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第2話

 次の日から俺の身体は見違えるように不調がなくなり、健康であることや天気が晴れであることにすら感謝をしたいくらい慈悲に溢れていた。そんな俺の姿を見た三つ年上の姉が「きも」とだけ言ったが、それすらもニコニコと受け流すくらいには気持ちも寛容だった。母も何かを察してか、お弁当には普段は付かないりんご入りのタッパーも包まれていた。  自分がSub性を診断されてから服薬だけはちゃんとやっているけれど、その他に特別なことをしようとは思わなかった。今までの生活が継続できるものだと思っていたし、多少の不調は気合いでなんとか我慢すればいいものとも思っていた。だが相沢くんとの軽度のプレイによって、やはり自分もSubとしての本能を理解しコントロールしていかないといけないかな、と漠然と考える。こういうことが自分自身のSub と向き合うことなのかもれない。もう少しDomとSubの関係について理解しないと、いつか相沢くんに迷惑をかけてしまうかもしれない。それに、こんな自分でもなにか相沢くんの力になれたらいいな…少なくとも、Subについて少しは向き合えそうだと思えたきっかけになったのだから。  教室に着いて、一番前の相沢くんの席を確認する。昨日早退していたし今日はどうだろうかと思ったが、ちゃんと来ていて安心した。待ち遠しかったお昼になるとあの音楽室に行く。その足取りは軽快で、歩幅も自然と広くなる。相沢くんと落ち合って、昨日のおかげで今日も絶好調だと改めてお礼を伝えると、相沢くんも嬉しいと答えてくれた。そしてお弁当を食べながら他愛もない雑談をして、相沢くんと過ごす穏やかな時間がやっぱり心地いい。  「今日さ、母さんがリンゴ付けてくれたんだ。一緒に食べよう」  相沢くんの今日のお昼は、コンビニのおにぎり二つだけだった。余計なお世話かもしれないが少しでも栄養のあるものを食べてほしくて、リンゴの入ったタッパーを開ける。  「ありがとう、いただくね。僕リンゴ好きだよ」  そう言いながら一切れ頬張る。シャクシャクと瑞々しい音が聞こえた。  「あ、そうだ。はい…“食べて”」  もう一切れつまんで俺にコマンドをくれた。またなんのためらいもなく、相沢くんの手からリンゴを食べる。今の俺たちにとって一番やりやすいプレイがこの食べさせるという行為であり、それをお互いが分かっているように自然な流れで行うことができた。  コマンドを使ったあとは必ず「いい子」と褒めてくれる。それがたまらなく嬉しいし、そしてなにより、相沢くんもすごく嬉しそうな表情をするのが俺にとっても幸せだと思えた。心が満ちていく感覚をもっと味わいたいと、簡易のプレイをしたときは毎回思うのだった。  相沢くんとの逢瀬が始まって二週間くらいが経過した。相沢くんについてもいろいろ分かったことがある。まず、趣味はゲームと読書らしい。基本インドアだと言っていたが、どうやら体調不良が多くて外出するのが億劫になるそうだ。今ハマっているスマホゲームを教えてくれたり、現実のランニング距離と連動してモンスター育成ができるアプリなどもおすすめしてくれたり、かなり詳しかった。あと、好きな食べ物は甘い物。パンも菓子パンが好きだし、食欲があまりないときはアイスを夕飯にしちゃうこともあるらしい。意外と偏食家だった。今まで部活ばっかりの俺からすれば、相沢くんの話は新鮮でおもしろかったし、なにより少しずつ相沢くんを知ることができて嬉しかった。  いつも音楽室で集まり、音楽室で解散する。あまり俺と一緒に行動するのは気が引けるようだ。どうせ戻る教室は一緒なのだから一緒に戻ろう、と提案したところ別々がいいと断られた。周囲にSubバレしている俺と一緒にいると相沢くんもなにか不審がられるかもしれないよな、と一人納得したのを覚えている。昼食時の簡易プレイは継続してくれていて、俺の体調は安定そのもの。しかし相沢くんは週に一回は休んでしまう日があり、たまに午後は早退していた。決まって「だるいだけだから」と言われるが、俺ばかりが体調良くてもなあ…と、なんだか腑に落ちない。  