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第30話 一の怪28

 燃え上がる気持ちを抑えきれず、勢いよく玄関扉を開けた。  扉を開けると一気にどんよりとした空気が辺り一面に漂い出す。  ゾクゾクとした寒気が俺の体を襲う。  俺は舌打ちをすると靴を脱ぎ、荷物を床に置いて、わざと音を立てて廊下を進み、リビングへと向かった。  リビングの扉を開けると、「しくしく」と湿っぽい泣き声が聞こえる。  その泣き声は途絶える事なく続く。  リビングは、まだ引っ越しの片づけが終わっていない為、いまだに段ボールで溢れている。  他の部屋の片付けも同様に済んでいない。  本来ならばすでに片付いているはずであったが、しかし、ゴトウさんのせいで片付けなんかできる様な状況では無かったのだ。    まとわりつくようなしくしくと響く泣き声に耳を塞ぎたくなるのを我慢して、俺は声を出した。 「おい、出て来いよ、ゴトウさん!」  と、言ってみても、ゴトウさんは姿を見せない。  しくしくと泣き声がどこからともなく聞こえてくるだけだ。  毎日この調子だ。  ゴトウさんとの約束を守らなかった俺に対してゴトウさんがしたことは、毎日、一日中、この部屋で泣いている事だった。  部屋の中でずっと男の泣き声を聞かされる羽目になった俺は、泣き声のせいで夜もろくに眠れず、日中も部屋でゆっくりすることが出来ず、心身共に参っていたのだった。  されている事と言えばただ泣き声を聞かされているだけなのだが、しかし、地味な事だが正直辛い。  帰ればゴトウさんの泣き声を聞かされると思ったら部屋に帰る気にもなれず、つい花凛を頼り、バー・カルナバルで失態を演じ、隣人甲斐の世話になってしまった。  引っ越ししたばかりで金も無いので部屋を引き払って別の部屋に、何てことも出来ない。  全く、地獄だ。  泣きたいのはこっちと言うものだ。 「ゴトウさん、姿を見せろよ」  リビングの中を見回してそう言ってみる。  しかし、やっぱりゴトウさんの姿は無い。  だが、姿は見えずとも泣き声は聞こえているからここにいるのは確実だ。 「おい、いるんだろ。話がある。出て来いよ!」  大声を張り上げて言ってみるとゴトウさんの泣き声がより一層大きくなった。  ちくしょう。  うざいぜ。  部屋から出て行きたくなるのを我慢して俺はなおも、姿を見せない幽霊に話しかけた。 「あんたにとって悪くない話だ。出て来いって!」  頼むから出て来てくれ。  こちとらいい加減、叫び疲れた。  俺は天を仰ぎ、一人掛け用のソファーに、ドサリと音を立てて腰を下ろした。  そして、俺は、はて? と思う。  泣き声が止んでいる。 「悪くない話って何ですか?」  急に耳元で声がして、ソファーを飛びのいた。  俺が座っていたソファーの横に、ゴトウさんの姿があった。  相変わらず透けている。  ゴトウさんの目は涙に濡れていた。 「話って何ですか」  眼鏡をずらし、目をこすりながらゴトウさんは言う。

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