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第10話
「う、ン………」
体全体が重たい感覚。寝返りをうつのもダルい。
今日、仕事が休みで本当に良かったと思う。こんな状態で、接客なんて出来ない。
これは確実に二日酔いだよな。と、ハッキリしない意識の中で重い瞼を薄っすら開くと、僕の顔の前に見覚えのある顔。
誰だっけ?
ボーッと目の前にある顔を凝視して、誰だか思い出そうとしパチパチと二、三度瞬きを繰り返す。
文也?
に、似てるな~なんて思い………
文也ッ!!??!?
と、急激に脳が活性化する。
は?何で、文也が……。文也の顔が僕の目の前に!?
混乱しながら、状況が掴めずキョロキョロと辺りに視線を泳がせるとここは紛うこと無き自分の部屋で………。
……………は?自分の部屋?
自分の部屋に文也がいる事への違和感で、さらにパニックに陥ってしまう。
茉優ちゃんと同棲している僕は、関係を持った人を自宅に入れない。
必ず、ラブホか相手の家でと決めているので、今の状況に混乱する。
は?……、え?何で………文也が僕の部屋?
昨日は………、周年でミズとクラブヘ行って、文也の連れと酒のんで………、酒、飲んで………。
その先からの記憶が曖昧だが、そこからの事を思い出さないと駄目なんだと自分に言い聞かせ、考え込む。
…………、酒のんで、誰かに引きずられて………、引きずられて?歩いて?イヤ、そんな事どうでも良い。で、何だ?そこからどうなって、こうなってる?
隣で規則正しい寝息をかいている文也の顔を見ながら全力で記憶を辿るが、全然思い出せない。
てか、起きよう。一緒のベッドに寝てるなんて茉優ちゃんに知られたら大事だよな。
僕は、文也が起きないよう細心の注意を払いながら片足をベッドの外に出す。
起きませんように。起きませんように。
片足をベッドから床に着地させ、流れるように尻から腰をベッドの外へ、そのままもう片方の足を出そうとしたところで
「目ぇ、覚めたのか?」
と、目を開いた文也が僕の顔を捉えて呟く。
「あ……………、おはようございます………?」
なんて、気の抜けた挨拶。
「体は?平気?」
「あ、ハイ………」
体?体は平気!!?!?
え?………僕、何………、何かしでかしたのか?茉優ちゃんもいる自宅で?文也と?
文也の一言に、更にパニックになって、グルグルと考えるが記憶が無い僕はどうする事もできずに、スワと血の気が引くだけ。
「何、朝から百面相してんの?」
僕の反応が面白かったのか、文也はクックッと肩を揺らして笑っている。
イヤイヤイヤ、笑い事じゃねーから!
「な、ななな、何で………?」
噛み噛みで文也に質問するが、文也は欠伸しながら布団をクイと持ち上げて
「悪ぃ、もうちょい寝ないか?」
と、僕を再び布団の中に戻そうとする。
僕は布団を上げた先に視線を向けると文也は裸で、その事実に直ぐに僕も自分の体を確かめる。
……………。は、裸だ。イヤ、でも下着は穿いてる。ケド、二人共上半身裸………。
視線を文也と自分に交互に向けて、あたふたしている僕に、文也は呆れながら溜め息を一つ漏らすと二度寝を諦めたのか両腕を上に突上げ伸びをしながら布団から出てくる。
「覚えてねーの?」
自分の後頭部をガシガシと掻きながら呟かれ、僕は首がもげるんじゃないかと思うほど上下に振る。
「あ~~~、どっから?」
「ぜ、全部………」
「全部、か………」
僕の答えに、文也は口元に手を当ててどう説明すれば良いのか迷っている風だ。
え?迷うような事したの?僕とナニかしたのか?
ドキドキと文也の答えを待っていると、バチリと視線が絡む。次いではニヤリと笑われ再び僕は血の気が引く感覚。
と、
コンコン。
「起きてる?」
ドアの向こうから、茉優ちゃんの声。
僕はビクリと肩を揺らして固まってしまう。
もし、今ドアを開けられたら………。言い訳出来ない状況に、息も出来ない。
「ちょっと待ってて、直ぐそっち行くから」
「了解です。ご飯できてるので」
僕よりも先に、文也が茉優ちゃんに答えて茉優ちゃんも普通に返事をしている。
……………。何が起こってるんだ?
未だに状況が掴めない僕を尻目に文也はさっさとベッドから出ると、僕のクローゼットから自分が着れそうな服を選び、着ている。
「お前も早く着ろよ、飯食おう」
「は、ぁ?」
そう言い残して、混乱している僕を放っといて部屋を出て行く。
パタンと閉まったドアを見詰めて
「イヤ、説明してけよ………」
力の抜けた僕の声だけが、部屋に取り残された。
急いで僕も服を着込み、部屋を飛び出しダイニングヘ行くと
「晴君、おはよう。って言っても、もうお昼すぎだけどね~」
そう言いながら茉優ちゃんがにこやかに挨拶してくれる。
「ま、茉優ちゃん仕事は?」
そうだ、今日は普通の平日。僕は今日店が休みだけど、茉優ちゃんは仕事のはずなのにどうして家に……。
「え?有給もらって休んだよ」
な、何で?