「結城くん、ホルモン値が安定していますね」  定期通院で担当女医が驚いて言う。もしかしてパートナー見つけた?とほほ笑んでいる。  「パートナー…というほどではないけど、まあ」  「ふーん? 良好な関係ならいいのですが、プレイは相手との信頼が一番大事ですからね」  「あの、先生…」  思い切って相沢くんの様子について聞いてみることにした。コマンドを使ってプレイをする相手はいるが、自分だけ体調が安定すること。相手のDomはあまり安定せず学校を休みがちであること…他にも聞きたいことはあったのだが、一番は相沢くんも自分のように不調から解放されて欲しいということだった。  「うーん、その相手さんの事情が詳しく分からないからなんとも言えないけど、ただ可能性としては、需要量と供給量のバランスなのかもしれませんね」  「…うん?」  「例えばコップにたとえると、結城くんが持っている心のコップはお猪口くらいの大きさだとする。簡易のコマンドによってそのお猪口はすぐいっぱいになるでしょう。でも相手の持っているコップがバケツくらい大きかったら、何十回もコマンドを実行しないとずっと満たされることはない、かもしれないですよね」  「ああ、なるほど…」  医者が言うには、プレイ自体にも種類があるとのことだった。コマンドを使ってのプレイもあるが、人によっては話すだけでも安心感を得られたり、手をつなぐことやハグするという直接的なふれあいでも満たされることがあるそうだ。たしかに俺にも思い当たる節があった。相沢くんと初めて話したあの放課後、とても安らいだことを思い出す。  「その需要と供給のバランスが同程度のパートナーを見つけられれば理想なのですが、人口比率からいっても巡り合えるのは難しいものですね。一番大事なのはパートナーと信頼関係ができていて、相互に理解し合えていることだと思いますよ」  心の中で医者の言葉を反芻する。パートナーとはまだ言い切れない不確かな関係ではあるけれど、独りよがりで自分のコップばかりをみていてはいけない。相沢くんのコップはどれくらいの大きさなんだろう、どうやったらいっぱいにしてあげられるだろうか。まだ他にもやり方があるはずだ。DomとSubについても理解を深めていく必要があるなと実感した。  病院から帰宅して、医者から教わったことも含めDomとSubの関わり方について自分でも調べようとスマホで検索画面を立ち上げる。  相沢くんにも合うプレイ方法があるのかもしれない…思いつくままに単語を入力していく。検索トップに出てくるものは、医者が話してくれたことがほとんど。信頼関係があることが大前提だったが、双方の同意であれば一時的に本能的欲求を満たすため、その場凌ぎでプレイすることもあるらしい。プレイを目的としたお店もあるらしいが、成人向けの水商売寄りのものだった。  俺が相沢くんとするような簡易的なプレイもあれば、身体を縛ったり叩いたりする少々荒っぽいもの、恋人のようにキスをしたり身体を重ねたりするもの…プレイパートナーから恋人、そして結婚までするペアも多いそうだ。恋人、結婚…まったく想像もしていなかった単語に目を見張る。  そのままリンクをたどっていくと怪しげな動画サイトを表示してしまった。どうやらフェチものを集めたショート動画を載せているサイトで、アダルトサイトへ誘導する広告付き。出来心で「DomにトロトロにされるSub」というタイトルのものを見てみる。目元だけゴーグルを付けたDomと思しき男性が、Subと思しき男性の肛門に陰茎を突き刺し、臀部をいたぶっているゲイ動画だった。字幕で表示される命令に応じるSubは気持ち良さそうに乱れているけど…まさしく凌辱もののようでかなり抵抗感があったし、それを見て興奮する性癖は持ち合わせていなかった。そもそもゲイ動画など見たことがなかったのでそれらの行為に「これが気持ちいいのか?」と理解できなかった。  相沢くんは絶対に無理な要求はせず、俺の様子を伺いながら時折「嫌じゃなかった?」と確認してくれるし、俺に合わせてプレイをしてくれているという実感があった。そこに安心感と充足感、そしてなにより、そんな相沢くんだから信頼してプレイを行えるとはっきりいえる。