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よくできました 8
緋音が一瞬だけ、珀英に視線を送る。
ちゃんとついてきているか確認してくれているその仕草が、珀英は嬉しくて大好きで満面の笑顔を浮かべる。
緋音はその珀英の笑顔を見て、少し気まずそうに視線をそらせて。
それでも珀英が嬉しそうに、笑ってくれて、自分の数歩後を歩いてついてくるのが、嬉しかったし心地よかった。
傍(はた)から見たら緋音の態度は冷たいし、珀英を奴隷扱いしている酷い有様だが、緋音は強要しておらず珀英が勝手にしていること。
やめろと言ってもやめなかったから、少しずつこの状況に慣れてしまっただけ。
珀英の好きにさせていたら、変な主従関係が出来上がってしまった。
珀英が緋音の代わりに家事を全てこなしてくれて、色々管理しているのと同時に、緋音もまた珀英のことを管理していた。
珀英はあまり気づいていないが、緋音は緋音で、珀英の体調をさり気なくチェックしてフォローしている。
風邪ぎみらしい時は家に帰って寝てるように言ったり、疲れがたまってそうな感じがしたら外食にして負担にならないようにしたり、珀英の負担にならないようにきちんと見ている。
しかも主人と飼い犬であることを確認し合ってしまってから、今ではすっかりこの関係性に落ち着いてしまっている。
緋音としても、珀英が自分の生活や仕事の邪魔にならないようにしてくれているから、無理にやめさせることもできずにいる。
珀英に気づかれないように、珀英が快適に過ごせるように飼わなくてはならないから、結構大変。
忠実な犬だから、緋音が珀英を気遣ったりするのを嬉しくもあるけど、嫌な気分にもなる。
ご主人様に変に気を使わせてしまっているのが、自分だってことが、何だか妙に嫌になる。
誰にわかってもらわなくても構わない。
珀英は、緋音が我儘を言ってくれることが嬉しいし、緋音に振り回されるのが幸せだし、緋音が傍若無人に扱って組み伏せるのは、自分以外は絶対に嫌だと、懇願している。
緋音は珀英のそんな気持ちを願いを、何となく理解してしまっているので、自然と珀英に気を使わず、思うがままに行動するようにしていた。
それでも、珀英が本当に嫌だと思うことは、例え緋音の行動でも嫌がるだろう行動はしないようにしている。
だからこそ、空港に迎えにくることも、車を運転することも、荷物を運ぶことも、ドアを開けて手を差し伸べることも、ひたすら後をついてくることも、自分を好きでいることも、やれなんて言わない。
そのかわりに、やめろとも言わない。
珀英も緋音がそんな風に自分のことを考えてくれて、自由にさせてくれていることを、ちゃんと理解していた。
二人の関係を知っている数少ない人には、珀英に対して心配の声をかけてくれていたが、珀英が望んで犬になってつきまとっていることを知ると、呆れたように溜息をつかれた。
緋音も緋音で、周りの人には珀英を付き合っていると認識されているのが、特に何かを言われたりすることは、最初の頃よりはだいぶ減った。
珀英に対する態度が冷たいとか、犬扱いしていることをたまにご忠告いただいたりしたが、実際問題、珀英が喜んで犬になってるし、冷たい態度を嬉しそうにしているのを見て、みんな呆れて納得してくれていった。
緋音は珀英の飼い主だから、普段は珀英のやりたいようにやらせて、放し飼いにしてあげて、転がしている。
珀英が暴走しそうになったら、瞬時にリードを引いて、おすわりをさせて、圧をかけて叱って、大人しくさせている。
犬に躾(しつけ)をして、常識とルールを教え込んでいるのと、全く変わらない。
それが、珀英にとっては、嬉しくて堪らなかった。
緋音が飼い主としてきちんと珀英を管理してくれていることが、珀英は嬉しいし幸せに思っている。
緋音に飼っていて欲しいからこそ、緋音の傍にいて、色んな雑多なことを全部やってあげたい。
炊事掃除洗濯なんて当たり前で、仕事の管理はできないけど、健康管理のために食事管理をして、睡眠状態も体温の変化も、届いたメールや電話の管理と報告もする。
緋音が健康でいるために、緋音が生活しやすいように、緋音が音楽を奏(かな)でられるように。
緋音が煩(わずら)わしいと思うこと、全てを珀英が処理して、緋音の目には入れない。
それだけ。
本当にただそれだけ。
だから珀英はひたすら緋音のために動く。緋音のために生きる。
珀英は緋音のすらっとした後ろ姿を見ながら、微笑んでいた。
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