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第39話
それからも、俺は黒木の家に行き続けた。
呪文を唱えてでも、聞かれるリスクを負ってでも、俺は黒木のそばにいたい。離れたくない。
ずっと黒木に抱かれていたかった。
黒木に勉強を見てもらったおかげで、期末考査の結果は最高だった。いままで取ったこともない順位に、親は目を丸くした。
これからは、どれだけ黒木の家に行っても怒られることはなさそうだ。
お礼をしたいから連れてこいと言ってうるさい母さんから、お礼のご馳走を振る舞うためのお金だけもらった。
黒木が来るはずがないし、どんな心を聞かせるか分からないから会わせるのも正直怖い。
「あのさ黒木。今日も……家行っていい?」
帰る準備が終わって、いつものように黒木の席に行った。
黒木と目が合うとドギマギしちゃうから、つい下を向いてしまう。
友達として好きだと思ってた頃の自分に、本当に戻りたい。
一日中黒木のことを考えしまうから、呪文を常に頭に流してる。
呪文を唱えるのも慣れてくると自然とできるようになるもんなんだな、と自分で感心してる。
「お前、昨日も来ただろ。ちゃんと家にも帰れ」
「俺、黒木のおかげで期末の結果めっちゃ良かったからさっ。もうどれだけ行っても怒られねぇんだ。やったねっ」
「……本当か?」
「ほんとだってっ! 黒木にお礼のご馳走してってお金もらったっ。なぁ、今日なに食べる? たまに外食しよっか。あ、それとも夏休み入ったらにする?」
あと三日で夏休みだ。夏休みに入ったら、しばらく泊まり込んでもいいかな。母さんに絶対許可もらおっ。
ただ、呪文がちゃんとうまくできるかだけが不安だ。
不安だけど……でも黒木のそばにずっといたい。
黒木は俺の呪文が聞こえると、慰めるみたいに頭を撫でてくれる。でも俺はそのたびに罪悪感で苦しくて、どうしてもそれが顔に出てしまう。
やっぱり俺に隠しごとは向いてない……。
「ご馳走か。本当にいいのか?」
「つうか、ご馳走しねぇと怒られるっ!」
「ははっ。そうか。なら、今日どこか食べに行くか?」
「お! なにがいい? んーやっぱ肉かな? 焼肉? ステーキ?」
「そんなにもらってきたのか? 贅沢すぎだな。ファミレスでいい」
「ええっ! そんなとこ行ったら怒られるっ!」
「そんなわけないだろ。俺はファミレスが好きなんだ」
「えええっっ! 俺肉がいいっっ!」
二人で肉とファミレスでケンカしながら、黒木の家まで歩いた。
やっぱり黒木は食べ物に執着がなさすぎだ。
結局ファミレスのハンバーグで押し切られた。
ハンバーグも好きだけどさ。肉だけどさ。
「野間」
「ん?」
「お前、夏休みはどうするんだ?」
そう聞く黒木の顔は、どこか元気がない感じがする。なんでだろう?
「夏休みさ、しばらく黒木ん家に泊まり込みたいなーって思ってんだけど。いいかな?」
黒木から返事が返ってこない。
黒木夏休みなんかあるのか?
「……野間。……そろそろ……なにがあったのか話してくれないか?」
「……っ、え」
ギクリとして足が止まった。
ずっと黙っていてくれたから安心しきってた。
でも……絶対話せない……。
だからダメだ、この思考がもうダメだ。
(ネニノルテッマガセワアシバレスウホイカヲロココ)
あらためて呪文をしっかり唱えなおした。
「まだ話せないか? 俺にはずっと話せない?」
「…………ご、めん」
「……そうか。なら……その呪文をずっと唱えながら、泊まり込むのか?」
黒木が元気ない理由はそれ……?
呪文がウザい……?
ウザいよな。
「……ごめん。こんなんで泊まり込まれたらウザいよな……。ずっと聞こえてんだもんな。うるせぇよな……」
「そうじゃない。俺は野間の心配しかしてないよ」
頭に黒木の手がポンと乗せられた。
俺はその手に自分の手を重ねる。
「……俺、なにがあったかは話せない……。呪文もやめられない。……それでも黒木と一緒にいたい。……迷惑だと思うけど」
「だから俺の心配はいらない。そんなの、なにも迷惑じゃない。でも……そんなんじゃ、お前がしんどいだろ…………」
「しんどくねぇよっ。俺は黒木と一緒にいたいっ。……でも呪文はやめらんねぇんだ……」
頭上から、黒木のため息が聞こえた。
黒木の心が気になって読んでみても、相変わらず本の世界……。
俺には呪文よりもこっちの方がしんどい……。
聞こえない黒木の心を読んで、現実を突きつけられる。夢を見ることすらできない……。
それでも俺は黒木のそばにいたい。黒木に抱かれて『可愛い』が聞きたいんだ……。
「野間。俺はお前になにがあったのか、なにを悩んでるのか、ちゃんと話してほしいと思ってる。もっと俺を頼ってくれないか? ……それにいつまでも呪文を唱えてもいられないだろ?」
ずっと見て見ぬふりをしてほしかった……。
ここでもまた現実を突きつけられる。
そうだよな……。いつまでも呪文なんて無理に決まってる……。
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