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第37話
『なんで昨日電話に出なかった?』
次の日、遅刻して教室に入った俺に、さっそく心の声が飛んできた。
『ごめん黒木ー! 昨日なんかコテンて寝ちゃってさー! 遅刻までしちゃったよっ。やべぇっ』
『……そうか。ならいいんだ』
ホッとした顔で俺を見る黒木に胸がぎゅっとなった。
うわ……やば……顔が熱い……。胸が苦しい……。
いやダメだろこれっ。俺はまた慌ててジョージの呪文を唱える。
(スマイザゴウトガリアリサダクデンヨモツイ……)
『おい』
『ひゃいっ』
……変な返事になっちゃった……。
『お前昨日もそれ思い出してたろ? なんだ急に』
『……いやーなんか昨日からずっと頭から離れなくてさぁ。なんでだろ。あはは……』
どこか怪訝そうな顔の黒木を見ないように、教科書に視線を落とす。
呪文なんて別に思いが強いわけでもないのに、なんで俺はダダ漏れになるんだよ……。
いやダメだ。この思考すらダメだろっ。
もう仕方ないから呪文を唱える。
こんなんで乗り切れるのか不安だ……。
『あ……なあ黒木』
『なんだ』
『昨日のって……どうなったの?』
『なんの話だ?』
『だから……告白』
『……ああ。断ったに決まってるだろ』
『そ、そっか』
断ったんだ。……良かった。とホッと胸を撫で下ろして、ハッとしてまた呪文を唱えた。
帰りのHRが終わって、黒木がリュックを背負って俺の席までやってきた。
「野間。お前やっぱりなんかあった? 大丈夫か?」
「……えっ、なんで?」
「一日なんか変だったろ……。帰りにお前が先に俺のとこに来ないのも初めてだ」
確かに、俺はいつも終わったとたんに黒木の席に飛んでいく。黒木から来たのは初めてだ。
「なんもねぇよ? なんか昨日から疲れててさー。風邪引いたかな?」
「……大丈夫か? なら今日はまっすぐ帰れ」
「えっ! やだっ! 行くっ」
今日は金曜日だ。いままでずっと休み前は必ず黒木の家だった。
怖いけど……そばにいたい……。
(スマイザゴウトガリアリサダクデンヨモツイ……)
慌てて呪文をかぶせたけど間に合ったかな……。
黒木がじっと俺を見てるのがわかって、顔を上げられない。
「か……帰ろ帰ろっ。今日はなに食べる?」
そうだ、なに食べるか考えよ。
黒木は意外と偏食だからな。野菜がいっぱいとれるし鍋にするか?
「なぁ、今日鍋にしない?」
「……いや、暑いだろ……もう夏だぞ?」
確かにもう夏だけど、うちは鍋食べるよ? あれ? うちって変なのか?
「野間の家では夏でも鍋食べるのか」
クックッと笑う黒木にちょっと嬉しくなる。
笑ってくれたっ。
「よし、鍋にしよっ。あ、俺キムチ鍋がいいなっ!」
「俺は石狩鍋がいい」
「え、魚じゃん。黒木、魚嫌いだろ?」
「鮭は好きだ」
「へー! いいよ、じゃあ今日は石狩鍋なっ! ……って、いま生鮭売ってなくね?」
「……知らん」
「いや、売ってねぇって。やっぱキムチ鍋だなっ」
「……石狩鍋が良かった」
笑いながら黒木と話してて、あれ、と気がついた。
そういえば、最近黒木の心が静かすぎる……。
いくらなんでも静かすぎるだろ……。
だんだん聞こえることが増えてきたって喜んでたのは、もうだいぶ前だ。
ハッとした。色々考えがあふれてきて慌ててまた呪文を唱える。
呪文を唱えるたびに黒木の視線を感じる。
でもこれをやめたら……そっちの方が怖い。
「黒木、早く鍋の材料買いに行こー」
俺は早足で先を急いだ。
黒木がシャワーに入ってる間、俺はバスルームから一番離れた部屋の隅に膝を抱えてうずくまった。
シャワーの間だけはうるさくて心が聞こえない、と黒木が言っていたから大丈夫……。俺は深い息を吐いて呪文を唱えるのをやめた。
最近黒木の心が静かすぎる……。さっき気づいたことを思い出しながら泣きそうになった。だってそれって、俺のことを全然考えてないってことじゃん……。
最近の黒木は、心を読んでもいつも本の世界に没頭してた。前に言ってた精神統一なんかじゃない。そんなの一日中やってるわけない。
授業中に映像を見られてるのだって、最近は俺ばっかりだ。黒木の映像なんてもうずっと見てない。可愛いも聞いてない……。
学校でカーディガンが必要になることなんかもう全然ない。
もう俺といることに慣れちゃったのかな……。
俺のこと……思い出しもしないくらい……きっと慣れちゃったんだな……。
いいことじゃん。黒木の日常が戻ってきたってことだよな……。
黒木がまた前のように本に没頭できるくらい、俺と一緒にいるのが普通になったってことだよな……。
いいことじゃん……。
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