18 / 25

第18話 俺と彼氏と彼女の話。 act.3日比野文也の場合。

 自分の育った環境は、二人に比べて比較的恵まれているように思う。  「おにぃ、アレ買ってよ」  「あ?兄貴に言えや、俺より金持ってるだろ?」  「カズ兄ぃはケチだし、この前一緒の事言ったら色気づくなやって言われた」  「………。はぁ、どれ?」  「マジ!?やっぱ文兄ぃ優っしい!」  「カズには黙っとけよ」  「は~い!」  今年高校に上がったばかりの妹を連れて、ショッピングモールヘ来ている。  注文していたDJの針を買うためだ。  昔はもうちょっと安かったはずなのに、いつの間にこんなに値上がりしたんだよ。と愚痴を言いたくなる位に高くなっていた。  だが、必要なものなので買うしかない。  久し振りに買い物ヘ行く前に実家に寄ったら、妹のヒトミがいてついて来た。  まぁ、なんか買って欲しくて付いてきたんだろうと諦めていたが、本当にたかってきやがった。  「おにぃ、どれが似合うと思う?」  「あ~?どれ?」  ズラリと並ぶキラキラしたピアスの棚を指さされ、妹と一緒に物色する。  「どんなの?」  が良いか?までは言わずにいても、ヒトミは俺が言っている事が解るのか  「あんまギラギラして無いヤツ」  お前、難しい事言うな。とブツブツ文句を言いながらこれは?これは?と妹に聞いていく。  すると、後ろから女の声で  『ヤバ、メチャイケメンなんだけど……』  『彼女も可愛くね?』  と、聞こえてくる。  あ、コイツ妹デス。と心の中で呟きながら無視して妹にピアスを選んでやる。  「あ~~~、決めかねるわ!」  「どれと、どれ?」  「これと、これ」  「まぁ良いわ、二つ買ってやる」  「え?本当に!?ありがとう!」  声がうるせぇ。  心の中で妹に悪態をつきながら、ポーカーフェイスでレジに行って精算してもらう。  「ホレ」  ピアスが入った袋を妹に手渡し、店を出ると妹が俺の腕に腕を絡めてくる。  「絡ませンなや」  「良いじゃん、自慢してんだから」  「意味解んねー」  たが俺も言うだけで、自分からは妹の腕は振り払わない。  それを許してもらっている妹は、上機嫌で  「さっき客に、イケメンって言われてただろ~」  俺の顔を覗き込みながらニヤニヤしている妹に  「は?言われてねーし」  と、嘯く。  人の視線には案外気付きやすい。  それに、人から自分がどう見られているのかもある程度は解る。  だけど所詮それは見た目の話だ。  見た目が良くても、中身ごと好きになってくれる人はそういない。  そして、女は恋愛対象外だ。  俺、日比野文也は生粋のゲイだ。  この世に生まれ落ちた時からのゲイ。物心ついた時から好きなのは男だ。  初恋は通っていた幼稚園の保父さんだったし、童貞を捨てたのも俺が中学の時に高校生だった兄貴の友達だ。  女友達も多くいるが、惹かれたことは一ミクロも無い。  「私も可愛いって言われてただろ~?」  まだ妹は先程の事を喋っていて、俺は妹の頬を親指と中指で挟むと  「どの顔が可愛いって?」  ニヤニヤと笑いながら言う俺に、妹は顔を左右に振って俺の指から逃れると  「この顔だよ!」  と、鼻の頭に皺を寄せる。  「ブッサ」  「はぁ~?」  ドスドスと妹から肩パンを喰らいながらも、俺と妹はショッピングモールの長い廊下を歩いている。  すれ違う女は、大体チラチラとこちらに視線を向けているが俺は気にせず歩く。  嫌味かもしれないが俺はモテる。  タッパは百八十越え、二重のくせに切れ長の目に、鼻筋は通った鷲鼻。唇は程よく厚くて、体も体質なのか食べてもあまり太ったことが無い。  一時期筋トレにハマっていて、ガチムチでは無いにしろ、腹は割れている。  「おにぃ疲れたから、カフェ入ろ?」  「お~~」  妹から言われ、俺は妹の後に続く。  コイツは何故か知らないが、結構美味い店を知っている。  ヒョイと妹が入った和スイーツの店で、案内されたのは出入り口付近のカップル席みたいなところだった。  「客寄せパンダじゃねーつの」  「なんか言った?」  「………、別に」  スタッフが持ってきたメニューを見ながら、俺はほうじ茶ラテと妹は抹茶のわらび餅ドリンクとパフェを注文。  「何だよわらび餅ドリンクって」  「え?知んないの?タピオカの次に出たやつじゃん?」  「知らねーわ」  ほどなくして注文したスイーツがテーブルに運ばれる。  「頂きます!」  