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第56話

「父さん早く!」 「大丈夫だ。心配しなくても十分間に合うぞ」 「だって! ほんとならもう着いてんだぞっ!」 「俺を責めるなよ。事故ったヤツに言ってくれ」  せっかく一時間は早く着くように家を出たのに、途中で渋滞にはまった。渋滞の先は交通事故の現場だった。 「一時間も早く着いたって退屈だろ? ちょうどよかったじゃねぇか」 「ちょうどよくねぇよっ! ギリギリじゃん!」 「三十分前には着くっての」  俺は一時間は早く行ってゆっくり待っていたかったんだよっ。 「徹平」 「なにっ」 「よかったな、黒木くん帰って来れて」 「……うん」 『今朝のあんな嬉しそうな徹平の顔、久しぶりだったな。どうなることかと思ったが本当によかった』    父さんが俺の膝を何度も優しくたたいた。  父さん母さんには本当に心配かけたよな。特に父さんは俺の気持ち知ってるし……。  まだ実感がわかない。もうすぐ黒木に会えるのに、まだ信じられない。    今朝、突然スマホが鳴って慌てて起きた。  スマホがなるたびに黒木からかも、と緊張が走る。  知らない番号からの着信。時間を見るとまだ六時。  黒木だっ。絶対黒木だっ。  早く出ないと切れちゃいそうで、俺は慌てて通話を押した。 「黒木っ!」  叫ぶように出ると、電話の向こうから少し間があいてぶはっと吹き出すのが聞こえてきた。  やっぱり黒木だっ! 『お前、俺じゃなかったらどうするんだよ』  クックッという笑い声と『ほんと可愛い……』と消え入りそうなつぶやきが聞こえた。  その瞬間ぎゅっと胸が苦しくなってぶわっと涙があふれた。 「黒木……っ」 『うん』 「黒木……会いたい……っ」 『……俺も会いたい。いまから帰るから』 「え? いまからって?」 『もうすぐ搭乗。そっち着いたらまた連絡する』  もうすぐとうじょう……え、搭乗?   「な、何時?! 何時に着くの?!」 『十八時着だ。それから動いても遅いから明日ゆっくり――――』 「行く! 空港まで行くから! どっち?! 羽田? 成田?」 『……羽田だ』 「わかった! 絶対行くから!」 『……わかった。便名は――――』 「うん! 了解!」    電話が切れてもまだ信じられなくて放心してしまった。  黒木が……黒木が帰ってくる……。    黒木が帰ってくるっ!  俺は黒木クッションにぎゅっと抱きついて、ベッドの上で転がって暴れた。  夏休みはまだ十日も残ってる。  残りの夏休み、どうしても黒木と一緒に過ごしたい。  普通の友達としてでもいいから、一緒にいたい。  黒木……お願いだから、ただの友達に戻ってもそばにいさせて……。   「じゃあ徹平、残りの配達終わったら迎えに来るからな」  空港で俺を下ろすと父さんが言った。 「いいよ父さん。自分で帰るから」 「ちょっとだけ待ってろって」 「いいって。……俺、今日黒木に告白すんだ。きっと振られてみっともねぇことになってっからさ。迎えはいらねぇわ」 「おっ! おお! そうかそうか、うんうん頑張れよっ!」 『絶対くっつくな。間違いねぇな。今日は黒木くんちに泊まるなこれ』  出た、父さんの根拠のない自信。  でもおかげでもっと勇気でたかも。    父さんと別れて空港の中に入る。  到着ロビーはどこだ? 掲示板は……。  初めての国際線。あと三十分で黒木が来る。迷ってる時間なんてない。  俺は制服を着てる人をつかまえて便名を伝え、どこに行けばいいのかをたずねた。お姉さんは笑顔で案内までしてくれて、やっとホッと息をつく。  でも椅子に座っても立ち上がってもウロウロ歩き回っても、どうにも落ち着かない。  黒木に会ったらどんな顔すればいいんだろ……。  やばい……。緊張がハンパねぇ……。  呪文はやめる。やめるって決めたけど、黒木に会ったら途端に好きってダダ漏れる絶対。  黒木どう思うかな……。急に聞かされてもきっと困るよな……。  父さんの言うようにもっとギリギリでよかったかも。  そしたらなんも悩まず黒木に会えたかも。  やっぱ怖ぇ……。片想い確定なのに告白するってこんな怖ぇんだな……。  でもあの母親の毒よりずっとずっとマシなはず。  覚悟決めろ、俺っ。    到着口からパラパラと人が出てきて、俺は慌てて椅子から立ち上がった。  もうすぐ黒木に会えるっ。  期待と不安で、もうどうにかなりそうだった。  黒木が出てきたらとりあえず呪文を唱えたほうがいいかな……どうしよう……答えがでない。  搭着口から人が出てくるたびに緊張して期待して、違ったと落胆する。次は黒木かも……次こそ黒木かな……。

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