ただそれは俺の感想でしかなく、きっと相沢くんはもっと違うやり方でないと満たされることがないのでは…もっと相沢くんを知って安心してもらいたい。昼休みにプレイをする関係だけではなく、普段からちゃんとパートナーとして支えられるようになりたい。よし、と俺は心に決める。さっそく翌日から、相沢くんと仲良くなろう作戦を実行することにした。  朝のホームルームが始まる約五分前。いつも通りの時間に登校し、教室に入ってすぐ一番前の席で読書をしている相沢くんの姿を確認する。  「あ、相沢くん、おはよ」  普段から接触を避けたいような雰囲気があったので、こうやって教室内で話しかけることは滅多にない。若干緊張してしまったのもあり少し声が大きくなってしまった。  相沢くんのほうも一瞬意表を突かれたようではあったが、控えめに笑いながら小さく「おはよ」と返して視線を本に戻した。その雰囲気からも、調子は悪くはなさそうと直感で思う。  「え!なんで相沢くんだけなんだよ、俺にもおはようしてくれよ」  相沢くんの後ろの席で安藤が言う。朝は弱いのか、机に突っ伏したまま顔だけこちらを向けていた。  「あーはいはいおはよう安藤様」  心がこもってねーぞとかなんとか言ってたのをいなして自席に着く。仲良くなろう作戦一つめ、まずは挨拶をすること。嫌そうではなかったよな…と席でホッと息を吐く。  相沢くんが登校した日は暗黙の了解で、昼休みに音楽室に集まるのが自然になってきた。そこでもいつも通りに弁当を食べて簡単なプレイをして穏やかなひと時を過ごす。相沢くんは、今日は早退せず午後も授業に出るらしい。それならば、と俺は仲良くなろう作戦二つめを実行した。  「放課後に残って勉強してるって前に言ってたじゃん、あれ、今日はする?」  「うん、今日は残ろうと思ってた」  「じゃあ俺も一緒にやってもいい?」  相沢くんは俺の申し出にキョトンとしていたが、うん、と頷く。作戦二つめ、放課後も一緒に過ごす時間を増やすこと。これも成功だと心の中でガッツポーズする。  「もしかして、相沢くんは家では集中できないタイプ?」  「うーん、というか…僕、早退も欠席も多いからさ、先生にすぐ聞けたほうが安心するっていうか…」  高校になってから高度になる勉強に、欠席が重なるとなかなかついていけないということ。且つノートを見せてもらうなどを頼める間柄の人がいないそうだ。こういうところで困っていたのを自分の力だけでカバーしようとしていたんだ…胸がつまる思いだ。  「この前のノートとかも見せるよ、俺の汚い字でよければ」  「…ん、ありがとう」  本能的な話ではなく、どんな小さなことでも相沢くんの力になれるなら。自分だけ助けてもらうのではなく、助け合いたい一心だった。  それからは昼休みだけではなく、たまに放課後の居残り勉強も一緒にやる日が増えた。相沢くんの調子は良さそうに見える日が増えた気がしていたが、たまに早退したり休んだりやっぱり安定しないようだった。放課後の勉強時間へ誘う理由ができるのはありがたいが複雑な気持ちではある。  実際のところプレイ内容が変わったわけでもないし、ましてや本能的な満足度について話すのはまだ気が引けた。ずけずけ聞いていいものではないような気がしたし、俺はまだパートナーという位置付けにいるのか定かではなかった。  そんなすっきりしない気持ちを抱えて過ごしていたある日、相沢くんから思いがけないお誘いがあった。  「今日の放課後さ、昨日早退したとこノート写させて欲しいんだけど…」  「古典だっけ、いいよ」  「それでさ、もしよかったら、その…僕の家でやらない?」  まさか家にお招きいただける日がくるとは思ってもなかったので、驚きと嬉しさのあまりすぐに反応できなかった。これは相当仲良くなっている証拠なのではないだろうか。  「…あ、いや、その、この前話してた新作ゲーム買ったんだ、勉強ちょっとやったら、一緒にゲームも」  「やる、やりたい、家行きたい」  食い気味で返事をしてしまう。相沢くんとの距離が確実に近づいている。嬉しくて緩む顔を元に戻せないでいると「結城くん、ゲームやりたすぎじゃん」と相沢くんに笑われてしまった。  