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第20話 一の怪18

 俺がタクシーから出ると、花凛が開いたタクシーの窓から顔を出し、「双一、おやすみなさい」と手を振る。  俺は花凛に手を振り返すとマンションに向かって背中を丸めて歩き出した。  ロビーでオートロックを開け、エレベーターで自分の部屋のある四階に上がり廊下へ出る。  すると、俺の部屋409号室の隣、408号室の前に座り込んでいる人間の姿が見えた。   俺は、眉を寄せて廊下を進んだ。  そして、その人間の前で足を止めた。  こいつ、またこんな所で寝ていやがるのか。  そいつは、引っ越し初日の夜に出会った隣人の男だった。  この男、懲りずにまた外で寝ているというのは本当にどういう事なのだろう。  もう目の前が自分の部屋だというのに、この男はどうして部屋に入らずに外で寝るのか。  男は膝を抱えて何とも気持ちよさそうな顔で寝入っているが、やはり、こんな所で寝ていていい訳がないだろう。  仕方がない。  実に面倒だが、起こしてやるか。  俺は、しゃがみ込むと男の肩を揺する。 「おい、あんた、起きて。こんな所で寝てると風邪を引きますよ!」  俺が声をかけると、男は、んっ、と小さく声を上げる、が、目を覚まさない。 「おい、朝だぞ! 起きろ!」  決まり文句を口にしたが……………起きやしない。  この間はこれで起きたんだがな。    しばく男を揺すったり声を掛けてみたりしてみたが、男は全く目を覚まさなかった。 「はぁ、とんだ眠り姫だな」  いい加減、男を起こすのに嫌気がさしてきた俺は男の隣に座り込んだ。  コンクリートの廊下の床が冷たい。  こんな所で、この男は、よくもまぁ、眠れるもんだな。    ここで眠るのはどんな気分なんだろうか。  そう思って目を閉じてみる。  冷たい風が顔に当たる。  酔っ払いの俺にはそれが少し心地よかった。  風の吹く音が聞こえる。  隣の男の寝息の音も……。  遠くでサイレンの音が響いている。  それ以外は静かだった。  うん、まぁ、悪くはないか。  少しだけ、しばらくの間だけ、このまま、ここで……。  どれだけ時が過ぎたのか。  薄い意識の中で、俺は温かさを感じていた。  温かくて、心地が良い。  耳をすませば規則正しい心臓の鼓動の音が聞こえて、それに安心する。  こんな風に感じるのは久しぶりだった。  どれくらいぶりに、こんな感覚を味わっただろうか。  もうずっと忘れていた感覚。  ずっとこのままでいたい、でも……。  この心地よさの正体を知りたくて、俺は閉じていた目を開いた。  目を開いても、頭がぼんやりとしていて、俺は自分の状況が分からずにいた。

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