テーブルにはサンドイッチとサラダとスープが並べられていて、そこに文也が座っている。
「座って、食べよう?」
「う、うん………」
茉優ちゃんに促されるまま、定位置になっている場所に腰掛ける。
何だか、変な気分だ。
違和感しかない三人が、食卓を囲んでいるなんて………。
「頂きます」
僕が座って直ぐに、文也がそう言って食べ始める。
茉優ちゃんも文也に続く。
僕はそんな二人を眺めて、ご飯に手を付けられない。
「あ、のさ……」
何で二人共落ち着いて食べていられるのか、昨日何があったのか解らない自分だけ置いて行かれたようで、最高に落ち着かない僕は意を決して口を開く。
僕の言葉に二人共が視線を投げかけるから、僕は俯向きながら
「何で……、文也がここに居るのか、説明して欲しいんだけど………」
モゴモゴと喋る僕の台詞に
「え!?晴君、覚えてないの?」
意外そうな茉優ちゃんの声に、僕は顔を上げて
「全然……」
「てか、文也君説明してあげてないの?」
茉優ちゃんは僕の言葉を無視して、黙々とご飯を食べている文也に恨めしそうにそう呟く。
「ン?まぁ、何か色々勘違いして百面相してるから、面白くて放っておいた」
「文也君………」
文也の台詞に呆れたのか溜息混じりに茉優ちゃんは言うと、僕の方に向き直って
「昨日ね、文也君がここまで送ってきてくれたんだよ?」
それは、そうだと思う………。僕が知りたいのはその先の事で、なぜ文也が今まで一緒にいるのかと言う事だ。
無言だったが、僕が聞きたい事が解ったのか茉優ちゃんは話を進める。
「で、私一人じゃ晴君を部屋まで連れて行かれないでしょ?文也君に手伝ってもらって、晴君を部屋まで連れて行こうとしたの」
そこで一度茉優ちゃんは言葉を止めて、文也の方に視線を流す。
文也は僕達のやり取りを見ていたが、茉優ちゃんの続きを答えてくれた。
「そこの扉の前で、お前は俺にゲロ吐いたんだよ」
顎で僕の部屋の前を指し示しながら、文也は淡々と答える。
「まぁ、タクシーに乗って帰る時点で相当気持ち悪がってたし、タクシーの中で吐かなかっただけでも良しだけどな」
「駄目だよ、文也君の服ドロドロにしちゃったもん」
「ケド、タクシーよりかはマシだろ?」
二人で昨日の事を思い出したのか、にこやかに会話をしている。
僕は、思い出せない昨日の僕を罵りながら
「ごめん………。服、弁償するから」
と、呟く。
「だから、文也君帰れなくなって、泊まってもらったの。だから今日、私もお休みしちゃった」
「そう、だったんだ………」
だから、お互い下着姿で寝てた訳ね。
何事も無かった事を聞いて内心安堵の溜め息を漏らしながも、そんな失態をしている自分が恥ずかしくてまともに文也の顔を見る事が出来ない。
「この服貰って行くから、気にしなくて良いぞ」
ズズズとスープを飲みながら文也はそう言って、僕の顔を見る。
………一番高くて、お気に入りのヤツ………。
文也が着ているのは、ケンちゃんのお店で買った僕のお気に入り。
僕には珍しくダボっとしてないラインで、文也と知り合ってから購入したものだ。
まだ気恥ずかしくて何度も着ていない服だ。
……、まぁ似合ってるし、ゲロッた自分が悪いから文句は言えない。
「あのさ、私考えたんだけど!」
パンと両手を叩いて、茉優ちゃんが突然声を上げる。
僕と文也は同時に茉優ちゃんの方に視線を向けて、彼女が何を言うのか待っている。
茉優ちゃんは僕と文也を交互に見ると、意を決したように息を吸い込み
「文也君、私達と一緒に暮らさない?」
………………………………………。
「「はぁ!?」」
茉優ちゃんの台詞に僕と文也は暫しの沈黙。からの同時の発言。
「な、何、言ってるの茉優ちゃん?」
動揺してどもった僕に
「え?良くない?」
ケロリとした感じで彼女は言う。まるでとても良い案だと言わんばかりに。
「お前の彼女、頭沸いてんのか?」
「オイ!」
文也は食べ終わったのか、フォークを皿に置くと、茉優ちゃんの事を冷ややかな目で見ている。
失礼な物言いに僕はギッと文也を睨みつけるが
「晴君、怒らないで」
茉優ちゃんは苦笑いを浮かべて、僕を制止しようとする。
「私が思うに、晴君はまだ文也君に未練があると思うの」
彼女は笑って、そんな事を僕に言うのだ。
「何、言って………」
性的欲求を満たせない事について、文也を忘れられないとは思う。だがそれ以外は何も無いのに………。
「で、文也君も晴君に未練があるでしょ?」
「ハッ、何言ってんだ!お前に何が解るんだよ?」
僕達の終わり方を知らない茉優ちゃんからそんな事を言われた文也は、茉優ちゃんを睨みつける。
「解らないよ、会うのは二回目で失礼な事を言ってるのも解ってる。ケド、関係が終わった人をワザワザ家まで送って来るの?」
茉優ちゃんの言葉に、文也は次に出す台詞を飲んでしまう。
「晴君も、今回は今までの人とは何か違うよね?切り替え早いはずなのに、まだ引きずってるんでしょ?」
引きずる意味合いが茉優ちゃんと僕とでは違うが、今までの人と関係が終われば必ず残念会をしていたのに、文也の時はする気になれなかった。それは確かだ。
それを彼女がこう捉えてしまったのだろう。
「ケド………、終わってるんだ、よ。二人で決めてそうしたんだ………」
ポツポツと喋る僕の台詞に
「本当に納得したの?本当に?歩み寄る事も試しもせずに?」
その言葉に、僕と文也は黙ってしまう。
歩み寄る事を試したのか?
