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第57話 三の怪7

 こいつ、本当に眠っていやがる。 「こいつ、まさか寝ぼけてあんな事……」  そう考えるとあまりのあほな展開に頭が痛くなった。  俺の酔いは寒空の下、すっかりと冷めていた。  凄まじい怒りが俺の頭の中を駆け巡る。  甲斐を罵るありとあらゆる言葉が高速で頭の中から湧き出る。 「この馬鹿! 起きろ! 重たいんだよ! こらぁ!」  俺は甲斐の肩に手を掛けて心赴くまでに甲斐の体を揺すった。  揺すり過ぎて何だかこっちが気持ち悪くなって来た。  甲斐はこんなに揺すられているというのに目を覚まさない。  本当に、何なんだ、こいつ。  俺に出来る事と言えば、ただげっそりと項垂れている事だけであった。  いつまでこうしていたのか分からなくなって来た頃。  俺は何とか甲斐から逃れる事に成功した。  俺の髪も服も甲斐から離れる為に大奮闘で動いたせいで滅茶苦茶になっていた。  決め技から向けだすプロレスラーを本当にリスペクト出来た。  俺が離れた瞬間に甲斐の額がゴツリと硬い玄関扉にぶつかる。  痛そうな音を立てたにも関わらずに甲斐はまだ目を覚まさず、また座り込んでしまった。 「やっ、やってられるか!」  俺は身をひるがえして自分の部屋へと引き返した。  そんな俺をウキウキとしたゴトウさんが待っていた。 「お帰りなさい」  陽気に言うゴトウさんを無視して俺は乱暴に靴を脱ぎ、部屋の中に上がる。  俺の後をゴトウさんが付いて来る。 「片葉君、どうしたんですか? 何か髪とか服とか凄い乱れてる」 「知るか!」 「あの、片葉君。甲斐さんは?」  甲斐の名前を口にした時の弾んだゴトウさんの声にイラッと来た。 「知るか!」  そう叫んで寝室の扉を開いた。 「か、片葉君、何怒ってるんです?」  訳が分からない、という風なゴトウさんに向かって俺は言う。 「あいつの話は今はしたく無い!」と。 「な、何で?」  呆気に取られているゴトウさんに背を向けた。 「俺、今から寝るから! 部屋には入って来るな! 一人にしてくれ!」  言い切るとそのまま扉を閉めた。  ゴトウさんが俺の背中の後ろでどんな顔をしているのかは知らない。  シンッと静まっている部屋の中。  俺は最速で歩いてベッドにダイブした。  布団の中は冷えていてい心地悪い事この上ない。  寒さに震えながら、俺は自分の唇に指先で触れた。  まだ、甲斐の唇の感触が残っている。  俺は唇から指を離すと布団を頭まで被った。  忘れよう。  そう思った。  甲斐とのキスの事は全部記憶の彼方に葬るんだ。  そう決めて、強く目を閉じると眠りが訪れるのを待った。  しかし、いくら時間が経っても眠りに付けなかった。  甲斐とのキスの記憶を時々思い出しながら、慌ててそれを打ち消して……。  そうしているうちに眠れない夜が明けた。

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