放課後になって駐輪場で落ち合い相沢くんの家に向かう。自転車で二十分くらいの閑静な住宅街、二階建てアパートの一〇一号室が相沢くんの家だった。  「まさか、一人暮らし?」  小さなキッチンに十畳ほどのワンルーム。部屋の角にはシングルベッド、折りたたみ式のローテーブル…明らかに単身向けの広さと家具だった。  「まあ、それに近いかな。でもこのアパート親が管理してて、建物の一番奥がオーナー宅になってんだ。そこに親と兄が住んでる」  まあ座って、とローテーブルの近くにクッションを置いてくれた。テレビの近くに家庭用ゲーム機が一台とそのソフトが数本置いてあり、ベッドの隣りにある本棚には本が数冊あるくらいでさっぱりした部屋だった。  「俺の部屋もこんくらい広くて綺麗だったらな」  「昨日クローゼットに全部詰め込んで隠した」  ふふ、と照れたように笑いながら冷たいお茶の入ったコップを二つ持ってきてくれた。ありがとう、と受け取って口をつけると、二人して喉を鳴らしてお茶を飲み干す。初夏の陽気で少々火照った身体に冷たいお茶が染みわたっていき、ふう、と一息つく。  「あ、僕早めにノート写しちゃうね、結城くんもうゲームしててもいいよ?」  さっそく、というように相沢くんはノートを取り出す。めんどうなことを後回しにしない俺とは違い、こういう真面目なところが尊敬できる。  「俺も宿題だけやっておきたい。帰ってからは絶対やらないだろうし」  少々狭いテーブルに二人分のノートとテキストを広げるとなおのこと狭く感じられたが、相沢くんがいつもより近くにいるようで嬉しい。相沢くんがスマホを操作し、カフェで流れているような軽快なジャズを流してくれた。無線でつながったスピーカーから流れる音楽に、この空間がちょっとしたカフェスペースのように思えて心地がいい。  約一時間と少し、互いに集中しながらノートに向き合い、たまに相沢くんから質問がきたり、他に宿題を進めたりと順調そのもの。相沢くんは以前勉強が苦手のように言っていたことがあったけど、俺の拙い説明で伝えても飲み込みは早いように思う。むしろ俺のほうが教えてもらったり、一緒に応用編の問題を解くことだってよくある。そしてこの協力できている感じが嬉しくて、少しは役に立てているような気がしてしまう。  「…よしっ、と。今日の分終わり」  「ん、僕も終わった、ありがとう教えてくれて」  早々とテキストをしまっていると相沢くんは立ち上がり、冷蔵庫に向かう。  「お礼に、一緒に食べよ?」  テーブルに戻ってきたその手にはどこにでも売っているようなビッグサイズのプリンと、スプーンが一本。おもむろに蓋を開けてスプーンたっぷりにプリンをすくい上げる。  「はい…“食べて”?」  もうこの流れも慣れたもので、差し出されたものを当たり前のようにいただく。ひんやりとしたプリンが口の中で甘くほどけていく。学校の疲れを癒すようにじんわりとその甘さに浸り、感覚に酔いしれる。  「…いい子。勉強も、いつもありがとう」  相沢くんが嬉しそうにニコニコしながら頬を撫でてくれて、やっぱり俺も嬉しくてその手に頬ずりする。相沢くんはそのスプーンで自分も一口食べ、そして俺に、自分に、と交互に食べさせてくれる。まるで介護されているような一連の流れに、俺はふと、相沢くんがいないと生きていけないのではないだろうかと錯覚することさえある。ビッグサイズのプリンはあっという間にすぐなくなってしまった。  「よし、ゲームしよっか!」  と、相沢くんが腰を上げたところで彼の腕を掴んで制止する。聞いてみるなら、今か…?  「相沢くんさ、俺とのプレイ、物足りない?」  どう答えるだろう…若干の間が空き緊張感が走り、聞いてはいけなかったような気がして内心冷やっとする。  「…えっと…」  「俺にできることならもっと協力したい。だから、教えて…」  うろたえる相沢くんにひと押し添えると、彼は小さく頷く。耳が赤く見えるのは、窓から入る夕陽に照らされているからなのか、それとも俺の質問がなにか彼の羞恥心をくすぐってしまったのか定かではなかった。  「…もうちょっと、ちゃんと触りたい」  聞き取れるか否かぎりぎりの声量だったがたしかに聞こえた。