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第56話 三の怪6

「んっ!」  思い切り甲斐を押し返す俺。  だが、甲斐は俺から離れない。  俺はパニックだ。  何か言ってやろうと唇を動かすと開いた俺の唇の隙間に、にゅるりと甲斐の舌が入り込む。 「んんんんっ!」  俺は大きく目を見開いた。  信じられない。  こんな事。  あって良いはずが無い。  甲斐の舌をこれ以上侵入させまいと歯をガッチリと噛みしめる。  これ以上中を攻められないと知ってか、甲斐の舌は俺の中から出て行った。  だが、その代わりに今度は唇を噛まれる。  やんわりと、時に強くそこを刺激されているうちに俺の頭はぼうっとして来た。 「んぅっ……」  自分のものとは思えないほどの甘い声が漏れる。  何だこれ。  気持ちいい。  酔いも手伝って凄く心地いい。 「んっ……」  俺は目を閉じた。  酔っぱらっているからなのか何なのか、こんなにキスが気持ちいい何て知らなかった。  何だかこのまま溶けてしまいそうな……。  意識が彼方に飛びそうになる。 「んっ!」  落ちてしまいそうなギリギリの所で俺は目を見開いた。  一体俺は何を考えてたんだ。  何をしてるんだ。  此処は何処?  君は誰?  俺は誰?  ダメだ!  しっかりしろ、俺!  俺は思いっ切り甲斐の足を踏む。  足下に俺の手から落ちた甲斐の服が散らかっているのが見えた。 「痛っ!」と声を上げる甲斐。  やっと甲斐の唇が離れた。 「お前、何やってるんだよ! この変態!」  顔が熱い。  今、俺の顔は真っ赤だろう。  怒って見せるのがやっとの状態だった。  そんな俺を細い目をして甲斐が見ている。 「な、ななっ、何らよ?」  舌がうまく回らない  本当に何なんだ。  甲斐は静かに俺を見ている。  俺の方も何だか言葉が出ずに甲斐の顔を、ただ見る。  俺達はお互いの顔を見たまま微動だにしなかった。  そうしてしばらくした後。  黙ったまま俺の顔を見ていた甲斐が突然俺の方にドサリと倒れ込んだ。 「うわっ! な、何だよ?」  もう勘弁してくれ。 「おい! おい!」  呼び掛けても甲斐からの返事は無い。  甲斐は俺の体に身を預け、俺の肩に頭をうずくめる。  甲斐の全体重が俺の体にかかる。  非常に重たい。 「何してんだよ! おいっ! このっ!」  そう言って甲斐をつき飛ばそうとした時。 「ぐぅ」と言う間の抜けた声が俺の耳に入った。  その声は紛れもなく甲斐から漏れている。  まさか、こいつ。 「ね、寝てる?」  耳を澄ますと、「すーすー」と規則正しく聞こえる寝息。  マジだ。

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