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第6話「足元に跪いて」

《悠生視点》  昔から、Subとしての欲求がほとんどなかった。というか、二次性の検査結果が出るまで自分でさえ、自分のことをDomだと信じきっていた。  だからSubだと分かった時は、とても驚いたものだ。自分も、家族も。  昔から東条グループの跡取り息子として育てられて来たこともあり、その当時は不安だった。  しかし、特に問題はなかった。  時代はSubに寛容になっていき、むしろSubだからという理由でできる仕事を制限する方が問題になる。  それに優生には、支配されたいだとか、甘やかされたいだとか、Subとしての基本的な欲求がなかった。  むしろ、交友関係が金持ちばっかりなのもあり、鼻持ちならないDomばっかりに出会ってきた。そのせいで、Domへの対抗意識がムクムクと育ち、勉強やスポーツや、身のこなしなど頑張った。  そのせいでますますSubらしくなくなった。  しかしそれでも良かった。Subとしての欲求も、抑制剤さえ飲んでいれば問題なかったし、パートナーになりたいDomもいなかったから。  理久初めて知ったのはいつだっただろうか? あまり覚えていない。初めは彼にたいして良い印象を持っていなかった。  彼がSub嫌いなのは見ていてすぐにわかったから。  表面上は取り繕ってても悠生には分かる。何人ものそういったDom達を見てきたから。  こういうDomは総じて裏でSubを酷く扱っているものだ。  しかしその後、理久はそういうDomとは少し違う事を知った。    あれは、大学に入学してすぐの話。大学構内にある広場で喧嘩をしているDomとSubがいた。会話内容からしてパートナー関係なのは分かったが、それがまた酷いDomだった。  まあ、面倒なことにならなければいいななんて思って見ていたら、DomがSubを一人残して去っていった。  その場に残ったSubは立ち尽くし、次第に顔色を悪くした。  呼吸は荒くなり、立っていられないと、地面に倒れる。  その症状が、サブドロップしかけている状態だとすぐに分かった。  悠生の周りには高圧的なDomが多い。だから、何度も何度もそんな風にサブドロップするSubを見てきた。  特に焦ることも無く、今精神安定剤って持ってたっけ? なんて思って、鞄に手を突っ込みながら、そのSubに近づこうとしたその時。悠生よりも先に、Subに近づき「大丈夫か?」と、声を掛ける男がいた。  それが理久だった。  悠生はとてつもなく驚いた。いつだって、サブドロップしたSubを一番に心配するのは同じ二次性を持つSubだ。  周りを見渡せば案の定、こちらを心配そうに見つめるだけ見つめて、何もしないNormal。Subだっていたが、彼らも理久が動いたことで遠巻きから見ることに決めたようだった。  まだ発作は治まっていないのに。  理久を見れば、「大丈夫……大丈夫……」とSubを抱きしめて、背中を優しく撫でてあげている。  そのおかげか、Subの方も落ち着いてきたようでゆっくりとした呼吸に戻ってきている。  悠生は鞄から精神安定剤を探す手を引っこ抜いた。  理久のSubを宥める手つきは明らかに慣れていなかった。  それなのに周りの目も気にせず、一心不乱にSubを助けようとする姿に衝撃を受けた。  高圧的でSubを見下してもなけれな、自身の社会的地位を上げる為にSubに親切にするDomでもない。  Subを嫌ってるはずなのに、Subを助ける為に一生懸命になるこの男に酷く興味を引かれた。 「大丈夫? 救急車呼ぶ?」  理久が、発作が収まり虚空をボーッ見つめているSubに声を掛けている。返事がないのを見ると、スマホを取り出し、起動し始めた。  悠生は「待て待て待て」と、理久から慌ててスマホを取り上げる。 「今の状態なら救急車まで呼ばなくても大丈夫だ」 「えっ、でも、返事もないですし……」 「それは、発作の後で疲労してるのと、お前がまるで宝物でも触れるかのような手つきで頭やら背中やらを撫でるから、その多幸感で微睡んでるだけだ。だから、救急車は呼ぶな」  こんな状態のSubを救急車に乗せるなんて税金の無駄だ。  理久をなんとも言えない気持ちで見ると、納得いかないような顔で頷いていた。  意識が戻ったSubをタクシーに乗せ、家に返すと、理久は「じゃあ……」と去っていこうとするので、引き止めた。 「さっきのSubが好きなのか?」  悠生はさっきからこれが気になっていた。  Subが嫌いなのに何故あんなに一生懸命だったのか?  あのSubが好きなんだとすれば、納得出来る。好きな人は例外なんだろう。  しかし返ってきたのは、「は?」という不機嫌な声ととてつもなく嫌そうな顔。  どうやら予想は外れたようだった。 「救急車、呼ぶの止めてくれてありがとう」 「ちょっと待てッ!」  理久が去ろうとするのを手首を掴んで引き止めた。  すると、掴んだ先から振動が伝わってくる。 「震えてる……?」 「……震えてなんかないッ!!!」  理久は手を振り払い、走り去っていく。  手を振り払われた瞬間、俯いていた顔が一瞬見えた。  目に涙を溜めた、今にも泣き出してしまいそうな顔。  頭の中は疑問でいっぱいだった。    なぜ泣いているのか?  自分がなにかしてしまったのか?  あのSubが好きじゃないのなら、何故助けたのか?  何故、Subが嫌いなのか?  しかしそんな疑問も、一瞬後には吹き飛んでいた。  あの涙を堪える、美しすぎる顔が印象的過ぎて、脳内が占領された。  東条 悠生はその時、恋に落ちたのだった。  しかし、泣き顔で好きになったとはいえ、泣かせないわけじゃない。笑っていて欲しい。  俺が幸せにしてあげたい。    ―――彼の足元に跪いて。  

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