僕は文也に欲だけを、文也は心も。
僕は彼女の事を隠して、フェアじゃ無い関係を望んだ。
文也を騙して、自分の欲を優先させた。
もし、話して文也が受け入れてくれいたならば、何かが変わっていたのだろうか?
僕の考えを解った上で受け入れてくれたならば、文也も考えは違ったのだろうか?
「試した、歩み寄ったって、何が変わるんだよ?アンタはコイツと別れねーんだろ?」
「別れません。私も晴君が好きだから」
「で?俺とも体の関係は許すって、どう言う考え方してんの?理解に苦しむんだけど」
「そうしないと私達はお互いを傷付ける事を知ってるからだよ」
真っ直ぐに文也を見詰めて話す彼女に、文也も次の言葉を出せないでいる。
「私達の事、文也君は晴君から聞いた事ある?」
黙っている文也に、茉優ちゃんは真剣な顔付きで言葉を紡ぐ。
「は?お前等の関係?付き合ってんだろ?」
何を今更といった感じで、文也は苦虫を潰した様な顔で彼女に言葉を吐き捨てると
「そう、付き合ってる。ケド、一般的では無いのは解るでしょ?」
「ハッ………、お前が彼氏の浮気を容認してるって話が、一般的では無いって言いてーの?」
茉優ちゃんを傷付けたくて、わざと文也はそういう言い方をしていると、黙っている僕にも解る。
たが茉優ちゃんは、何故か優しく微笑むと
「そうだね。………、そこなの!私が何故晴君が他の人と付き合う事を容認してるかってとこ!そこが重要なの!」
茉優ちゃんの開き直りにも近い言い方に、言われた文也の方が戸惑っている。
「重要って……」
「私はね、恋愛感情は異性なんだけど、異性と性交渉は出来ないセクシャリティなんだよね」
「は?」
突然の茉優ちゃんの告白に、文也はどういう事だと頭の上に幾つもクエスチョンマークが飛んでいる。
「ウン、まだ知らない人の方が多いセクシャリティだから、突然言われても困ると思うけど………、そうなの!」
できるだけ笑顔を作って文也に喋る彼女は、強いと思う。
僕でさえも、ハッキリと文也には自分のセクシャリティを言えてはいなかったから。
「でね、晴君は恋愛感情は異性で私と同じだけど、性交渉は同性とじゃなきゃ満たされないセクシャリティなのね?」
その台詞に、文也は僕の方に視線を向けるが、僕は文也を直視できなくて視線を落としてしまう。
「で、私はね、文也君が私達を受け入れてくれれば、一番良いなと思ってるわけ」
パチリとここで両手を鳴らして、茉優ちゃんは文也を見詰めると
「私は晴君の心しか貰え無い。出来たら体ごと全部欲しいけど、私もそれが晴君同様無理なの。だから………」
「俺がコイツの体を貰えるって事か?」
茉優ちゃんの台詞を文也が奪って言うが、その言い方には棘がある。
「理解して貰うのは難しいと思う………。ケド、私は諦めたく無いの。変なお願いだって解ってるけど、晴君の事が好きなら少しだけでも付き合ってくれないかな?」
畳み掛けるように茉優ちゃんはそう言って、文也に頭を下げる。
文也は黙って考えていた。
だが、今すぐに答えを出せるワケもない。
「急で変なお願いだから、今すぐ答えは出せないよね?じゃぁ、もし文也君が私の提案を飲んでくれるなら、晴君に連絡してくれる?」
茉優ちゃんは、優しい顔で文也にそう言うと
「勿論、一緒に暮らす事になれば色々決めないといけない事も出てくるからさ」
そう言って、僕の方に顔を向けると
「晴君も、ちゃんと考えてね!」
笑顔で言う彼女の気持ちを、僕が推し量る事は出来なかった。
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