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第49話

 黒木のいない夏休みが毎日無意味に過ぎていく。  俺、いままで夏休みって、なにして過ごしてたっけ……。  ベッドから起き上がるのも面倒くさい。  毎日ダラダラと昼くらいまでベッドの中で、起きてもソファでボーッとして、なんとなくスマホをいじってるうちに夕方になって夜になる。  ダメ人間すぎる……。 「おい、徹平、ちょっと手伝えー」  突然部屋に入ってきた父さんが布団を剥ぐ。 「……なに。なんだよ……やだよ……」 「いいから起きて準備しろー。ほらほらっ!」 『黒木くんがアメリカ行ってからずっと抜け殻じゃねぇか。いいかげん、なんとかさせなきゃダメだろ』 「……やだって……いいからほっとけよ……」 「今日配達多いんだよー。手伝ってくれってっ! 頼むっ!」 『黒木くんの家はどの辺なんだ? ちょっと寄っていったら徹平少しは元気出ねぇかな。いない家に行っても無理か……?』  黒木の家……。  黒木のいない家に行っても悲しいだけだ。  それでもなぜかその言葉にひかれる。  もう泣きすぎて干からびて身体が動かない。  黒木の家に行ったら、なんか変わるかな……。 「配達ってどこ……?」 『おっ、反応したっ』 「おおっ、配達はな――――」  黒木の家付近なんてかすりもしなかった。  だる……。 「……やっぱ行かねぇ……」 「あーもーっ! 好きなとこまで乗せてってやるから動けっ!」 「……いい。行ったって……どうせ黒木いねぇもん……」 「いいからっ。気分転換に外出るぞってっ」 『やっぱり黒木くんの家に行きたいのか。いなくても一度行ってみれば気分転換になりそうだけどな。抜け殻のままよりいいだろうに』  あ、父さん黒木の名前口にしてないのに……心と会話しちゃった……やべ……。  ヒヤッとして一瞬で目が覚めた。  気分転換……なるのかな……。  あーもー……。会えねぇってわかってんのに。父さんのせいで行きたくなっちゃったじゃん……。 「……高校のほうまで行く時間ある……?」 「行ける行ける! 今日は配達少ねぇからっ!」  さっきは多いから手伝えっつったくせに……バカ親父。  俺がむくっと起き上がると、父さんが俺の手を引っ張り無理やりベッドから引きずり下ろした。 「もーわかったって……」 「よしよし、行くぞっ!」  重い身体を引きずるように準備を終えて店に行くと、母さんが俺を見てホッとした顔をする。 「徹平、配達手伝ってくれるんだってね。助かるわー。よろしくねっ」 『やっと動いてくれた。よかった……。なにがあったか聞いてもなにも言わないし、父さんはほっとけって言うし、どうなっちゃうかと思ったわ……』  母さんの心を聞いて、すごい心配かけてたんだと知った。なんか毎日ぼーっとしてて、そんなに心配かけてるなんて気づいてなかった。   「……ちょっとだけ、気分転換な」 「うんうん、気分転換いいじゃないっ。行っといでっ」 『……やっぱり黒木くんとケンカでもしたのかしら……。目の腫れもどんどん酷くなるし。本当になにがあったの……』  ビールケースをカートに積みながら、母さんの心の声に驚いた。父さん、なんにも話してねぇんだな……。  俺が黒木を好きなことは知らないとしても、アメリカに行ったことは聞いてると思ってた。    トラックの積み込みが終わって助手席に乗る。  父さんの配達に付き合うのも久しぶりだ。 「よし、出発!」  鼻歌を歌いながら運転をする父さんの横で、俺は静かに口を開いた。 「父さん、あのさ……」 「うん?」 「母さんって……黒木のこと知らねぇの?」 「うん? 黒木くんのこと? この間黒木くんが来たことは話したぞ。イケメンだったって言ったら私も会いたかったって騒いでたな」  笑いながら話す父さんの心は、さっきの鼻歌が流れてる。 「徹平。黒木くん、いつ帰ってくるって?」 「……わかんないって。帰って来れないかもって……」 「え? なんだって?」 「黒木のお父さんがあっちにいて、転校させようとしてるんだってさ……」 「えっ?!」 『おいおいそれは徹平も抜け殻になるだろ。なっても仕方ねぇわ』 「て……徹平……」 『ええっと……こんなときなんて言ってやったらいいんだ……? 俺まで泣きそうになるじゃねぇか……』  は? 泣きそう?  うそだろ、と父さんを見るとマジで目をうるうるさせて運転してた。  そういえば父さん、ドラマ見て号泣するタイプだった。 「……なんで父さんが泣くんだよ。ってか運転中に泣くなよ」 「だってお前……。そんなのつらすぎるだろ。夏休みだけいないのかと思ってたらよ……」    ティッシュを渡すと、涙を拭いて鼻までかんだ。   「でも黒木、戻れるように努力するって言ってた。だから……信じて待ってる……」 「そうか。うん。きっと戻ってくるさっ」 「……でもさ。父さんたぶん勘違いしてる」  流れる景色に目を向けて、俺は窓枠に肘をおいて頬づえをつく。   「なんだ勘違いって」 「父さんさ。俺らが付き合ってると思ってるだろ」 「ん? 付き合ってんだろ?」 「……ただの友達だよ」 「なんだよ、隠すなって。別に反対なんかしねぇから」 『あんなの、どう見ても好き合ってるだろ』    ちゃんと否定しておかないとな。  俺らが付き合ってると思ってる父さんの心の声が、なんか嬉しくてそのままにしたかった。  ほんと俺、バカだな……。    

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