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第2話

相手が部屋から出て数十分後、僕も身支度を整えて一人ラブホを後にする。  時間はもう夜で、そろそろ彼女が仕事から帰って来る頃だ。  夕飯の準備はして出て来た。帰る前に彼女が好きなケーキを買って帰ろうと、駅に向かっている途中だ。  僕の名前は、嶋上晴人。  成人してから四回誕生日を迎えた歳で、高校の時の担任が開いたアパレルショップで働いている。  今は彼女の西茉優ちゃんと絶賛同棲中。  彼女の茉優ちゃんとは、メチャメチャ仲良しで、このままずっと続けば結婚もしたいなって僕は思ってるけど、茉優ちゃんは凄く慎重派だから、ユックリ進んでいければ良い。  駅地下の、彼女と僕が好きなケーキ屋。  モンブランとベリーのタルトを買って、家路を急ぐ。  駅から電車で二駅の所で下車して、歩いて十五分位の所にあるアパートが僕達の家だ。  視線を上げると部屋の明かりは点いていて、僕は階段をリズミカルに駆け上がる。  「ただいま~!茉優ちゃんおかえり~」  玄関の鍵を締め、靴を脱ぎ捨てながらそう言うと、開けっぱにしてあるドアの所から彼女がヒョッコリと顔を出す。  「おかえり~、ご飯ありがとうね」  「イヤイヤ、休みだし、カレーだしね。簡単、簡単」  言いながら買ってきたケーキを冷蔵庫の中にしまい扉を閉めると、気配を消して近付いてきた彼女の顔が直ぐにあり驚く。  「ワッ、ビックリ…」  「何かあった?」  …………。鋭いんだよね、茉優ちゃんは。  「イヤ~……?まぁ……」  言葉を濁して苦笑いする僕を、心配そうに眉間を寄せて見ている彼女が  「もしかして、別れた?」  ズバリな問いかけに、僕は再び苦笑いを浮かべ、彼女の頭を優しく撫でる。  そんな僕の言動に茉優ちゃんはグイッと僕を冷蔵庫の前から退かすと、自分で冷蔵庫を開け  「今日は飲むぞ!」  と、缶チューハイを両手に掴んで、フンスッと鼻息を荒くしている。  僕はそんな茉優ちゃんにクスリと笑い  「付き合ってくれるの?優しいね僕の彼女は~、さ、先にお風呂入っておいでよ?つまみ作っとくからさ」  両手に掴んでいたチューハイを渡して貰って、茉優ちゃんがお風呂に入っている間に、チャチャッとつまみを作りテーブルに並べ、コップを用意する。  茉優ちゃんがお風呂から上がって、ドライヤーをしている最中に、さっき迄一緒に居た男の電話番号やライン、メルアド等を消去する。  「おまたせ、さ、飲もう!」  「かんぱ~い」  ガチッと缶どうしがぶつかる鈍い音の後、プシッとプルを開け、液体をコップへ流し入れゴクゴクと喉を鳴らす。  「んハァ~ッ、美味しい!」  「ハハッ、良い飲みっぷり!」  彼女と楽しく晩酌。毎日では無いが、出来るだけ夕飯は一緒に食べるように、お互いが意識している。  茉優ちゃんの仕事の事とか、僕の仕事の事、僕達が出会ったコミュニティでの人達の事を話していると  「今回もさ、私が原因でお別れしちゃったのかな?」  楽しく話をしていたのに、やはり彼女はその事が一番気になっていたのだ。  だからといって僕が違うと言っても、彼女が納得しないのは解っているので  「ン?まぁ、そうだね」  と、正直に言う。  僕達に隠し事があるという事は、この関係を続けていく上でリスクを伴う事もお互いが理解している。だから出来るだけ正直にいる事が大切だ。  「そうかぁ……」  切なそうに呟き、視線を下に落とした茉優ちゃんに、僕は  「まぁ、理解してくれる人は少ないよね?けど、僕は茉優ちゃんと別れる選択肢が無いからさ……、次、探すよ。良い?」  「勿論!探してくれるのは全然良いけど……、私が重荷になって無いかなって……」  「イヤイヤイヤ、重荷になってる訳無いじゃん!好きにさせてもらってる僕の方が、茉優ちゃんにとっては嫌なんじゃ無いかなって……」  何度となく繰り返された会話を今回もしている。けどお互いが納得する迄とことんするべきだと、僕は思っている。  それでお互いの気持ちが知れるし、好きって再確認出来るから。  僕達は一般的には付き合っていて、同棲しているそこら辺の普通のカップルと見た感じは変わらない。  けれど、お互いが抱えているモノが一般的には変わっていると見られる事が多い。  それはセクシュアリティに関係していて、理解してもらうのも繊細なところだ。  僕に関してはヘテロロマンティックにホモセクシュアルって言うセクシュアリティで、恋愛に関しては異性に惹かれて、異性と付き合いたい欲求があるが、性欲求に関しては同性に強く惹かれる。  茉優ちゃんに関しては、ヘテロロマンティックにアセクシャルのセクシュアリティで、恋愛に関しては僕と同じ異性に惹かれるが、性欲求は無いって感じだ。  