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第30話

衝動的に飛び出したものの、どこへ行くというあてもない。 事情を知ってるユキ先生を頼りたいところだが、山の奥にあるユキ先生のいる学園まで行くにしてはもう遅い。 第一、お金すらない。 財布も携帯も置いてきてしまった。 オレはフラフラ歩いて、気がつくと近所の公園にいた。 ベンチに座り込んで頭を抱える。 逃げ出したのは一番良くない方法だった。 シンは傷ついたのではないか。 風呂からあがったらオレがいないのだ。 態度がおかしいかったから、色々考えてしまったんじゃないか? シンにはオレしかいないのに、シンはオレに否定され拒否されたと思ってしまったのではないか? 「シン・・・ごめん・・・シン」 思わず言葉が口から漏れて、頭を抱える。 もし自分がシンに逃げられたなら、と考えたならその酷さは良くわかった。 オレはきっと傷つくだろう。 ちゃんと話をすれば良かった。 言うべきだった。 まだ怖いんだって。 どうしよう。 ああ、でも。 怖くて。 怖いんだ。 あんなのに、あれ以上にオレはきっと耐えられない。 走って逃げたい。 逃げたいんだ。 罪悪感と恐怖、でも、シンに会いたい気持ちが混ざり合い、悲鳴をあげたくなる。 公園の暗がりでオレは座り込むしかなかった。 ここにとけてしまいたい。 「キョウちゃん・・・!!」 叫び声がした。 その声に身体が震えた。 シンの声だったからだ。 公園の入口にシンが立っていた。 もう寒いのに濡れた髪で、風呂上がりのTシャツにスウェットだけの姿で。 公園の入口からの距離は離れていたし、暗かったはずなのに、1個しかない公園の街灯は心もとなかったはずなのに。 オレはシンの目が確かに見えたのだ。 それは獲物を探す獣の目で。 その目に捕らえられたのだと思った。 思わず、また逃げようと思った。 逃げてはいけない、何の解決にもならないと思っていたのに。 でも、喰われたくなかった。 本能的な恐怖がそこにあった。 立ち上がり、走り出そうとした瞬間、シンが叫んだ。 「キョウちゃん!!行かないで!!!」 その声が鼓膜に届いた瞬間、オレは逃げるのを止めた。 シンの声のその調子に聞き覚えがあったからだ。 今のシンの声を通して、幼いシンの叫びがそこにあづった。 オレが父親に引き取られる日、シンと長く二人過ごしたオレの母親の家から連れて行かれる時、シンはそうやって叫んだのだ。 シンは一人家に閉じ込められていたはずだった。 シンの母親はもうオレの母親に頼めないからだ オレの母親は世話をさせるオレがいないのにシンを引き受けるはずがない。 シンの母親は今度はシンを預けるかわりに家に閉じ込めた。 だがシンはオレ会いたさに脱走してきたのだ。 オレが父親に引き取られると知って。 父親の車に乗り、走り出した時、その車を追ってきたのが靴も履かずにやってきたシンだ。 「キョウちゃん行かないで!!」 シンが叫んでた。 オレは父親に車を止めてくれと泣いて頼んだが、なにも事情を知らない父親は戸惑ったが、「後で話を聞く」と言って止まってくれなかった。 シンがどこまでオレを追っていたのかわからない。 車は速度をあげたから。 オレは泣いた。 ずっと泣いた。 新しい家についてからも泣いてた。 でもオレは泣いてるだけで。 数日後。 オレの新しい家までシンがやってきた。 裸足のままで。 ボロボロの姿で。 あの後、オレの母親から聞き出した大雑把な住所を頼りにオレを見つけ出したのだ。 オレは。 オレは。 シンを抱いて泣いたし、そこからは誰にもオレたちを引き裂かせなかった。 シンの声。 シンの声。 オレはあの時、シンを置いていった。 オレを追いかけてきたのはシンだ。 まだ子供の。 シンだ。 オレはシンを置いて行ってしまった。 もうそんなことは、できない。 どうしても。 オレはもう動けなかった。 凍りついたように動かないオレに、ゆっくりシンが近づいてくる。 獲物にゆっくり近付く獣のような用心深さで。 いつでも襲いかれる獰猛さを秘めたままで。 シンがすぐ近くに来た。 今は恐ろしすぎて動けない。 シンの目に射止められてしまったからだ。 「可哀想な可哀想なキョウちゃん・・・。オレから逃げられない優しいキョウちゃん・・・」 その声は優しいのに、獣の声なのだとわかった。 「ごめんね・・・オレはキョウちゃん程優しくないから、キョウちゃんをオレのにしちゃうね」 シンの声はとても甘くて。 それが余計におそろしくて、震えた。 シンに抱きしめられて、ウサギが食われる瞬間を理解した。 もう食われるしかないのだ。

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