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第60話
【シン】
「嘘じゃないみたいだね。本当に僕のことも覚えてないんだ」
ミサキはもうニコニコしてソファに据わっているキョウちゃんを見て、気の毒そうな顔をした。
キョウちゃんは何事もなかったように、ただニコニコしてオレの隣りに座ってる。
ニコニコしているが、うわの空で、心がここに無いのが良くわかる。
多分今のキョウちゃんは目の前で人が殺されてもニコニコしているはずだ。
完全な防御。
自分の中に逃げ込み自分を守っているのだ。
そんなキョウちゃんを見て、ミサキはやっとオレの言うことを信用したらしい。
ミサキはオレとキョウちゃんが腰掛けているソファの前の、1人がけのソファに座ってる。
腕を組み、用心深い表情だが、こんなところにノコノコやってくる自体、全く駄目だ。
しかも相手はオレだぞ
ここはオレが所有しているマンションの1つだった。
仕事のために各地にマンションを持ってる。
仕事にキョウちゃんを巻き込みたくないから、同じ市内にもキョウちゃんとの部屋以外にもある。
あんなことがあったオレのところに、キョウちゃんがいるからといってノコノコついてくるミサキは不用心がすぎる。
前もキョウちゃんの目の前であんなことされたのに。
そら、GPSも付けたくなるさ。
番のアルファが気の毒になった。
ミサキはオレに教えられた通り、くる途中の電車の中にピアスを落としたはずだ
GPSが線路の上から離れないことに気付いて、今頃必死てミサキを探しているだろうな。
このマンションはオレの会社やオレの名義で借りてないから見つけるのに時間がかかるだろう。
気が狂いそうになってるはずだ。
笑えた。
だが、ミサキの番がミサキに嫌われているのが悪いのだ。
仕方ない。
それは自業自得だ。
アルファは自分のオメガを得る時、細心の気配りをする。
何故ならアルファは生涯番を求めるからだ。
番にしてしまえばその執着は死ぬまで続く。
関係が険悪だったなら、人生が最悪になる。
だが、コイツの番は最悪になることを選択したのだ。
自分で。
そんなの知ったことじゃない。
「僕に何が出来るっていうの?」
ミサキの質問は当然だった。
オレはニコニコ笑ってるキョウちゃんの肩を抱いていたが、その腕をキョウちゃんから離した。
そして立ち上がる。
テーブルを挟んで一人がけのソファに座っていたミサキへと、オレはゆっくり動きだす。
ようやくミサキの目に緊張が走る。
そしてキョウちゃんはニコニコしてる。
そうだよミサキ。
それが正しい。
お前は用心がたりないよ。
本当にたりない。
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