンは想いが強くなって強くなって、想いを伝えるのに言葉だけじゃ足りなくなったんだと思うんだ」
ノアロは言った。
「きっと、だから、歌うんだよ。もっと、素直で、恥ずかしいくらいの気持ちを、そのまま聞いてほしくて」
ロンは微笑む。内気なノアロらしい考えだと思った。
「グラスティーがさ、俺の歌を愛着みたいだって言うんだ。俺の作る歌は、全部一途で恐ろしいって」
ノアロは苦笑をこぼす。ロンも、つられて笑った。
「はは、まあ、情景と感動を歌う鳥人には、理解し難いだろう」
「いい歌だと思ったんだけどな。…………な、先生も歌おうよ。俺と歌おう」
「……う、歌えるか。歌ったことなんかないんだぞ」
「簡単だよ、俺の真似をしたらいい」
ノアロは楽譜と歌詞をロンに見せる。そうして、きれいな声で歌い始めた。まるで、語りかけるように。ノアロが一度歌い終えると、ロンは、そこに書かれた言葉のひとつひとつに丁寧に触れるように、おずおずと喉を震わせた。
二人の歌声が重なる。それは、美しい響きだった。透き通っていて、温かい。
ロンは楽譜から目を離し、そっとノアロを見つめる。そのロンの顔を見て、ノアロがぎょっとした。
「どうしたの、先生。なんで泣くんだよ」
ノアロはロンの涙を拭う。ロンは涙を拭いながら笑った。
「お前が好きだから、泣いているんだ」
ノアロの書く歌詞は美しく、甘く、愛に満ち溢れていた。ロンはぽろぽろと涙をこぼす。
「……綺麗だなぁ、先生は」
ノアロはそう言ってから、ロンの涙を指先でぬぐい取った。
ロンが瞬きをして次に視界が開けたとき、ノアロはポケットから何か取り出して、そこに涙を流し入れていた。
「何してるんだ」
「先生の綺麗な涙がもったいないから」
「…………何してるんだ?」
ロンは困惑した声で尋ねる。
「この瓶、液体の長期保存に向いてるんだよ。涙でも唾液でもずっと保存してられるんだ」
「それを、どうするんだ」
恐る恐る、ロンは尋ねた。喋っている途中にも、何滴も涙をすくいとられて、狼狽える。
「決まってるだろ、旅に持っていくんだよ」
「やめなさい」
「やめないよ、もう俺のだから」
ノアロは笑った。
「お前……本当にそんなものどうするつもりだ」
「ははは、先生をびっくりさせるのに使うんだ」
「……はあ、もうなんでもいい。それより、歌おう、もっと」
「はは、先生、気に入った?」
「ああ。歌ってみたい。お前の歌を、いくらでも」
二人は肩を寄せ合って、歌を歌う。言葉を紡ぎ、心を通わせ、見つめ合う。それは確かに、愛することと、よく似ていた。
「俺は……そういう時間が好きだったんだ。ノアロを、ああ、愛してるなぁと思う時間が」
ロンはぽつりと呟いた。
「いいなあ、先生。ノアロは家ではそんな子だったのか」
「俺達にとっちゃ英雄なのさ、あの子はね。貴方の話を聞くと、新鮮で楽しいよ」
街の生き物は、楽しそうに話を聞き、酒を飲む。ロンは頭を少し傾け、彼らを覗き込んだ。
「……俺は、英雄のノアロの話を知りたい」
「ははは、先生。あの子はね、言葉で語れるような子じゃあないのさ」
「そう! この街を見れば分かるだろう、彼がどれほど良いリーダーだったか」
ロンは俯く。それから、静かに笑った。
「ああ、そうだな。アイツの旅には意味があった。価値があった。……ただの命遊びではなかったんだ」
ロンは目を伏せる。グラスを指でなぞって、小さく口を開いた。
「……ああ、会いたいな、ノアロに」
ロンの目から、透明な雫がこぼれ落ちる。それはとても澄んでいて、なんの濁りもなく美しかった。
ともだちにシェアしよう!