やっぱりいつものプレイでは触れ合いの程度が足りていなかったのだ。先日調べたことを頭に並べ、今の俺でもしてあげられることは…と、ひとつ提案する。  「…じゃあ、抱きしめる?」  俺は掴んでいた腕を離し座ったまま両腕を広げた。相沢くんの気が済むまでお好きにどうぞといわんばかりに、この無駄にでかい図体でよければ喜んで差し出す。  相沢くんはなにも言わずそろりと俺の首に腕をまわしハグをした。うつむきがちだったので表情までは読み取れなかったけど、右側の耳元で「…はぁー…」と、深く深呼吸するような吐息が聞こえた。たぶん、嫌じゃなさそう。  俺のほうこそ触れ合うことは嬉しいのだから、とにかく相沢くんの本能が少しでも満たされますように、という思いを込めて抱きしめた。  「…いつも俺とのプレイに付き合ってくれてありがとう」  「…僕のほうこそ。その、これも、嫌じゃない?」  「全然? むしろ役に立てて嬉しいくらい」  首にまわる手が俺の後頭部を撫でる。俺も応えるように少し腕の力を込めるも、相沢くんの華奢な身体を折ってしまうのではないかとヒヤヒヤした。いつものコンビニ昼食、一人暮らしのような生活…余計なお世話だが心配になる。心細く感じていないだろうか。  長いことそうしていたように思う。お互い余計なことは言わず、ただ無言でハグをし全身でその感覚を噛み締めた。相沢くんは時折深呼吸をするように息をしていて、俺も最初にプレイをしてもらったときは、自覚のなかった緊張感がほどけて呼吸しやすくなったのを思い出す。こうしている今も俺の中のコップは常に溢れているくらい満たされている。これも全部相沢くんのおかげだし、相沢くんもそうだといいな…。  身体を離したのは相沢くんのほうだった。長く思えた時間は実際のところ数分しか経っていなかったらしい。相沢くんの顔色は血色が戻ったように頬や耳がほんのりと赤かった。夕陽は先程からさらに傾き部屋の壁をオレンジに染めていた。彼の顔の赤さは夕陽のせいではないらしい。  「これで足りた? もっと?」  「ううん、十分だよ、ありがとう」  「血色もずいぶん良くなった。これからはハグもたくさんしよう」  相沢くんの頬に指をすべらせ安堵する。俺でも少しは役に立てたかもしれない。普段付き合ってもらっているお礼を少しでもできただろうか。  さて、と相沢くんは立ち上がりぐーっと伸びをした。着ているシャツの裾がスラックスから引き抜かれ腹部がチラと見える。線の細い胴体に腰骨が浮いていて、下着のゴムが見えて…つい視線が吸い寄せられ、腰のラインをなぞるようにじっと見つめてしまった。同じ男の身体のはずなのに、その肌に触れてみたらもっと近くにいけるかな、など漠然と考える。  「じゃ、ゲームしよっか?」  「え、あ、うん、やる」  相沢くんの一言にハッとして意識を戻す。少々固まってしまった俺に、相沢くんはきょとんとしていたが、渡されたゲームのコントローラーを受け取ってテレビに向き直る。心臓がトクトクと脈打っていたのは、きっと相沢くんと少しだけ深く触れ合ったせいだから。落ち着かせようとゲームに集中した。  力作と噂の新作ゲームはグラフィックがきれいで、バトルモーションも大迫力。二人でアクション映画を観ているようであっという間にゲームに夢中になった。協力プレイで大ボスを倒そうにも何度もやられて、諦めきれず「もう一回」と、二人で大盛り上がり。時計を見たら思ったより時間が経っていたので慌てて帰宅の準備をする。  「途中まで送ろうか?」  「いや、大丈夫、道分かりそうだから。また遊びに来てもいい?」  「うん、めっちゃ楽しかった、またやろう」  じゃあね、と玄関口で別れの挨拶がわりに相沢くんをぎゅっと腕の中に収める。このサイズ感がフィットして丁度いい。今晩はよく眠れるように、と願いを込めて背中を軽く撫でた。  「また明日ね」  そう告げ玄関を出た。自転車を漕ぎ出す力がみなぎっている。相沢くんとさらに仲良くなれたし、楽しかったし、また遊びに来よう。夜の暗がりに甘えて勝手にゆるむ顔を戻そうとはしなかった。

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