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第25話 一の怪23
俺はあれこれ心配することを止めて、クロワッサンを遠慮すること無く口にほおばりながら甲斐の話を「何ですか?」と訊く。
「あなた、寝言でウチに帰りたくないって言っていたけど、何でなんです? 自分の部屋に帰りたくない様な理由が何かあるんです?」
「ううっ、そ、それは」
訊かれて、クロワッサンが喉に詰まりそうになった。
俺は慌ててコーヒーでクロワッサンを流し込む。
クロワッサンを喉に詰まらせる事はしなかったが、いきなり飲んだコーヒーにゴホゴホとむせた。
「大丈夫ですか」
甲斐が言う。
俺は、かすれた声で大丈夫ですと答えた。
俺が部屋に帰りたくない理由、それは花凛にも聞かれたことだが、とても答えづらいことだった。
だってそうだろう。
部屋にいる幽霊の嫌がらせに困っていて帰りたくない、だなんてどうして言える。
そんな事言った日には頭がおかしいと思われるのがオチだ。
考えていたらあの部屋での地獄が思い出される。
ああ、何だか嫌気と寒気がしてくる。
「どうしたんですか、顔色が悪いですけど。部屋で何かマズい事でもあるんですか?」
甲斐は俺の顔をジッと見て言う。
部屋でマズい事。
俺の顔色が悪いとしたら、原因は部屋でマズい事があるという正にその通りだが、それを正直に話したらそれこそマズい事だ。
「俺の部屋の事なんて、あなたには関係の無いことですよ。あの、俺、コーヒーを頂いたら直ぐに帰りますから」
冷たい口調でそう言ってしまった俺は、甲斐の視線から逃れるようにカップを手に取る、が中はすでに空だった。
「コーヒー、お代わりありますけど、飲みますか?」
甲斐がそう言う。
俺は、つい、「はい」と答えてしまった。
お代わりを頼んでは、直ぐに帰ることが出来なくなってしまう。
俺は何をやっているんだ。
甲斐は立ち上がり、キッチンへ向かった。
そして、コーヒーピッチャーをもって戻って来た。
甲斐が立ったまま無言で俺のカップにコーヒーを注ぐ。
なみなみとカップに注がれたコーヒーからは湯気が立っている。
コーヒーの良い香りに、直ぐにでも口を付けたくなった。
「あ、ありがとうございます」
俺が礼を言うと甲斐は無言で別に、と言って椅子に座った。
「あの、すみませんでした、関係無いとか言って」
自分のカップにコーヒーを注いでいる甲斐をチラリと見ながらそう言ってみる。
「別に、本当に俺には関係の無い事ですから。ただ、あなた、随分と疲れているみたいでしたから、もし、誰かに話して少しでも楽になれる様な事だったなら、話したらいいんじゃない、と思ったので訊いてみただけです。だから、あなたが話したくない事なら話してくれなくってもいいんですよ」
甲斐は、慎重にカップにコーヒーを注ぎながら俺の台詞に返事をする。
「はぁ……」
確かに、誰かに相談できたならどんなにいいことか知れない。
話だけでも聞いてもらえたなら俺の気持ちも少しは楽になるだろう。
しかし、だ。
事がことだ。
真実のまま話したのなら、俺は白い目で見られかねない。
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