「ん」  妹が目の前で嬉しそうに甘いものを食べているのを見ながら、ふと自分のスマホを取り出しラインをチェックするが晴人からの返信は無い。  「おにぃも食べる?」  妹の台詞に顔を上げると目の前にスプーンに乗った抹茶アイスがあり、俺は口を開けて一口もらう。  「うめーな」  「だっしょ~?」  何語だよ。と、心の中で突っ込みを入れてもう一度スマホを確認するが、結果は同じだ。  昨日夜、晴人と喧嘩した。  晴人事、嶋上晴人は俺の彼氏だ。  だが、その彼氏には彼女がいる。  俺達は絵に描いたような三角関係を地でやっている、ちょっと変わった関係だ。  それは晴人や晴人の彼女、西茉優のセクシャリティに深く関係している。  俺と晴人の出会いはクラブ。  知り合いのDJが回すから一緒に行ってくれないかと、当時セフレのタカアキから誘われて顔を出したイベントに、晴人も来ていた。  テクノイベントには珍しい毛色の奴が居るなと直ぐに目に付いた。  晴人は居心地の悪そうな感じで壁際の椅子に座っていて、時折スマホを弄ったり、踊っている人を見たりしていたが、自分が踊る事はしていなかった。  緩やかなウェーブがかかっているフワフワした髪に、体のラインを隠すようなダボッとした服装。  テクノというよりは、ヒップホップの方が絶対好きだろ?という格好でいるものだから、俺みたいな奴がコソコソと噂していたのを思い出す。  当時俺達は四、五人位でカウンターに固まって話をしていたが、俺の隣にいた別グループの男も晴人の事を『可愛い』と言っていた位だ。  一人で来ていたのだと思っていたが男連れで、でもその男も直ぐに帰るみたいな素振りだった。後に解った事だが、それが晴人の元担任だったワケだけど、元担任とクラブに来るという発想が無かった俺は、まんまと晴人の男だと勘違いしていたし晴人も俺同様のセクシャリティだと思っていた。  元担任と話す仕草や雰囲気がゲイっぽくて、そうだと思っていたのだ。  まぁ、後に晴人のセクシャリティが独特だと知るワケだけど。  見た目は小動物っぽいのにタッパは意外とあって、体付きも薄っすら腹筋が割れている細マッチョで、好みだった。  元担任が晴人を置いて帰った後に、何度か目線が絡んだのでアプローチした。早くしないと俺の横にいた男共も晴人の事を狙っていたから。  「おにぃさ~~、私ずっと気になってた事があって」  「何だよ?」  おもむろに妹から声をかけられ、俺は現実世界へと引き戻される。  「その指輪、何?」  妹が俺の指に嵌っている指輪を指しながら尋ねてくる。  何ヶ月か前に晴人から贈られた槌目模様のゴールドの指輪。  俺と茉優と晴人の三人が同じデザインの指輪をしている。  「貰った」  基本的にアクセを付けない俺が、付けていたので気になってしょうがなかったのだろう。  俺の答えに妹は息を呑み  「え!?マジ?おにぃ、彼氏と結婚すんの!?」  「バッ……カ、お前声でけーんだよ!」  椅子から腰を浮かし、妹の頭を軽くはたき再び椅子に腰を落ち着かせる。  「え?結婚?」  「しねーよ」  「しないの?」  「うるせー」  俺はほうじ茶ラテをズズズとストローで吸い上げる。  「見せてよ~」  「ホレ」  妹にねだられ、ズイと左手を妹の目の前へ差し出すと  「イヤ、普通は外して見せてくんない?」  などと文句を言うので  「外すの面倒ぃから、見たいなら勝手に外せ」  と、返す。  すると妹は俺の手を取り、指から指輪を外して興味深げに見ている。と  「何、この数字?」  指輪の内側に隠し文字が彫られているのだが、文字では無く数字が彫られている。  「38317ぁ?」  不思議そうにその数字を読み上げ、俺に視線を向けると  「ねぇこの数字、どういう意味?」  尋ねられるが  「さぁな~、知んね」  と、嘘をつく。  指輪を贈られた夜、嬉しさでずっと眺めていると隣で寝ていた晴人が目を覚まし  『まだ見てんの?』  と、声をかけてきた。  俺は一度晴人の額にキスを落とすと  『良いだろ?減るもんじゃ無し』  ニヤけた顔でそう返したと思う。  『それさ、内側に文字彫ってくれるサービスがあって……』  ポソポソと照れながら言う晴人の台詞に、俺は一度指輪を外すと内側を見ながら  『38317?』  と、先程の妹みたいに呟く。  『数字、入れてもらったんだ』  晴人も自分の指輪を外して、俺同様に内側を眺めている。  『どういう意味?』  