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第3話
男に踏みつけられて逃走に失敗した俺は、軽々と持ち上げられて再びベッドの上に投げ落とされた。男は相変わらず微笑みを浮かべたまま、ベッドから伸びた鎖に手錠を繋ぐ。
「なっ……お、俺を殺すのか?……俺は、俺にはまだやりたいことがあって……」
今度こそもう逃げられない。命乞いをしているうちに目に涙が浮かんできた。
「やりたいことか。それなら僕と一緒にそれをやればいい。何がしたいの?」
「家に……帰してほしい……」
その瞬間、男の顔から微笑みが消えた。
「何を言っているの?ここが君の家だよ、イツキ」
「な、何で……俺の名前……」
男は俺の体に覆い被さると、ぐっと顔を近付けてきた。ふわっと香水のような心地よい香りが漂う。目鼻立ちのくっきりとした端正な顔を見つめていると、なぜか頭がクラクラとしてくる。
「何でって、僕が名付けたんだから当然だろう?君は高貴な乙姫様だ。僕の妃となるために生まれ、育てられてきたんだよ」
乙姫と書いてイツキ。男なのにその漢字が当てられていることがずっと不思議だった。でも、物心がつく前に俺を引き取ったという両親もその理由を知らなくて、いつしか気にしないようになっていた。変な名前だけ押し付けて俺を捨てた実の親のことなんて、考えたくもなかったからだ。だから、どうしても本名を書かなければいけない場合以外はいつもカタカナで表記している。
「……じゃ、じゃあ、もしかして……お前が俺の、本当の……」
「いや、父親ではないよ。息子を妃にするわけないだろ。それに僕、そんなに老けて見えるかなぁ?」
……た、たしかに。イケメンだから若く見えるのかと思ったけど、どれだけ年上に見積もっても30代くらいにしか見えない。
「イツキ、君は何も知らないだろうけど、この18年間、僕は君とこうして再び触れ合うこの日のために生きてきたんだよ」
そう言うと男はペロっと俺の唇を舐めた。
「ちゃんとしたキスは最後にとっておこう。今日は僕たちの大切な初夜だからね」
その言葉に、俺はようやくこの後に起こるであろうおぞましい出来事を理解した。
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