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第8話 一の怪6

 仕方ない、何か飲み物でも飲もうかと、起き上がろうとする、が、しかし、何故か、俺の体は動かなかった。  一体どういう事だろうか。  一生懸命体を動かそうとしても、どうしても体は動かない。  体に力が入らないというのでは無くて、何か、締め付けられるような感覚だ。  これは、まさか、俗にいう金縛りという奴ではあるまいか。  と、仕事柄、そうは思っては見たが、金縛りなんて、何てことは無い。  要は睡眠麻痺と呼ばれる現象だ。  金縛りは心霊現象の一つとされているが、実はそんなことは無く、睡眠の際の全身の離脱と意識の覚醒が同時に起った時になる現象だ。  睡眠麻痺はストレスや疲れが原因とされていると聞く。  だから、きっと、引っ越しの疲れでも出たのだろう。  それにしても、金縛りなんて初めて経験する。  結構辛いものだ。  何だかすすり泣く声まで聞こえてくるが、コレも疲れから来る幻聴だろう。  泣き声は俺のすぐ近くで聞こえる。  小さく鼻をすする音まで聞こえる。  幻聴とは言えうるさくて堪らない。  耳を塞ぎたいが、体は動かないので無理だった。  俺は、苛立ちを紛らわす為に、幻聴だと分かっていながら、静かにしろ、と念じた。  すると、念が効いたからなのかは知らないが、泣き声が静まる。  俺はホッとしたが、それもつかの間だった。  今度は腹の当たりが重たく感じる。  何かが俺の腹の上に乗ってでもいるふうだ。  寒気がより一層強まり、鳥肌が立ってきた。  こうなると、流石に焦りを感じたが、何とかしたくても体が動かず、どうする事も出来ない。  俺はせめて、ただ一つだけ自由になる目を大きく開けて、状況を掴もうとした。  重みを感じる腹の方を目で見てみる。  すると、霧のように黒い影が見えた。  それを、目を凝らして、もっと良く見ようとする。  黒い影はだんだんと形を作っていく。  黒い影が形を作っていくに従い、体に感じる重みも増していくような気がした。  たまらず、おれは黒い影から目を逸らしたが、黒い影は俺の腹から顔の方へとずるりと動いた。  これでは、目を逸らしたところで意味がない。  黒い影が俺の顔を見降ろしている。  俺は思わず呻いた、しかし、金縛りのせいかその声は外へは漏れなかった。  黒い影は俺を覆いながら、どんどん形を作っていく。  顔の輪郭が現れて、目と鼻と口と髪が現れて、黒い影は人の形に変わっていく。  一体どうなっているのか、考えるまでもない事だ。  これは夢だ。  夢に違いない。  こんなどうしようもない夢なら早く覚めて欲しい。  目を見開いている俺の前で、黒い影は完璧に人の形になっていた。  眼鏡を掛けた、優男の姿が俺の目に映っている。  そいつはじっと俺の顔を見ている。  見覚えのない男だ。  夢の中とは言え、知らない男に至近距離で見られているというのは不愉快極まりない。  しかも、俺の上に乗っていやがるし。  不機嫌になった俺は、優男を睨みつけた。

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