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第54話 三の怪4
「ちょっ、泣くなよ。あんたが泣くと面倒だ」
ゴトウさんの泣き声は俺には既にトラウマになっていた。
また泣かれるのは本当に勘弁して欲しい。
「ううっ。だって……」
グズグズとし始めたゴトウさん。
俺は慌てた。
「わっ、分かったよ! 本当に悪かったから! 今からでも洗濯物持って甲斐の所に行くから、勘弁してくれ!」
「えっ?」
涙目のゴトウさんはキョトンとして俺の顔を見る。
そして直ぐに不貞腐れた顔をする。
「こんな時間に甲斐さんが起きてる訳無いじゃないですか! 甲斐さんの迷惑になるから止めて下さい!」
「いや、あいつ、玄関の外で寝てるから。だからあいつを起こすついでに行ってやるよ」
そう言う俺にゴトウさんは一瞬意味の分からないという顔をした。
当然だ。
俺だって意味が分からない。
あいつは何だってあんな所で寝てるんだ。
「何で甲斐さんが外でなんか寝てるんです?」とのゴトウさんの疑問にも「俺が知るかよ」と答えた。
「片葉君、あなた、まさか外で寝ている甲斐さんの事を放っておいたんじゃあ……」
ゴトウさんの涙はもう乾いていた。
その代わりに眉間に皺を寄せている。
「いや……えーっと。あ、取り敢えず行って来るから!」
これ以上ゴトウさんに怒鳴られるのはごめんだと、俺は速攻で玄関からベランダに走り、夜風で揺れている洗濯ハンガーに干された洗濯物の中から、借りた甲斐の服を掴み取る。
服は夜の風を吸い込んですっかりと湿っていたがそんな事は気にしていられない。
急いで玄関に戻ると、何かを言い出しそうなゴトウさんをスルーして玄関扉を開き、外に出た。
外に出た途端に冷たい都会の夜の風が頬に当たる。
寒い。
寒すぎる。
こんなに寒くちゃあ、流石の甲斐ももう自分の部屋の中に入っているのでは、と思ったが、首を横に向けると、何と甲斐はまだ自分の部屋の玄関扉の前に座っている。
俺は驚く。
こいつ、石か何かか?
俺はそっと甲斐に近付いた。
甲斐はピクリとも動かずに首を折って目を閉じている。
唇が少し開いていて、そこから規則正しい呼吸の音が漏れていた。
平和。
そんな言葉が俺の脳裏に浮かんだ。
俺は屈んで甲斐の肩を軽く掴むと、肩を揺らして、「おい!」と甲斐の耳元でご近所迷惑にならない程度の少し大きめの声で言う。
甲斐の口から、「うーんっ」と声が漏れたが甲斐の目はしっかりと閉じられたままだ。
俺はため息を思いっきり吐き出す。
こんなやつ、二度と関わり合いになりたくないが、俺の夢の一人暮らしの為だ。
それに……。
俺は片手で握り締めている甲斐に借りた服を眺める。
そうして頷いた。
借りた物は返さねばなるまい。
仕方ない。
俺は甲斐の肩を揺すり続けた。
「おい!」
そう何度も声を掛けたが甲斐は目を覚まさない。
完璧に眠っている。
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