僕達はLGBTQのコミュニティで出会い、惹かれた。  それ迄の僕は普通に異性に惹かれて、付き合いたいと思うのも異性で……、だから学生の時は何人もの異性と付き合ってきたし、周りもそれが当たり前で、普通の事だった。  けれど、高校の時から付き合って時間が経てば彼女からセックスしようと誘われだし、いざそういう行為になった時に僕の中で違和感が生まれた。  異性とのセックスはしようと思えば出来るが、本心はしたく無い。  している最中でも違和感が拭えず、気持ち悪いとさえ思える時がある。  異性との性行為に興奮する事が少ないので勃たない事も多く、それが原因で別れる事が増えた。  けど、付き合いたいと思うのは異性で……。  そんな僕の前に一人の先輩が現れる。  同性の先輩で、部活が一緒だった。  更衣室で先輩の体を見ていると、自分の中でムラムラとした欲求が頭をもたげる感覚があって、僕は自分が信じられないと思ったものだ。  けれど、そう言う意味で僕は同性に惹かれるとその時認識した。  初体験はその先輩で、抱く側では無く抱かれる側を経験してしまうと、驚く程しっくりした事を覚えている。  まぁ、その先輩が卒業してしまうと元の生活に直ぐに馴染んでしまうような関係だったから、後を引く程では無かったが……。  けれど、自分のセクシュアリティを理解するには十分で……。その後は笑える位落ちた。  異性を抱けない事は無いので、もしかすると普通になれるかも知れないとか、一般的にはそれが普通なんだから僕もそうあるべきだとか。  心と体がチグハグでグチャグチャで、鬱にもなったし、死のうと思ったのも数え切れない。  そんな時に高校の時の担任が声を掛けてくれた。  『面白いイベントがあるんだけど、一緒に参加しないか?』  当時の僕は、世間に絶望していて引き籠もりの一歩手前。外出するのも億劫だったが、家まで迎えに来られて、強引に車に乗せられれば逃げる術は無い。  連れて行かれたのは、LGBTQのイベントだった。  色々なセクシュアルマイノリティーの人達が一堂に会して、お互いのセクシュアリティに対し理解を深めて、世間に発信していこう的なイベントで、そこで僕は初めて自分意外でもセクシュアリティに悩む人達や、僕と近いセクシュアリティの人が居るのだと解り、安堵した。  何が一番安堵したか?  僕だけじゃ無いって事に安堵し、理解してくれる人が居る事に安堵した。  そこで今の彼女、茉優ちゃんとも出会えたし、そのお陰で引き籠もる事は止めて元担任の店で働いている。  一時の地獄の様な日々とは比べ物にならない位幸せな環境に変化した。  受け入れられる幸せ、認めてもらえる幸せ。  ただそこに居るだけで良いんだと言ってもらえた安心感が、前に進める勇気になった。  茉優ちゃんも、僕と同じヘテロロマンティックなのだが、性欲求に関してはアセクシャルだった事もあり、異性との性行為に対して積極的ではない僕と合うのでは?と感じ、お付き合いを提案した。  付き合う前から茉優ちゃんとは、頻繁に会ってお互いのセクシュアリティについて話しをしていて、理解を深めていた。  だからなのか僕からお付き合いを申し込んだ時に、茉優ちゃんから思いがけない提案があった。  『オープンリレーションシップで、お付き合いしてみませんか?』  だ。  オープンリレーションシップは、お互いをパートナーとしつつも、他の人とも交際する事を認め合う関係の事で、まさか彼女からその提案をされるとは思ってもみなかった。  僕は、同性に性的欲求を感じるが、別に意識しなければそこまで強くそれを求める事は無い。  現に初体験の先輩に対しても、先輩が卒業した以降は先輩の事を思い出しもしなかった位だから。  だけど茉優ちゃんは、僕とは違って少しでも性的欲求があるのなら、今後その事で揉めたりお別れする事が無いように、何時も彼氏を作る時に提案しているらしい。  だが、大概の人は心身共に満たしてくれる人の処に行ってしまうのだとか……。  それは茉優ちゃんなりの予防線だ。  そう提案して、もし相手が違う人を選んだとしても提案したのは自分だからと諦めがつくように、だ。  当初は僕も彼女の提案に同意はしていなかった。オープンリレーションシップをしなくても、自分の欲は自分で処理できるしと思っていたし、こちらから交際を申し出ているのにその提案を飲んでしまうのもなんだか僕の中では違うかなと思ったからだ。  たが、彼女は頑なにその提案を押し通した。最終的には、それが飲めないとお付き合いは……。みたいなニュアンスを出されてしまい、いじらしい彼女の提案に僕はOKを出してお付き合いをしている。  付き合って半年も経たない時期から同棲を始めて、上手くいっていた。