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第54話
【シン】
「キョウちゃんがおかしい、おかしいんだ!!」
オレは頭を抱えた。
ひたすら眠った後、目を覚ましたキョウちゃんはどこかおかしい
いつも通りと言えばいつも通りだし、オレにも笑ってくれるし、話をしてくれるし。
触っても嫌がらないし。
なんならいつものように優しくオレを気遣ってくれる。
「仕事忙しいんだろ?早く行きなよ。オレは大丈夫だから」
そう言う。
何も無かったように1週間がすぎた。
オレは仕事を調整して、毎日帰ることにしている。
キョウちゃんはオレがいることに嬉しそうではある、みたいだ。
でも。
何も聞かない
ミサキの話も。
オレがオメガとどうしてきたかも。
まるで何も無かったかのようだ
でも。
違う。
前とは違う。
違うのだ。
ここにいていないような。
キョウちゃんがいない。
いないのだ。
まるでキョウちゃんの抜け殻。
こんなのおかしい。
「防衛には色んなやり方がある。特にキョウ君の場合は虐待サバイバーだからね。自分を守ることには物凄く適応がある。お前もサバイバーと言えるんだが、キョウ君とは違うからね・・・」
ユキ先生が考えこむように言った。
ユキ先生が何度も面接をしてくれてるが、キョウちゃんはあの事については何一つ口にせず、楽しく世間話をしているらしい。
ユキ先生の言うことは分かった。
オレとキョウちゃんは違う
同じように放置されてはいても、オレには絶対的安心を与えてくれる存在としてキョウちゃんがいた。
不安定な母親よりずっと優しいキョウちゃんが。
キョウちゃんは幼くしてオレの保護者でもあったのだ。
子供が子供の世話をしてオムツまで換えて。
熱を出したオレのために心配で泣いたり。
オレを生き延びさせるためにどれだけキョウちゃんが必死だったかオレは知ってる。
オレとキョウちゃんの傷は比べ物にならない。
「お前を愛したこと自体、キョウ君には自己防衛だったかもしれないよ」
ユキ先生は意地悪く言うが、そこはオレも分かってる。
放置された上、小さな子供を押し付けられたキョウちゃんが、その子供を「愛してる」と思いこむことで自分を楽にしようとした、そういうことかもしれない。
だがそんなの、どうでもいい。
思い込みだろうが何だろうが、キョウちゃんがオレに執着してくれたならそれでいい
そんなことは大した問題じゃない。
「怖いねぇ、お前」
先生は呆れた。
もう長い付き合いなのでお前よばわりだ。
先生もキョウちゃんのことはオレとは違って本当に心配してくれてる。
だから先生をえらんだ。
先生は表向きはフリーのカウンセラーで、たしかにその仕事も少しはしてるが、基本、キョウちゃんの近くでキョウちゃんの様子を見て、キョウちゃんのケアをするのが一番の仕事だ。
オレが雇ってる。
GPSなぞつけるわけがないが、キョウちゃんの様子はまあ、先生を使って確かめてはいる。
この点ミサキの番を笑えない
「キョウ君は自分を守るために自分の中に閉じこもってしまった、ということだと思うよ」
先生の言葉は衝撃だった。
どこにも逃がさない。
絶対に逃がさない。
でも、キョウちゃん自身の中に逃げられてしまったなら。
どうすれば良いんだ!!
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