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第52話
「キョウちゃんが目を覚まさない!!」
半狂乱なシンの声がする。
オレは遠いとこにいた。
部屋のベッドの上にいるけど、本当はもっと遠い。
「分かったからお前は出ていくんだよ!!」
ユキ先生の怒鳴り声がする。
ああ、ユキ先生を呼んだのか。
どうでもいい。
今オレは安心出来る場所にいるから。
シンが泣いてるなら起きなきゃいけないけど、でも起きたら辛いんだ。
もう少しだけ、寝かせて。
お願い、シン。
もう少しだけ
部屋のドアが開いて、ユキ先生が入ってきたのがわかった。
「寝てていいよ。何も聞かなくていい。シンも気にしなくていい。今大事なのは君が休むことだ。・・・平気じゃなくていい。いいんだよ」
ユキ先生の声は優しかった。
「薬を打つよ。本当は医師免許のあるシンがするべきなんだけど、今はポンコツだから。しばらく眠るんだ。完全にね。とじこもらなくても大丈夫。君を無理やり引き出したりしないから。おやすみ、キョウくん」
先生は何かをオレに注射した。
オレは本物の眠りの中に引き込まれて行った。
そこに行きたかった。
閉じこもるよりももっと深い。
もっともっと深い場所に。
深い深い場所。
オレは落ちていく。
沈んでいく
記憶が剥がれていく
それはオレが望んだことなのか。
今までの記憶が年を遡るように剥がれ落ちていく。
オメガと出会ったこと
シンと水族館に行ったこと
シンが迎えに来たこと
消えていく。
どんどん
学園。
シンがオメガを裸にしてその手で愛撫している
消える。
シンがアルファになって連れて行かれる
消えた。
父親に引き取られたオレの家にシンが泣きながらボロボロになってやってくる。
消えた。
小さなシンと水族館の話をする。
閉じ込められた部屋で。
オレたちは部屋の中なのに大きな海のような水族館にいた。
オレとシンはクジラに乗り、イルカと遊ぶのだ。
消えた。
狭い部屋に二人きり。
出ていく母親達。
消えた。
小さなとんでもなく可愛いシンを、とんでもなく綺麗なオメガが連れて来た日。
シンの大きな目がオレを見た。
そして、小さな手が小さなオレへと伸ばされる。
消えた。
そこまで巻き戻した場所にオレは立っていた。
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