眺めている晴人に視線を向け聞くと、晴人はそのまま内側の数字を見たままで  『逆さにしたら、LIEBEって読めるようにしてんだよね』  呟きながらクルリと持っていた指輪を回転させて呟く晴人の言葉に、枕元に置いていたスマホを手にして意味を調べる。  LIEBE〈ドイツ〉①愛。恋愛。②恋人。愛人。  『ドイツ語………、愛……』  隣でスマホを見ながら呟く俺に、晴人は照れ臭そうに  『普通の文字じゃありきたりだからさ、捻って入れてもらったけど……、言われると何か……恥ずかしいな……』  『お前、ロマンチェだな……』  『言うなよ~、僕も今そう思って死ぬ程恥ずかしいから』  『アハハッ』  なんて経緯がある。  俺達三人が知っていれば良い事だ。  誰かに言ってしまうと、勿体無い気がして誰にも言えない。  「聞いときなよ~、ん、返すね」  妹は呆れたとブツブツ言いながら、俺の指に指輪を嵌める。  「食ったか?出るぞ」  テーブルに置かれた伝票を掴み、レジで精算する。店を出ると妹がごちそうさま。と挨拶するので、ポンポンと頭を撫でてやり無意識に親指で指輪をなぞっていた。  そのままショッピングモールを出て、車で実家まで帰る。  「寄るんでしょ?」  家が近くになるにつれ、助手席に乗っている妹が仕切りにそう言うので  「泊まるか、久し振りに」  と俺が呟くと、目を見開いた妹のテンションが上がり俺よりも早く家にいる母にラインを送っている。  「マチコに送ったから!おにぃが今日泊まるって!」  マチコとは、母親の事だ。  俺の家族全員母親の事は下の名前で呼ぶ。それは父が母の事をそう呼ぶから。  小さい頃からそれを聞いていれば、真似をするようになるしそれが定着してしまう。  まぁ、外では名前で呼ぶ事も無いから問題ねーけど。  「早ぇーな」  クツクツと肩を揺らして笑う俺に  「早目にやんないと、ヤッパ帰るとか言うじゃん?」  お見通しかよ。とは、言葉に出さず車を走らせる。  まぁ、丁度良いかもな。晴人も今俺の顔見たくないでしょ。  小さく妹に気付かれないように、溜め息を漏らし実家まで帰る。  実家の裏手にある駐車場に車を置いて、妹と一緒に家に入る。  「ただいま~、おにぃ連れて帰って来たよ~」  ヒトミが大声でそう叫ぶと、部屋の奥からマチコが出てくる。  「アンタ帰って来るなら先に言いな~、布団干すとかこっちは準備があるんだからさ」  「あ~~、悪ぃ悪ぃ、次から気をつけるわ~」  「何度目だよ、全く」  いつものやり取りをマチコと繰り広げて、リビングへと入ると、テレビの前で弟のマサヤとヒトミがゲーム機をセットしている。  「おにぃするでしょ?」  「マサとしろ」  「コイツ弱いもん」  「はぁ?この前は俺が勝っただろ!」  「あんなん手加減してあげただけだし」  「オラオラ、仲良くしよろ」  ゲーム機をセットして、次は何のゲームをするかで揉めだした弟妹を無視して俺はキッチンに移動する。  キッチンにある広いテーブルの椅子に腰掛けると  「アンタも飲む?」  と、マチコがコーヒーを淹れてくれるらしい。  「お~」  「シズクも呼んじゃう?」  シズクとは俺の姉で、一昨年結婚して家を出ている。  「は?いらんし」  「折角アンタが帰ってきたんだから、シズクも会いたいと思ってるわよ」  「人妻呼ぶなや、それに夕飯の準備とかあるだろ?」  「まっ、あんたシズクに気が使えて、何で私に出来ないのよ」  冗談めかしてその通りの事を言ってくるマチコの台詞に少し笑いながら  「悪かったって」  と、謝る。  日比野家は総勢七人家族だ。今時にしては珍しい大家族ってやつに入ると思う。  俺の上に兄と姉、俺が真ん中で下に妹と弟。で、両親だ。  父親は歯医者の開業医で、兄も同じ歯医者だ。まぁ、今は違うところの勤務医してるっぽいけどな。  母のマチコは専業主婦。兄弟も多いし、姉のシズクと俺以外は皆実家で暮らしているので、家の事で手一杯だと思う。  ヒトミとマサヤはまだ学生で、マサヤに関しては中学生だからな。  「シズクも顔出すって」  できたコーヒーを俺の前に置いてくれながら、マチコは自分のスマホを見て言う。  「アッソ」  ま、俺が何か言ったところで無視して聞くのは解ってたし。  全員仲が良い家族だと思う。  家を出ても、こうやって誰かが帰れば全員で集まるしな。  だから、俺は自分がゲイだと言う事をあまり抵抗なく家族にカミングアウトできたと思う。  物心ついた時から好きなのは男だったが、家族に言ったのは中学の時。  