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第61話
黒木のマンションに着きタクシーを降りた。
黒木が、つないだ手を引いて歩きだそうとしたけど、俺は立ち止まる。
「野間?」
「黒木……あのさ」
「なに、どうした?」
「あの……ピザ取るって言ってたけどさ……」
「ああ、たまにはいいだろ?」
「……コ……コンビニでなんか買ってきたらダメか?」
ピザを取ると、来るまで待つことになる。
俺……ピザすら待つ余裕ねぇ……。
いますぐ黒木と……。
「……今日はなんか、適当に食うか」
『乾麺とかラーメンとかあったよな……』
つないだ手に力がこもってぎゅっとにぎられた。
黒木の心から映像が流れてきてハッとする。
同じだ。いま俺たち同じ気持ちだ。
ピザどころか、コンビニに買いに行く時間すら惜しい。そう思ってる。
もうそこからは言葉はいらなかった。
きっと黒木にも俺の映像が見えていたから。
家に入ったらどうしたいか、俺たちの心は同じだったから。
エントランスを通ってエレベーターに乗る。
その間もずっと黒木は心の中で俺を抱いていた。
もう心臓が口から飛び出そうなほどドキドキして、黒木の顔が見られない。
『顔が見られないほどドキドキしてる野間、久しぶりだな?』
『んぇっ?!』
『ほんと可愛すぎてやばい……』
最近の俺、どんなだったっけ。
そうだ……黒木を好きだって気づいてから、ドキドキなんてする余裕がどんどんなくなった。黒木が俺のことをちょっとでも考えてるって確認して安心したかった。
黒木の『可愛い』が聞きたくて抱いてほしくて、必死ですがりついてた気がする。めっちゃガッついてたきっと。
うわ、恥ず……っ。
『……ここにきて煽るのか』
『へ?』
エレベーターを降りると、黒木は早足で俺の手を引いて家の中に引っ張り込んだ。
「く、黒……っ、ん……っ!」
玄関を施錠してすぐ、黒木は唇を奪うようにふさいできた。舌が差し込まれると全身にビリビリと、まるで電流が流れるようだった。
久しぶりの黒木の熱い口付けに、俺は一瞬でとろけて頭がぼうっとした。
「……んぅ、……ん……」
もう二度とできないかもって思ってた黒木とのキス。
嬉しい……気持ちい……大好き……黒木……。
黒木の心がずっと聞こえる。『可愛い』『好き』『大好き』が流れてくる。ずっとずっと俺のことを考えてる。
こんな幸せなキスができるなんて数時間前までは想像もしてなかった。
本当に……夢みたいだ……。
涙があふれて頬を伝った。
「……ふ、……ぁ、……くろ……き……」
『野間、顔真っ赤……。トロンとして涙まで流して可愛いすぎだろう。やばいな。俺、暴走しそう。こんなに余裕ないのは初めてだ』
黒木が暴走? いつも余裕たっぷりに見える黒木が……? 信じられない。そんな黒木、見てみたい。
『黒木、も……早くしよ……?』
もう待てない。早く黒木に抱かれたい。
『もうほんと……理性吹っ飛ぶからやめてくれ……』
『いいよ、吹っ飛べよ……。余裕ない黒木、見たい。見せろよ……』
『お前、さっきまで顔も見られないとか言ってたくせに。ほんとキスで簡単にスイッチ入るよな』
「え、わっ!」
突然身体が浮いて慌てて黒木にしがみついた。
え、なにこれ、姫抱っこじゃんっ。恥ずっ。
「お、おいっ、下ろせよ、恥ずいだろっ」
「お前が煽ったからだろう。ちょっと黙っとけ」
「靴っ! まだ靴脱いでねぇって!」
「そんなもの、ベッドで脱がす」
「は?!」
下りたいけど暴れたら落ちそうで、必死で黒木にしがみついた。
黒木の心からはずっと俺を抱く映像が見えてくる。きっと俺もだけど。
余裕たっぷりの黒木しか知らないから、こんなのウソみたいだ。
俺をベッドに寝かすと靴を脱がし、黒木はそれを床に投げ落とした。
「えっ?!」
信じられないものを見た。キレイ好きの黒木がそんなことをするなんて。
黒木はスーツのジャケットを脱ぎ、片手でネクタイを外す。その仕草がカッコよすぎて、俺は目が離せない。
俺たちはいつもまるで手順通りにベッドに入るから、こんな玄関から流れるように服を着たままなんて初めてだった。
「俺はいつも、こうしたかった」
「え?」
「大人しく飯食って風呂入って勉強見てるフリしてた。本当はいつも、すぐにお前を抱きたかった」
「う、うそだろ……?」
「本当はいつも、余裕なんて全然なかった。いまはそれ以上にないけどな」
うそだろうそだろ……そんなこと聞かされたら、頭が沸騰しちゃうだろっ。
心臓がうるさいくらい暴れだす。
黒木が俺を抱きたくて余裕をなくしているのが、表情からも心からも全部伝わってくる。
嬉しくてまた涙が出た。
黒木が優しく頬を撫でる。黒木の手……気持ちい……。
「野間、好きだ」
初めて声で伝えられた『好き』に、身体中が反応した。
一気に全身がカッと火照る。もう、幸せすぎて死にそうだ。
「俺も……好き、大好き」
首に腕を回し身体を引き寄せてキスをした。
「好きだ、野間」
「ん……好き、黒木……」
「大好きだ」
「……ん、大好き」
何度もリップ音を鳴らして唇を合わせ、声で『好き』を伝え合う。
声も心も全部が好きであふれて胸がいっぱいになった。
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