26 / 83

第26話

 黒木の顔が見たくて離れようとしたけど、さらにぎゅっと強く抱きしめられた。 「ちょっと待て。……見るな」 「……く、黒木……。さっきの……キツイっていうのは……」 「……月曜までずっと……精神統一なんて無理だろ」  抱くのを我慢できないから……キツイってこと?  俺の存在がキツイんじゃなくて良かった……。  すごいホッとして涙がにじんできた。 「なんで……抱けばいいじゃん。昨日だけのつもりじゃなかったんだろ……? そう言ったの黒木じゃん。だから俺……そのつもりで来た」  黒木がはぁぁと深い息を吐いた。   「俺はお前を月曜までずっと離せなくなりそうだって……そう言ってるんだぞ?」 「うん。いいよ、抱けよ」 「……俺は嫌だ。お前を壊してしまいそうで……怖い」  黒木の優しさが心にしみる。また胸がわーっとなった。これ……本当になんなんだろう。わーってなると、なんかすげぇ幸せになる。俺もっと……わーってなりたい。   「俺、そんな簡単に壊れねぇよ? それに俺……黒木に抱かれると……幸せなんだ。なんか……すげぇ幸せになるんだ。だから……今日も、明日も、明後日も……俺、黒木に抱かれてぇよ……」 「…………野間」  黒木の腕の力がゆるんで、俺はそっと身体を離して黒木を見上げた。  黒木は眉を寄せて困った顔をしてた。 『……どうしてお前は……そうやってすぐ俺を煽るんだ……』 「煽る? 別に煽ってねぇけど……」  黒木はまた深いため息をついて、じっと俺を見つめた。 「野間は……俺を好きとかじゃないって昨日言ってたよな……」 「んーと、ちょっと違うかな? 俺は黒木が大好きだけど、恋愛の好きとかじゃないって意味だぞ?」 「……やっぱり……そうだよな……」 「うん?」  また黒木がなにを言いたいのかわからない。  黒木も同じだろ? だって黒木が俺を好きだって聞こえて来ねぇし、俺と同じなんだよな?   「……そうだな。同じだな」  と黒木は俺の頭にポンと手を乗せた。  俺、この黒木の手……ほんと好きだ……。 「野間。昨日は俺……昨日だけのつもりじゃなかったけど……」 「……けど……なに?」  なにを言われるのか不安でビクッとなった。  黒木が俺から離れていったらどうしよう……。 「もしこの先好きな人ができたとき、お前……後悔しないか……?」 「好きな人……」 「いつか、本当に好きな人ができたら、絶対後悔するだろ……」  好きな人なんてできる気がしない。  だって俺はこの力のせいで、誰かを好きになんてなったこともなかった。  みんな、心の中では平気で人を傷つける。嘘をつく。全部聞こえるから、好きになんてなれるわけない。  俺が本当に好きだと思ったのは黒木が初めてだ。  それがたとえ恋愛としてじゃなくても、俺は黒木が大好きだし、これからも黒木以上に好きな人なんか現れる気がしない。  でもそれは俺だけの話だ。黒木は……違うかもしれない。  黒木はいつか……本当に好きな人が現れるかもしれない。  そのときは黒木が後悔するのか……。 「俺のことはどうでもいいんだよ。俺は野間の心配をしてるだけだ」 「……でも……」 「俺も、野間と同じだ。俺だって……お前以上に好きになれるヤツが現れるとは思えない」 「……この力のせいでか?」 「そうだ」 「……なら…………なら俺たちこのままでいいじゃん。俺も黒木も同じ気持ちなら、このままでいいじゃん」  俺たちはこの力のせいで恋愛はできない。  それなら俺は、親友の黒木にずっと……抱かれていたい。  ずっと黒木のそばにいたい。離れたくない。  だからこのままでいいじゃん……。  いま、ものすごく黒木に抱きつきたかった。  最中でもないときにおかしいよな……。  でもさっきは黒木がぎゅってしてくれたから、俺もやっていいかな……。  俺はそっと黒木の胸に顔をうずめて、ぎゅっと抱きついた。  すると黒木の腕がまた優しく俺を包んでくれた。  うわ……っ。やばいやばいっ。心臓うるさい……っ。  でも黒木の腕の中……やっぱすげぇ幸せ……。  あったかい……嬉しい……。こんなに幸せな気持ち……初めてだからちょっと戸惑う……。 「俺……黒木に抱かれて、もっと幸せになりてぇよ……」  昨日の幸せを知っちゃったから、もうただの親友になんて戻りたくない。   「野間……。頼むから……それ以上煽らないでくれ……」  頭上から黒木の弱り果てた声が落ちてくる。 「煽る……ってよくわかんねぇけど、抱いてくれんならもう言わねぇよ?」 『…………ほんっと、全然わかってないな……』  黒木の心の声が、なんか困ってるように聞こえる。  俺なんか変なこと言ったかな。 「なぁ黒木。俺……明日帰った方がいい?」  ぎゅっと黒木にしがみついて答えを待った。  怖い。答えが怖い。  どんどん近づいた黒木との距離。このままでいたい。離れていく想像すらしたくない……。 「…………帰るな。ここにいろ」 『俺のそばに……ずっといろ』  黒木の言葉に安心して、胸がわーを通り越してぶわっとなって、すごくすごく幸せになった。 「……うん。そばにいる」  これが普通の親友とは違うってわかってる。でも俺たちの親友のかたちはこれでいい。俺たちはもともと普通じゃないから、だからこれでいい。  抱きつく腕にさらにぎゅうっと力を込めた。  ……キス……したいな……。  でもいまはそういう最中じゃないし……違うかな……。 「野間、ちょっと腕ゆるめろ」 「あ、ご、ごめん」  抱きつく力をゆるめると、あごに黒木の指がふれてクイッと持ち上げられた。 「野間。お前、可愛いのも大概にしろ……」 「へ? ……んぅ、……ふ……」  黒木に唇をふさがれた。  自然とお互いの舌が絡み合う。胸がぎゅうっとなった。  黒木のキス……やっぱすげぇ好き。嬉しい……幸せ……。もっとほしい。  黒木の手が両頬を包み込むようにして、さらに深いキスになった。 「……はふ、……んっ……」  思わずぎゅっと黒木の服を握りしめる。  頭の芯が痺れてぼうっとする。気持ちいい……。 『黒木……俺ずっと黒木とキスしてたい……』 『…………っとに……。お前のそれは……どうせ俺には聞かれるからっていう、開き直りからきてるのか……?』 『……ん? ……え、どういう意味……?』 『…………ただの無自覚か……』     キスをしながら、黒木はため息混じりにクッと笑った。  なんだよ、どういう意味?    

ともだちにシェアしよう!