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第15話 私と彼と彼氏の話。 act.2西茉優の場合。

「文君、おはよう」  欠伸をしながら私、西茉優はキッチンのテーブルでコーヒーを飲んでいる彼、日比野文也に声をかける。  「おはよう、飲むか?」  「ありがとう、顔洗ってくるね」  洗面所に行きサッと歯磨きと顔を洗ってキッチンに行くと、コーヒーのいい匂いがキッチンに充満している。  「晴君は?」  「もう仕事」  「そっかそっか、帰りはいつも通りって言ってたっけ?」  「イヤ、早く上がれる的な事言ってたけど?」  「そうなんだ?」  私の定位置になっている席に腰を下ろしながら、文君と彼氏の予定を確認している。  「ほら」  「ありがとう」  目の前に置かれた私専用のマグの中には、これまた私好みのカフェオレが注がれている。  「頂きます」  「ウン」  私がカフェオレを飲んで、文君が朝のニュースをボーッとしながら眺めている。  私達は同じ人を彼氏としている。  私達の真ん中にいる人。嶋上晴人。  歳は私と同じ二十五歳。文君だけ一つ年下。  一年前に新しいこのマンションに引っ越してきた。  だから、私達の関係も一年ちょっとになる。  この関係に落ち着くまでは何だかんだと問題も多かったが、三人でこうして暮らしてみると、怖いくらいピースがハマったように穏やかに日々は過ぎていく。  …………フフ、幸せ。  「何時頃から動く?」  「ん?茉優の準備が出来たらだろ?俺は別に化粧しねーし、着替えたら終わりだから」  「ゆっくりでも良い?」  「良いよ、編集とかしてるし」  「昨日も遅くまでしてた?」  「………、そんなには?」  とか言って、隈できてるぞ。  文君は趣味でDJをしていたが、曲も作っていてそれをユーチューブやフェイスブックへ上げている。海外から曲を使わせて欲しいとか、ラジオで流させて欲しい等の依頼が良くあって働いていたバーを辞めて、引っ越しを期に音楽一本で頑張っているところだ。  私はテクノには弱いが、結構有名にもなりつつあって、よく他府県から声がかかってプレイしに家を空ける事が増えた。  晴君的にはちょっとモヤモヤしている時はあるけれど、私的には心配することなんて無いのに………。って思っている。  私から言わせたら文君、結構執着心が強いと思うんだけどな。  この関係に落ち着く前に、文君と晴君は一度終わっている。けれど元に戻ってくれた。それはお互いがお互いに、執着していたから。  ガタリとテレビを消して文君が椅子から立ち上がると  「用意出来たら、声かけて」  「解った~~」  スタスタと自室に戻って行く文君を視線で追いながら  「両片想いなんだもん………」  当時の二人を思い返して、ボソリと声が出てしまう。  そう、客観的に見てしまえば二人は両片想いだった。  最初に私がそう思ったのは、晴君が文君と終わってしまった時に、残念会を開かなかったから。  いつも同性との関係が終われば、私と一緒に残念会を開いていた。  そこでこうなれば良いね、ああなれば良いね。と理想を口にしていたのに、文君との事は何も言わなかった。  …………、言えなかったのだ。本気だったから。  晴君は、同性としか性交渉が出来ないセクシャリティだ。だが、恋愛感情は異性。  だから私が彼女だけど、体の関係は無い。それはお互いにとってとてもメリットがあったから、私達はお付き合いをしている。  そして、私から晴君にオープンリレーションシップを提案していて、私以外の人とも付き合えるようにしていた。  それはお互いの為でもある。  私は性行為に対して全く欲が無いが、晴君は同性にそれを求める。  私が彼にそういった行為を出来ない以上、彼の負担になりたくなくて提案したのだ。  だからといって不安な要素は今の所感じたことは無い。気持ちの面で繋がっていると思えるし、晴君はとても私を大切にしてくれる。  だけど、性的欲求は同性じゃ無いと発散できない彼は、数多の同性の人と関係を結んできた。  それ自体は私的には問題は無い。晴君が幸せなら構わないから。  いつもの人なら残念会をすれば直ぐに気持ちの切り替えができて、次の日からケロッとしているが、そうでなかったのは文君だけ。だから私も文君だけは逃して欲しくなかった。  彼が同性に執着を見せたのは、それが初めてだったから。それが例え気持ちが伴わないものだったとしても……。  「洗濯しよっと」  最後の一口を喉に流し込み席を立つと、二人分のカップを洗って洗濯を始める。  私や晴君が休みの時は、家事をする事になっている。今日は私がお休みだから洗濯と掃除は私の担当だ。  普段は文君が家での仕事になった事で、彼の負担が多い分私と晴君が休みの時は、率先して家事をするようにしている。  文君はあまりそこのところは気にしてないのか、一人暮らしが長かったのか、家事もそつなくこなしている。  洗濯機が動いている間に私は化粧をして、服を着替え、髪をセットする。それらが終わる頃には丁度洗濯も出来ていて、私はベランダに出て三人分の洗濯物を干す。  自分の下着は、自室へ持っていき干し終わると、文君の部屋をノックする。  「どーぞー」  中から了解の返事をもらって、ドアを開ける。  「終わったよ~」  「悪り、後十分待って」  「解った~~」  そう言って静かにドアを閉めると、今度は私がテレビを点けてボーッとする番だ。  こんなに穏やかに日々を過ごせるとは私自身思っていなかった。  私も晴君同様に恋愛感情は異性だが、性的欲求に関しては全く欲はないアセクシャルと言われるセクシャリティだ。  自分がそうだと理解したのは高校の時。  女子校出身の私は、年頃の友達が話しているセックスの話に興味が一度も沸かなかった。  好きな人は出来ていた。初恋は小学生の頃だし、中学では彼氏もいた。けれど付き合ってキスする場面では、嫌悪感しか抱かなかった。  幾ら好きな相手でも肌が触れ合う事や、粘膜の交換は気持ち悪いとしか感じなかったのだ。  今は、手を繋ぐ事やハグは出来るようになったけど、それ以上は無理。  学生時代は散々周りから  『茉優の事本当に好きなら、セックスするの待ってくれるんじゃ無い?』とか。  『〇〇君の事、本当に好きじゃ無かったんだよ、本当に好きならセックスできるもん』とか。  恋愛=セックスの考えしかいない周りとのギャップに心が壊れそうになり、実際壊れた。  自分が普通じゃ無いんじゃないかと周りと比べ過ぎて外に出れなくなり、女子校は途中で中退して通信の高校に通い直した。  月に何度か学校に行かなければならない以外は自宅で過ごせるので、鬱気味の自分には丁度良かったと思う。  これだけ多様性を求められている現代なのに、未だセクシャルマイノリティーに関してだけは間口は狭い。  イヤ、理解してくれる人が極端に少ないのが悲しい。  今の私達を知れば、ほぼ全員が眉をしかめるだろう。  私達は今凄く幸せだと言っても、その他の人達は自分の枠にはめたがる。  「生きにくい世の中ですよね~……」  タイミング良くテレビからはパートナーシップ制度に関しての情報が流れているが、何処かの区議が反対してるとかなんとか………。  それについてコメンテーターがゲストと一緒にその区議について、あーでもないこーでもないって発言してるけど………。  「理解してない人は、普通に言葉でデリカシー無い発言するけどね」  それ以上テレビを見るのも嫌になって、私はリモコンでテレビをブチリッ。と消す。  「お、悪いな。準備できたぞ、出るか?」  部屋から文君が出てきて、私に声をかけてくれる。  「ナイスタイミング!行こ」  そのまま玄関まで、小走りに移動する。

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