この状態なら僕も同性との関係が無くても大丈夫だと思っていた。  だが、昔の杵柄は僕の体を蝕んでいた。意識しなければ大丈夫だと思っていたのに、自己発電で対処に慣れてしまうと、どうしても体の奥から満たされないものが迫り上がってくる。同性を見ていても、どうしても抱かれたいという欲求が抑えられなくなるのだ。  こんなにも欲に弱いのかと、自分に呆れてしまう程に。  上手くいっていた同棲も、ムラムラを通り越してイライラに変わってしまい、何度か彼女に強くあたってしまった事があり、優しくしたいと思う反面、あたってしまう自分に自己嫌悪を繰り返す日々が続いてしまい……、とうとう僕は僕がどうしてもムラムラしてしまったら、茉優ちゃんにはキチンと言ってから違う人と関係を持つようになった。  素直に自分の気持ちを吐露した僕を、茉優ちゃんは怒りもせず、反対に嬉しそうに受け入れてくれた。  そんな彼女を、もっと好きにならずにはいられない。  茉優ちゃん以外の人との関係を、内容までは喋らないにしても、少しでも茉優ちゃんには不安な要素を感じて欲しく無くて、出来るだけオープンにしている。  今回の相手も、茉優ちゃんには報告済みで、毎回上手くいかなかった時はこうして二人で残念会みたいな事をしている。  「でも、ヤッパリ相手もさ、心と体両方欲しくなるのが普通だしね……」  残念会の時に最終的には出てきてしまう議題。  僕は何時も肉体関係になる相手には、最初に彼女がいる事を極力告げるようにしている。それは出来るだけ相手と揉めないようにする為だが、中には言えずに関係を持ってしまう相手もいる。  タイミングを見計らって、最初に告げるのは凄く難しいし、中には告げた直後に殴ってくる人もいる。  まぁ、そうだよな。お互い同意の上で関係を結ぶのに、いきなり彼女が居るって言われて、馬鹿にしてるのかと取ってしまう人もいる。  何人かの人は最初に告げても受け入れてくれて関係を持ったが、遊びでこちらが捨てられる事も多々あるし、長く続く人もいる。  長く続いた人でも、時間が経つにつれ最終的には気持ちも欲しがる人が大抵だ。  軽く始めた関係でも、長く続けば情が生まれ気持の問題になってくる。  だが、僕は気持ちをその人にあげる事が出来ないのだ。  じゃぁ、性欲を満たすだけなら一人の人に絞らずに、何人もと関係を持てば楽なのは解っているが、同性同士の肉体関係は異性のものよりハッキリ言ってリスクが多い。だから、長く一人の人と関係を持ちたい気持ちがあるのが本音だ。  自分が我儘な夢物語を言っている自覚はある。  僕と同じセクシュアリティの方と出会えれば、僕は最高に幸せだと思う。けれど現実問題そう簡単に同じ人なんて現れない。  恋愛感情は異性なのに、性的欲求だけ同性。なんて、どの位の割合でいるのだろうか?  僕がよく参加しているコミュニティでも、僕と同じセクシュアリティの人には出会えなかった。だから必然的に僕と関係を持ってくれる人は、ゲイかバイの人になってしまう。  それについては全然問題無いけれど、その人達は普通に恋愛もしたい人達だ。けれど僕には茉優ちゃんがいるし、僕の気持ちとしては茉優ちゃんが占めているので、気持ちの部分で相手の人の要望に応えられない事が殆どで……。  で、何時も振られてしまう。  「けど、普通ってなんだろう?世間一般的にそれが普通でも、僕や茉優ちゃんはそれには該当しないし、かといって僕達が無理に普通になろうとしても上手くはいかなかったワケだしね……」  僕も茉優ちゃんも自分のセクシュアリティで違和感を抱えて生きてきた。  普通になろうとお互い無理をして、鬱になったり、自殺を考えたくちだ。  茉優ちゃんは性に対してアセクシャルだが、付き合う事は出来る。たが、肉体関係は結べない。  好きな相手がいてもその部分を拒否され続ければ、相手は自分の事が好きじゃ無いと感じる。で、結局何時もお別れする。  堂々巡りの会話を繰り返して、答えを見つけられた事は一度も無い。  そういう部分を全て受け入れてくれる相手を、僕も茉優ちゃんも求めているがそんな都合が良い人なんて居ない事も解ってる。  それを一緒に乗り越えてくれる人で良い。  都合が良い人は、それで終わってしまうから。そうじゃなくて、僕達と壁にぶち当たった時に、一緒に悩んで乗り越えて絆を作ってくれる人が僕は欲しい。  結局今日も同じ話題でストップして、このままこの話題を続けていても暗くなるのは解っているから、茉優ちゃんから違う話しを振ってくれて……。  食後にキッチリ買ってきたケーキを食べて、お互いの自室で眠りに就いた。 

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