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第38話 *

 鼻の奥がツンとして涙がにじんだ。  そんな風に思えるわけない。  黒木の恋人になりたいとか、黒木に俺を選んでもらいたいとか……そんなの夢のまた夢じゃん……。  もっと俺のこと、いっぱい考えてほしい……。  心が聞こえてくるくらい、俺のこともっと考えてよ……黒木……。  俺を好きじゃなくてもいいから……考えてよ……。  涙があふれて、スウェットの袖で何度もぬぐった。  黒木とキムチ鍋を食べて、勉強をして寝る準備をして、ルーティーンが残り一個になる。  始まる前から心臓が破裂しそうで、苦しくて泣きたくなった。  ベッドに横になると、いつものように黒木が俺を抱き寄せた。  もう心臓が壊れそう……でも黒木の腕の中……嬉しい……。  もうずっと頭の中で呪文を唱えてる。それでも隠せてるのか自信がない……。  黒木が俺の頭を支えてゆっくりと枕に沈めた。  俺の髪を整えるように撫でる手が優しくて、心が震える。   「……また呪文か……?」 「……なんか、ほんと頭から離れなくて。変だよなー?」  黒木が無言で俺を見る。  相変わらず黒木の心は静まり返ってた。恐る恐る心を読んで、読まなければよかったと後悔した。  ……こんなときでも……本なんだな……。  また喉の奥が熱くなって涙があふれた。 「……野間? どうした?」  黒木が俺の顔を見て目を見開く。  涙の浮かんだ顔をこれ以上見られたくない。俺は黒木のうなじを引き寄せて唇を合わせた。 『野間? お前……本当になにがあった?』 『黒木……お願い……いっぱいキスして。いっぱい……抱いて……。俺をめちゃくちゃに抱いてよ……』 『おい?』    黒木がグイッと俺の身体を離し、唇も離れた。  こらえきれずにあふれ出た涙が、目尻からこぼれ落ちる。  俺は必死で呪文だけは唱え続けた。   「……おい、野間。本当にいったいどうした?」 「……なんも……聞かないで……頼むから。……今日は……めちゃくちゃに抱いてくれよ……」 『頼むよ……黒木……』 「……俺には話せないことなのか? 俺は……お前の力になれない?」    黒木が心配そうに俺を見つめて、頭を優しく撫でる。  流れた涙を吸い取るようにキスをして、ちゅっちゅっと顔中にキスをする。 「……ん、……黒木……」 「泣くな、野間。俺がそばにいるから。ずっとお前を支えるから。だからなんでも話して俺を頼れ」 「……く……くろ……」    ぶわっと感情があふれて、それでも呪文は必死で唱える。涙があふれて止まらない。  黒木……黒木……好……(スマイザゴウトガリアリサダクデンヨモツイ……) 「……俺に話せないなら……野間が呪文で落ち着くならそれでもいい」  顔中のキスが止まらない。  優しいキスが次々と降ってくる。 「野間が望むなら、いくらでも抱く。めちゃくちゃに抱いてほしいって言ったこと、後悔するくらい……めちゃくちゃ優しく抱いてやる」  黒木はそう言うと、いつも以上にゆっくり優しく、身体中を舐めて撫でてキスをした。    「……はぁっ、ン……ッ、あ……くろ……き……っ」  キスひとつだけでも、いままでの何倍もドキドキした。黒木の指が身体にふれるだけで心が震えて涙が出た。  好きだと自覚したあとに抱かれるのは、いままでの何倍も幸せで……そして悲しかった。  俺は心臓が破裂しそうだったし、何度も呪文が途切れそうになった。   「あ……っ、あっ、ンッ、くろ……ひぁぁ……っ、アッ」    黒木は……なんで俺を抱いてくれるんだろ……。  呪文が途切れて漏れた心に、「野間が……可愛いからだ」と耳元でささやかれた。嬉しくて涙がこぼれた。  いまなら俺のこと、少しだけでも考えてくれてないかな……。いまなら……ちょっとだけでも……。そう期待を込めて、何度も何度も黒木の心を読んだ。でもやっぱりずっと本の世界で、心を読むたびに悲しくて涙が出た。  絶望の縁まで行きかけたとき、やっと聞こえてきた黒木の『可愛い』が、魔法のように俺を幸せにした。  いまはもうときどきだけど、抱かれてるときは黒木の心が聞こえてくる。最中の『可愛い』だけはいまでもまだ聞こえてくる。  黒木の心が聞けるなら、俺は一日中黒木に抱かれていたい……。もっと心の声を聞かせて……黒木……。 「……野間……あんまり可愛いこと言うな」  また呪文が途切れた。俺は慌てて呪文を必死で唱える。  こんな呪文でごまかすなんて、いつまでも続くわけない……。  いつか気持ちを読まれて、この関係が終わってしまうかもと思うと、俺は死ぬほど怖くなった。      

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