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第4話
仕事は順調に終わり、俺は上機嫌でアパートへの帰路を急いだ。足元からしんしんとした寒さが這い上がってくる。真っ黒な空には見事な満月。手には商店街の酒屋で仕入れてきた日本酒が入ったビニール袋。
クリスマスイブなんだから、ワインとかシャンパンとか洒落た洋酒の方が良かったのかも、と店を出てから気付いたが、まあここは日本なんだから日本酒で乾杯ってのも悪くないだろう、と思い直した。ちなみに買ったのは、店主から勧められたすごくいい日本酒だから、お値段もそれなりだったが、今日は特別な日だからそれも良しとした。
住宅街の静かな道を歩きながら、この数ヶ月の怒濤の展開を頭の中で思い返して、人生って不思議だな、なんて考える。
――まさか俺に新しい彼が出来るなんて、半年前には思わなかったもんな。
その新しい彼は今頃アパートの部屋で夕食を作って、俺の帰りを待っている筈。
――今日は何を食わせて貰えるのかな……
自然と口元が緩んでしまう。
よく女の子向けの雑誌なんかで、意中の男性の胃袋を掴んじゃおう! なんて特集があったりするけど、これは女性、男性関係ないと思う。好きな人に振り向いて欲しかったら、相手の胃袋を掴むってのは、かなり有効な方法の1つだ。俺はそれを今めちゃくちゃ実感している。
アパートのオレンジ色のぼんやりとした明かりが見えてきた。築20年以上のおんぼろ……いや失礼だな、年季の入った味のあるアパート。入居した時はまさか、隣室の住人と付き合う事になるだなんて思いもしなかった。
カンカン……と音を立てて階段を上がって、まずは自分の部屋に向う。多分隣室の住人は俺が帰宅したのを、鍵を開けて中に入った気配と音で気付いただろう。俺は鞄と日本酒をテーブルの上に載せて、スーツを脱ぎ、着替える。いつもは気楽なスウェット姿で隣に行くが、今日はちょっと特別だからセーターとジーンズにした。
日本酒を手に隣室へ向う。ドアをノックした瞬間、まるでドアの前で待ってましたぐらいの勢いで扉を開けられてビックリする。
「おかえり」
開けられたドアの向こうに立ってるのは、穏やかな笑顔の緒崎。彼はオフホワイトのセーターにブルージーンズを履いていた。
「ただいま」
「寒いだろ? 早く入れよ。食事の用意出来てるから」
緒崎はいつも用意がいい。彼は先に立って部屋に入ると、温めてあった鍋を部屋の真ん中に置かれているテーブルの上に載せて、ポータブルコンロに火を点けた。
「今日は鍋なんだけど、いい?」
「寒いから、鍋物は大歓迎だよ。体が温まっていいよな」
「今日みたいに寒い日は、まさに鍋日和だよな」
緒崎は取り分ける用の小鉢を俺の前に置いてくれる。俺は手にしていた日本酒を緒崎に差し出した。
「メリークリスマス」
「あはは、菊池らしいな。俺へのクリスマスプレゼントって日本酒?」
「それは、プレゼントの一部。こっちがメイン」
俺は日本酒と共に持ってきていた紙袋を渡した。
「サンキュ。何かな?」
緒崎は嬉しそうに包みを開く。
「……マッサージ器?」
「おまえSEだから肩凝るんじゃないかなって思って」
「当たり! そうなんだよ。これ助かるな。小さいから会社に持って行けるし。早速使うよ」
緒崎は嬉しそうに笑った。
「これは俺からのプレゼント」
緒崎から渡されたプレゼントを、俺もすぐに開けてみる。
「いいのか?」
「好きじゃなかった?」
「いや……すごい好き」
包みの中には、高級ブランドのネクタイが入っていた。色も柄も緒崎のセンスの良さが伺えるチョイスだ。
「菊池、外回りの仕事してるだろ。少しぐらい良いネクタイしてた方が、取引先の人の受けもいいんじゃないかと思って」
「ありがとう。年始の挨拶回りの時に付けていくよ」
「おまえにすごく似合うよ、そのネクタイ」
胸元にネクタイを当てた俺を満足そうに緒崎は見つめてそう言った。
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