兄貴の友達と付き合っていて、それを夕飯時に家族に言ったのが初めてだ。  多少なりともドキドキして言ったのだが、面白い位に皆普通だった。  ただ夕飯が終わって自室に戻った俺に、しばらくして部屋に来た兄貴が  『お前、ゴムは絶対着けろよ』  と、言って自分の使いさしを放ってきたことがある。  その位だ。  周りの友達にも家族にカミングアウトできたんだからと、早々に言ってしまえば  『あ、そうなん?』  だけ。  ん?こんなもんなのか?ネットで調べた時は、壮絶なカミングアウト談が渦巻いていたのに?  その後の自分の身に起こる数々のイジメや、偏見の目に晒されて死にたくなる程苦しい日々が待ってるんじゃ無いのか?  と、中学生の多感な俺は思っていたのに。  呆気ないほど周りに受け入れられ、スクスクと育ちましたとさ。なんだよな。  まぁ、裏事情を話せば兄貴が結構フォローしてくれてたと聞いた。  夕飯時に家族にカミングアウトした後、俺が自室に戻ったのち、家族会議が行われていたらしいし、その時に兄貴が結構言ってくれていたと後にマチコから聞いた。  俺の友達にも、この家に遊びに来た時に色々と言ってくれていたとこれも何年後かに友達から聞いた。  高校も兄貴が行った男子校に入学したが、俺の事を知っている友達も何人か同じとこに行っていたし、そのおかげで高校の時も何不自由無く学生生活を満喫していた。  何年後かに高校の同窓会があった時は、担任から『お前の兄貴から、お前の事頼まれてたからな』と、先生にまで根回ししてくれてて……。出来た兄貴だと感じたもんだ。  俺は小さい頃から兄ちゃん子で、何をするにもどこに行くにも兄貴と一緒が良かった。  兄貴が一足早く小学校に上がる時には、泣きながら俺も行くと離れなかったらしい。  俺にその記憶は無い。  たが、家族の誰もが言うのだからそうなんだろう。  良い事も、悪い事も全部兄貴から教わったし、初めてクラブに行ったのも兄貴に誘われて行って、DJにはまって音楽関係の専門学校に進もうと決めたのだ。  「今日さ、すき焼きでいい?」  「お、良いね。肉食いたいって思ってた」  「そ、じゃぁいいね」  マチコと会話していると、俺のスマホがラインを知らせる。  晴人からか?と思い、ラインを開くと茉優からだった。  『解った。明日は帰って来るんでしょ?早く晴君と仲直りしなよ』  なんて。まるでお姉ちゃんみたいな口ぶりに、口元が緩む。  ショッピングモールを出て、茉優にはラインで実家に泊まるとだけ送ったのに晴人と喧嘩しているとバレてる。  『仕事お疲れ、明日は帰る』  と返信して、スマホから視線を反らす。  晴人と喧嘩した理由。  俺が、クラブのイベントに行く事で喧嘩になった。  なんて可愛い理由で喧嘩してんだって思うよ。しょーもない事だって。  けど、今俺はほぼそれで食ってる状況なので、そこを駄目だと言われたら食っていけない。  今までは兄貴に紹介されたバーで、バーテンダーをしていた。  一年前まではDJは趣味に抑えて、自分の生活を最優先させていてちょっとづつ自分のプレーを動画配信したり、フェイスブックに曲を上げたりしていて、本当少しづつだけど海外から曲を使わせて欲しいとか、ラジオで流して良いか?とか、動画配信でもファンが出来たりとかして………。  引っ越しを期に長く働いていたバーを辞めて、それ一本で頑張っていく事を決めたのも貯めた貯金が結構できたからだ。  晴人や茉優に迷惑はかけられないし曲を作る事に専念したかったから、それが出来るようにコツコツ貯めていた。  二人にはその事を説明して、納得してくれてると思っていたんだが……。  引っ越してから結構他府県のイベントに呼んでもらえるようになって、泊まりが多くなってくるにつれ晴人の態度が変わったんだよな。  今回の喧嘩も、来週に他県であるイベントに呼んで貰っていて、野外のイベントで一週間あるんだけど、そこで週の後半プレイする事になっている。  実質家を空けるのは移動も考えて、四日間空けると伝えたら晴人が怒った。  まぁ、可愛いっちゃ可愛いんだけど……。  これから先も続くと………。どうなるのか不安だ。  「おにぃゲームしようよ~」  「マリカーならしてやる」  「やろやろ!」  考えても仕方ない。こればかりは納得してもらわないと……。  よっこいしょ~。と椅子から立ち上がり、弟妹の待つリビングへと、移動する。

ともだちにシェアしよう!