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第46話〈黒木〉
機内食を食べてたあとは渡されたファイルを眺めた。
俺は心を読めばいいだけなんだからこんなもの必要ないだろうに。そう思いながらも、頭にいれないとバカにされそうで悔しい。
「そういえば岳くん、新しいスマホは本当に用意しなくてよかったのかい?」
「……ああ、はい。日本に戻ったらでいいです」
「そう? 野間くんが電話を待ってるんじゃないの?」
「……えっ」
野間が男だと知られていた。
気に止めていなかった糸井さんの流れてる心を慌てて読む。
『この三日間ずっと野間くんのことばかり気にしてたのに大丈夫なのか? 転校しないで済めばいいけどな……』
糸井さんの心が、俺を拒否していないことに安堵した。
いつから知っていたんだろう。情報源は父さんか……。
「あの……不快にさせていたらすみません」
「え?」
『不快ってなんだ?』
糸井さんは、きょとんとした顔で俺を見た。
「……いえ……なんでもないです。すみません、忘れてください」
「うん?」
本当にわからないという気持ちが糸井さんの心から流れてくる。
拒否されないことがこんなに嬉しいものだとは思わなかった。なんだか胸があたたかい。
「スマホは本当にいいんです。声を聞くと……会いたくなってしまうので……」
「あ、そうだよね……。少しでも早く帰れるように頑張らないとね。社長にはっぱかけとくよ」
その言い方で、父さんとは気安い間柄なんだとわかる。
そうか。社長と秘書とはいえ、付き合いも長いしそういうものなのか。
「しかし岳くん、本当にカッコ良くなったなぁ。野間くんも会えなくて寂しいだろうね」
「寂しい……とは思ってくれてるかもですが。でも俺ほどじゃないですよ」
「なんだよ、そんな謙遜しなくてもいいだろ?」
「好きなのは俺だけなので……」
「……え? 付き合ってるんじゃないの?」
「ただの友達です。だから、本当はこのまま会えないほうがお互いのためにはいいのかも……」
「岳くん……」
野間が呪文をやめてくれるといいが……。
野間は、呪文を唱えるようになってからあまり笑わなくなった。
呪文を唱えながらときどきつらそうに俺を見て、目が合うと誤魔化すように笑う。
俺たちは心を読むことには慣れていても、読まれることには慣れてない。
なにがきっかけだったのかはわからないが、俺に心を読まれることに拒否感が生まれたんだろう。
昨日俺がそう言ったときの、ギクリと顔を強ばらせて青ざめた野間の顔が忘れられない。
覚悟はしていたからそれほどショックではなかった。
仕方がない。人間誰しも、他人に心なんて読まれたくない。それが当たり前なんだ。
俺は早くから本で心を閉ざしてしまったから、野間に罪悪感もあった。俺ばかりが野間の心を読んでいた。そんな一方通行でいいわけがないのに。
野間は、授業中はときどきだが、俺といるときはほとんど呪文を唱えてる。
俺の場合、物語を思い浮かべるだけでイメージしやすい分それほど大変ではない。でも呪文はただひたすら読み上げるだけだ。そんな大変なやり方が、いつまでも続けられるわけがない。
あれではいつか野間がつぶれる。
とはいえ、野間に呪文をやめてほしいと言いながら、俺はまだ心を閉ざすのをやめる決心がつかない。
俺がもし心を解放すれば、一日中野間への思いが流れ出るだろう。
そうなれば、野間はどう思うだろうか……。
俺の気持ちに答えられないと、悩ませることになりはしないか……。
結果、一緒にいるのがつらくなりはしないか……。
野間を困らせたくない。
……いや違う。俺はただ怖いだけだ。俺の気持ちを知って、野間が離れて行くのが怖いだけなんだ。
野間のそばにいたい。離れたくない。だから心を解放するのが怖い。
でも野間に呪文をやめさせるなら、俺も心を閉ざすのをやめなければフェアじゃない。
野間が聞かれたくないのは、俺を拒絶する気持ち。
俺が聞かれたくないのは、野間を好きな気持ち。
温度差が半端ないな……と乾いた笑いがもれた。
怖すぎて覚悟が決められない。
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