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 時計のデジタル表示がようやく17時20分になった。ソナタのメールが来てから約6時間。なんて長かったんだろう……  鏡を見る。肩に届くか届かないかの少し長めの髪が、所々跳ねている。慌ててそれを直し、紺色のピーコートを羽織ると、もう我慢できなくなって家を出た。  ソナタの家までは歩いて15分ほど。到着するのは指定された時間――18時どころではなさそうだった。  早く、早くソナタに会いたい。その心が心の中で踊り跳ねている。  はやる心を押さえながら、できるだけゆっくり、ゆっくり――  もう辺りはすっかり暗くなっていた。大通りを渡るために赤信号が変わるのを待つ。すると、若いカップルが腕を組みながら僕の横で信号を待ち始めた。  なんだか見るのがつらくて、信号が変わるなり走り出す。渡ったところで、別のカップルが僕の前を通り過ぎて行った。  いいよね、人前で堂々と腕を組んで歩ける関係。僕とソナタじゃ、そんな日は来ないよね。  でも、ソナタ、怒ってたはずなのに。なぜ、来いだなんていうのだろう。  家を出るまでの6時間、ずっとそればっかり考えてた。考えても、答えなんか出ないのに。  きっと、ソナタへの想いをあきらめるよう直接僕を説得しようってつもりなんだろう。それはそうだよね。僕が、おかしいんだよ。  いつからだろう。ソナタへの想いが、友情じゃなく恋愛感情になったのは。自分でも覚えてない。いつの間にか、気がついたら、そうだった。  でも、それももう終わり。そう、終わり。  なのに、まだどこかで期待してる自分がいる。こうやってソナタが自分の家に来いといってきたのも、もしかしたら、もしかしたら――  気が付くと、ソナタの家の前に立っていた。大通りの北側に広がる住宅街の中の一軒家。家は真っ暗で、漏れ出る光も見えない。ガレージにいつもあるはずの車がなかった。  スマホを見る。17時35分。全然ゆっくりじゃなかった。  ソナタ、親御さんと出かけているのだろうか。帰ってくるのが18時だった?  どうしようかと思い、門扉の前で立ち尽くす。18時まで待とうか。それとも、インターホンを押してみる?  どうしよう、どうしよう、どうしよう……  と、手の中のスマホが、いきなり軽快な音を奏で始めた。  ソナタから―― 「も、もしもし?」 『着くのが早いだろ』 「ご、ごめん。見えてる?」  家の二階を見上げてみる。そこはソナタの部屋のはずだけど、光は見えなかった。 「えっと、もしかして今外なのかな」 『部屋にいる。上がって来いよ』 「え、でも」 『親は二人とも出かけた。今、誰もいない』  そこで電話が切れた。  ソナタの家には何度も来たことがある。でも、まるで初めて来たような感覚に襲われた。  入っていいのか――門扉を開け、小道を通り、玄関へ。ドアを開け、中をのぞく。ソナタの家の匂いが鼻をかすめたが、中は真っ暗だった。 「お邪魔します」  中へと入り、ドアを閉める。 「ソナタ?」  玄関の傍に二階へ上がる階段がある。その階上へと声を掛けた。 「上がって来いよ」  ソナタの声が返ってくる。 「でも、真っ暗だよ?」 「暗くても分かるだろ」  一体なぜ電気をつけていないのか。何となく不安に思いながら、階段を踏み外さないようにゆっくりと上がった。  ソナタの部屋のドア。固く閉ざされている。  コン、コン  二度、ノックした。 「入れよ」  ソナタの声。レバーを下げ、ドアをゆっくりと開ける。 「ソナタ?」  声を掛け、中をのぞく。暖房はついているようで温かい空気が漏れてくる。でも、外の街灯の光が微かに洩れ入るだけで、部屋は真っ暗闇に沈んでいた。  デスク、ベッド、その間に人影が立っている。 「ドア、閉めて。電気は点けるなよ」 「う、うん」  一体、何をしようとしているのか。分からず、ただ指示に従った。 「お前、俺のこと、好きなのか」  ドアを閉め、向き直ったとたん、ソナタがそう尋ねてくる。 「え、あ、う……うん」 「どういう風に」 「……ライクじゃなくて、ラブ」 「俺は男だぞ」 「分かってる」 「なのに、お前は俺に、『彼女になれ』って言うのかよ」  相変わらずのぶっきらぼうでそっけない物言い。でも、なんだか少し声が震えている。やっぱり、ソナタ、怒ってるんだろうか。  でも、でも、もう自分に嘘は付けない。 「……うん」  そう返事をすると、ソナタは深いため息をついた。  次第に目が慣れてきた。そこでふと、ソナタのシルエットに違和感を感じる。なにか、いつもと違う服装をしている―― 「なあ、カナタ」 「な、なに」 「俺のこと、好きか?」  さっきと同じ質問。 「うん」  でも今度は、すぐにはっきりと、うなずいた。 「……電気付けて」 「う、うん」  僕はドアのところへと戻り、その横にある照明のスイッチを押した。その瞬間、部屋の中が真っ白になる。 「こうやってみると、眩しいね」  そう言って振り向く。  そこに、真っ赤なワンピーススカート――胸元とスカートの裾が白いモコモコに縁どられたもの――を着たショートヘアの男の子が、恥ずかし気にうつむきながら、立っていた。  

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