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第21話 一の怪19
しかし、どうやら誰かの腕の中に抱かれているらしい事が分かる。
一瞬、花凛の顔が頭を過るが、そんなはずは無い。
俺は、相手の胸に張り付いていた自分の顔をもそもそと上げてみた。
そして、心地いいと感じていた物の正体を知る。
呼吸が止まりそうになる。
俺の目には、俺を抱きしめたまま眠る隣人の男の顔が見えた。
嘘だろ。
そう疑いたくなるが、確かに俺は隣人の男に布団の中で抱きしめられている。
俺は、出来るだけ自分の置かれた状況を知りたくて、男に抱きしめられたままに首を回して辺りを見回した。
白い和紙の様な物が張られた丸い形のぼんぼりの様な間接照明が照らし出す部屋の中の様子は家具も無く、がらんとしていた。
ここは、こいつの部屋だろうか。
状況から察するに、俺はこの部屋で、隣人の男と狭い布団でずっと二人で眠っていたようだった。
つまりは、泊まらせてもらったという事だが、しかし、なぜそうなったのか、さっぱり分からない。
俺は、視線を男の顔に移す。
良い夢でも見ているのか、男は微かに微笑んでいる。
全く、呆れた男だ。
こっちは笑える状況じゃねーってのに。
なんつう恰好で寝てるんだっての。
この体勢はどうしたら良いのか。
俺は身じろぎをした。
すると、男は、「うーんっ」と声を上げて寝返りを打って俺から離れた。
体が解放された俺は、男を起こさない様に注意しながら上半身を起こした。
今は何時だろうか。
時間を知れる物が辺りにないので分からないが、カーテンから漏れる光も無いし、部屋は暗い。
まだ夜のはずだ。
さて、どうするか。
このまま黙ってここを抜け出すか。
それはマズい気がする。
この部屋の鍵が開けっ放しになってしまう。
じゃあ、この男を起こすか。
俺は、男の顔を見る。
男は気持ちよさそうに眠っている。
起こすのも悪い感じだ。
いや、話はそうじゃない。
そもそも、俺は、この部屋を出てどうする。
自分の部屋に帰るのか。
それはとても気が進まない。
部屋にはあのゴトウさんがいる。
あいつのせいで、俺は、ここ一週間散々な目に遭っている。
うーむ。
「…………こいつ、ポカリくれたし、悪いやつじゃ無いよな」
うん、せっかくだ。
このままここで、有り難く眠らせて頂けばいい。
久しぶりにぐっすりと眠れるチャンス到来なんだ。
その事に比べたら、よく知らない男の隣で寝るくらい、何でも無い事だ。
俺は一人頷くと、布団の中に入って男に背を向け、目を瞑った。
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