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第5話

 目の前の鍋は今やぐつぐつと美味そうな音を立てて煮え立っている。 「菊池、もう煮えてるから食っていいぞ」 「この鍋って……」 「あ、気付いた? おまえが初めて、この部屋に飯食いに来てくれた時に作った豆乳鍋にしたんだ」  半年ほど前、元彼の西内の結婚式に呼ばれ、自棄になって飲み過ぎてぐだぐだになった翌日、引き出物で貰ったバウムクーヘンを持ってこの部屋を訪れたのを思い出す。その時、緒崎が夕食食って行けよ、と誘ってくれて、それで作ってくれたのが豆乳鍋だった。豆乳鍋は俺たちにとって、初めて二人で食べた思い出のメニューだ。 「懐かしいな。たった半年ぐらい前の事なのに、すごく昔みたいに感じるよ」  俺は、小鉢の中の湯気を立てている熱々のじゃが芋をはふはふしながら、口にする。 「……んん!?」 「あ、まだ煮えてなかった?」  緒崎は俺の反応を見ると、慌てて尋ねてくる。 「いや……この芋、すっげえ美味いな!?」 「分かった? そのじゃが芋ちょっと特別なんだよ」  緒崎はそう言ってちらしを目の前に差し出してきた。カラーのちらしは、農協で作っているPR用の物のようだ。北海道らしい広々とした大地の写真がまず目に付く。真っ青な空とその下に広がっている緑の絨毯は、じゃが芋畑なのだろう。そこにでかでかと、幻の今金産の男爵いも、と書かれていた。 「……それ、いつもと同じように実家から送られてきたんだけどさ、どうも今それを地元で推してるらしいんだよね。すごい人気らしいんだけど、菊池知ってる?」 「いや、初めて見た。幻の男爵いもか……すごいな。いまきん産?」 「ぶはっ」  俺の言葉を聞いて、緒崎が吹き出す。 「何、笑ってんだよ?」 「いまきん産じゃなくて、いまかね産なんだけど」 「え? あ、そうなの? ……俺、漢字読めないとか恥ずかしくない?」  俺は照れ隠しをするように笑った。 「北海道の地名って、ちょっと読み方が変ってたりするしね。ほら、もっと食えよ。一日仕事してきて腹減ってるだろ?」 「ああ、うん。豆乳のまったりしたスープに、ほくほくのじゃが芋がすっごい合ってて美味いよな」 「おまえ、食レポ出来そうだな」  緒崎はあはは、と楽しそうに笑って、俺の小鉢にじゃが芋をてんこ盛りに入れてくれた。

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