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第59話 三の怪9
話がある、とゴトウさんに言ったものの、何て話していいか分からずに頭を捻っていた俺だが、お気に入りのソファーの座りごっこちの良さのお陰で落ち着いてゴトウさんに何を話すべきか考える事が出来た。
俺は顔を上げて静かに口を開いた。
「甲斐の事は諦めろ」
俺の言葉にゴトウさんは大きく目を見開く。
その後、ゴトウさんは何度か瞬きを繰り返す。
「な、何でですか?」
やっと、という感じでゴトウさんが話した。
「何でも何も無い。あんなとんでもないやつの事が好きだとか、あんたどうかしてる」
「は? 何ですか、それ?」
「あいつはケダモノだ。あんなやつよりも他にマシな男がいるだろう。何なら俺があんた好みの男を見つけてやるからそいつの事を好きになれよ」
そうだ。
カルナバルの客でも斡旋してやればいい。
そう思った。
甲斐のやつに比べたらカルナバルの客の方が数億倍マシに思えた。
「どうして急にそんな事言うんです? 昨日、甲斐さんと何かあったんですか?」とゴトウさん。
「何かって……」
俺は言葉を詰まらせた。
まさか甲斐にキスされた、何てゴトウさんには言えない。
言いたくも無い。
俺の中で昨日の甲斐との出来事は記憶から抹消したいほど最悪な出来事だ。
キスなんてご無沙汰だったのに、何で男と……甲斐何かとキスせねばならなかったのか。
全くの不意打ち。
すました風を装って、あの男、とんだケダモノだ。
「片葉君、どうしたんです? だんまりしちゃって」
ゴトウさんは,俺をまるで不審者を見る様な目で見ている。
俺は一つ咳払いをすると、「どうもしない。兎に角あいつの事は諦めろ。あの男、ろくでもないぜ」と真顔で言った。
ゴトウさんは首を傾げた。
「何なんです。それ? 片葉君に何でそんな事が分かるんですか? 甲斐さんと何があったんですか?」
「断じて何も無い! 俺の第六感がそう告げているんだ! 良いから甲斐の事は忘れろ! 今すぐに!」
「そんな……無理です。諦めるなんて……そんな事……だって甲斐さんの事、まだ何にも知らないのに、片葉君の第六感なんか信じて諦める事何かできる訳ないじゃないですか! 死んでも好きな相手ですよ!」
「そう言ったって……そうだ。あんた、死んでるんだ。死んでるってのに生きてる人間相手にどうするんだよ。死んでちゃ、何にも出来ないんだぞ! 虚しいだけじゃ無いか!」
「そんな事、分かってますよ!」
まるで悲鳴の様なゴトウさんの叫びに俺は口を閉じた。
俺は静かにゴトウさんの顔を見る。
ゴトウさんは涙目だった。
「甲斐さんの事が知りたいんです。それで、僕って言う人間が甲斐さんを思っていた事を知って欲しい……甲斐さんに死んだ僕の事を好きになって欲しいとか思って無いです。ただ、甲斐さんを知りたくて、気持ちを伝えたくて、それだけなんです。片葉君が何で甲斐さんを諦めろだなんて言い出したのか、昨日甲斐さんと何があったのか、言いたくないならそれで良いです。でも、約束……守って下さい。僕に取って一生の約束なんです。お願いします。諦めろだなんて言わないで、僕に力を貸して下さい」
そう言った後、ゴトウさんは床にしゃがみ込んだ。
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