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第50話
「……俺だけなんだ。好きなの……。黒木は俺のこと、友達としか思ってねぇよ」
「そう……なのか?」
『徹平のこと愛しそうな目で見てたけどなぁ』
愛しそうな目……って、黒木の優しい表情のことかな。
あの目が本当に愛しそうに見てる目ならいいのに……。
黒木の心からは愛しい感情なんて一ミリも流れてこない。悲しいけどそれが現実だ。
「父さん、ドラマとか映画とかに影響されすぎじゃね? 男同士で両思いなんて……そんな簡単じゃねぇよ」
『んー……そうかなぁ……』
「でも、俺が黒木を好きだって気持ち、なんも言わずに普通に受け止めてくれて、すげぇ嬉しかった。……サンキュ」
父さんが俺の膝をポンと叩く。
「当たり前だろ。二年に上がってから、お前毎日すごい生き生きして楽しそうで。あれは全部黒木くんのおかげだろ? 成績までアップしてなぁ。反対する要素がねぇよ」
「父さん……」
「徹平。思い切って黒木くんに打ち明けてみたらどうだ? 気持ちを知ってもらうところから始まる恋だってあるんだぞ?」
「……そう……かな? 振られたら、もう友達でもなくなっちゃうかも……」
「いや、それはないな。黒木くんはそんなことねぇだろ。俺はそういうのはピンとくるほうだからな、大丈夫だっ」
『こいつら、絶対うまく行くと思うんだよな。男同士だろうがなんだろうが、徹平の恋が成就するといいな』
あの日、ちょっとしか黒木と話してないのになにがわかるんだって思うけど、父さんのその根拠のない自信さえも俺の勇気につながる気がした。
「黒木くんが帰ってくる日がわかったら早めに言えよ? 配達なんてずらせるものもあるんだし、送ってっちゃるからなっ」
「……ん。サンキュ、父さん」
父さんは何度も俺の膝をポンポン叩いて慰めてくれた。
配達先に着くたびケース下ろしを手伝い、納品の間は助手席でスマホを眺めた。
黒木がアメリカに行って十日。まだ十日なのに、俺には何ヶ月にも感じる。
毎日黒木からの電話を待ってる。いまにも鳴るんじゃないかと思って毎日片時もスマホを手放せない。
まだ呪文をやめる勇気は出ないけど、黒木が帰って来るまでにはなんとかしたい。
俺の呪文のせいで黒木を苦しめてるとわかったのに、続けることなんかできない。
俺は黒木を苦しめたくはない。それならすべて話して、俺が苦しむほうがいい。
きっともう抱いてはもらえないだろうけど……友達としてならそばにはいられるかな。黒木の優しさにつけ込んででも……絶対にそばにいたい。
……つけ込むってなんだ。
黒木が好きすぎて、俺どんどんダメ人間になっていく……。
配達をすべて終えて黒木の家に向かった。
マンションに着くと、父さんはあんぐりと口を開けて黒木のマンションを見上げる。
「これが黒木くんの家……マンションなのか?」
「うん。この最上階」
「ここに一人暮らしだって……?」
「すげぇだろ?」
「はぁー……」
『親の暮らす家の他にこのマンション……。アメリカにも家があるんだろうし。はぁ、金持ちかぁ。身分違いの上に男同士……。うまくいっても前途多難か?』
そんな心配いらねぇのに。どうせうまく行きっこねぇからさ……。
「ちょっとだけ待ってて。いるわけねぇけど……ちょっと行ってくる」
「ゆっくり行ってこい。配達の追加も今日はねぇって言ってるし大丈夫だ」
「ん……サンキュ」
何度も黒木と並んで歩いた入口までの道を、色々かみしめるようにゆっくり歩いた。
自動ドアを通ってエントランスのインターフォン前で立ち止まる。
黒木はいない。わかってるけど俺は部屋番号を打ち込みボタンを押した。
数秒待って苦笑する。出たら驚くわ。
『はい』
「……んぇっ?!」
インターフォンから知らない女性の声が聞こえてビビった。え、誰だ?
『どちらさま?』
「あ……の、黒木くんの……友達です、けど、その……」
『友達? あらそう。申し訳ないけどあの子はいないわよ』
「あ、はい……。いないと思ってはいたんですけど……その……」
黒木に姉妹はいない。口調や状況的に母親だと確信する。
俺はとっさに思いついたまま言った。
「黒木くんの部屋に忘れ物をしてしまって、どうしても持って帰りたいんですが……」
うそだけど、持って帰ろうと思えば俺の物はいっぱいある。
黒木の母親に会ってみたかった。
黒木を追い出した母親がどんな人なのか、黒木がどんな心の声を聞かされていたのか、知りたかった。
勝手に会ったら黒木怒るかな……。でも知りたいんだ。黒木ごめん……。
『そう。じゃあ中に入って自分で探してくれるかしら?』
「はい! ありがとうございます!」
インターフォンが切れて、エントランスのドアが開いた。
黒木を化け物扱いする人だ。それはイコール俺をも化け物扱いするってことだ。
俺は覚悟を決めてエントランスホールに入って行った。
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