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第48話〈黒木〉
「岳、久しぶりだな。お前でっかくなりすぎだろう」
クックッと笑って肩に手を乗せてきた。
気安くさわるな。そう思って肩を引くと、『相変わらずの嫌われっぷりか』と苦笑している。
うろ覚えだったはずの父さんを見て、全然変わらないな、となぜか思った。
いつも鏡で見る俺の顔に、笑顔とシワを足すと父さんだ。糸井さんの言うように、そっくりだった。
「岳、疲れてるなら帰れ。別に無理して来なくても良かったんだぞ?」
『しかし、なんで伝わらなかったのかわからん』
「……平気です。でも俺が帰らないと糸井さんが帰れないなら帰ります」
「ほら糸井、岳のほうが大人だぞ?」
「……そのようですね」
「ほら、糸井は帰れ。岳、紹介するから中入れ」
申し訳なさそうな困った顔で俺を見る糸井さんに、俺は笑いかけた。
「糸井さん、俺は若いから元気なんで大丈夫です。お疲れでしょう? 帰ってゆっくりしてください」
糸井さんが、ははっと笑った。
「年寄り扱いかよ。まいったな。……じゃあお言葉に甘えようかな」
「はい。また明日からよろしくお願いします」
「うん、よろしく。じゃあね。なんかあったら電話……あ、臨時のスマホの手配が……」
父さんが痺れを切らしたように割って入り、糸井さんの身体をエレベーターの方向にぐるんと向けて背中を押した。
「そんなの誰かにやらせるから早く帰れ。明日から忙しいぞ。頼むな」
『本当にこいつは仕事のことばっかりだな。まったく』
「……はい。では今日はこれで失礼いたします」
『なにか伝え忘れてないだろうか。……なにかあれば電話でいいか。……社長と岳くん二人で大丈夫かな……』
「おう。お疲れ」
なんだかものすごく違和感がありすぎて戸惑う。
父さんってこんな感じだったか……?
もっと自分勝手で嫌なやつじゃなかったか……?
「来い、岳」
「……はい」
「ところでお前、英語は大丈夫か?」
『俺が送った家庭教師は早々に切りやがったしな』
「大丈夫です」
前回のアメリカ旅行の後、父さんが手配した英語の家庭教師が家に来るようになり、胸くそ悪くて切ってやった。母さんに「家庭教師なんていらない」といえば『化け物には必要ないわよね』と簡単に切ることができた。
ただ、それで反発して英語を覚えないのはダサい気がして、父さんを見返してやりたくて自己流で覚えた。
俺には友人もなく時間があり余っていて、することといえば勉強くらいだったからどうにでもなった。それも野間に出会うまでの話だが。
「ほう。じゃ、お手並み拝見」
会議室には父さん含め全員で六人、長テーブルに向かい合って座っていた。
「“みんな、紹介するよ。息子の岳だ。可愛がってやってくれ”」
父さんがみんなに向かって英語で俺を紹介する。
すぐに続けてあいさつをしようとしたが、みんなが大袈裟なくらいに歓声をあげて立ち上がり、俺を囲んだ。
「“よく来たな、ガク!”」
『“ケンジが絶対呼ぶって騒いでた息子か!”』
「“ガク、会えて嬉しいよ!”」
『“ケンジのクール版って感じだな”』
「“ケンジにそっくりね!”」
『“ガク、クールでカッコイイ!”』
声と心が入り交じって賑やかだ。この感じも以前来たとき同じだな、と懐かしく感じる。
俺には日本式のほうが肌にあうが、新参者としてはアメリカ式は壁がなくありがたい。
ただ、日本語のように馴染みがないからか、大勢で声と心が入り交じると聞き取りにくい。俺の英語力がまだまだだという証拠だ。
「“はじめまして、岳です。父に突然呼び出されてやってきました。高校生の俺になにができるのか疑問ですが、頑張ります。よろしくお願いします”」
「“よろしくな、ガク!”」
「“ガクは、いてくれるだけでケンジのやる気が倍増するさ”」
「“ケンジ、ガクは呼び出されて戸惑ってるんじゃないですか? ちゃんと説明してあげました?”」
みんなが「ケンジ」と連呼するのを聞いて、そうだ父さんの名前は健二だったなと思い出す。それくらい、普段は関わりがないし関心もない。
「“説明はいまからだ。よし、みんな座って。再開するぞ” 岳はそこに座ってまずは聞いてろ」
「はい」
言われた通り、父さんの隣の椅子に腰を下ろす。
『岳。みんなの心の声をあとで教えてくれないか?』
さっそく司令が来た、とため息が出た。
横から父さんの視線を感じる。
転校と野間とのことがかかってる。本気でやるしかない。
俺は父さんを見て、返事の代わりにうなずいて見せた。
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