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 迎えたクリスマス結婚式当日の朝。  この日のために王族の保養所である離宮本殿に出向いた一向は、まずは南国には珍しい雪の歓迎を受けた。 「まあ、寒いと思ったら!」 「空は青いのに雪だなんて」 「キラキラとして素敵ですわぁ」  うっとりとする三人の傍らで、主の儚那が空に手を伸ばす。 「えいっ、えいっ」  何とか雪を取ろうと試みているようだ。  しかし触れた瞬間、当然ながら雪は溶ける。 しゅんとして酷く残念そうに掌を見つめる主の姿に、 「かわいいー……」    蘇芳と女官たちは揃って身悶えた。  そのような訳で、ついに寄せ集めのローマ国教式の婚礼が始まった。以下、式次第と、それによる結果を◇として記録していく。 1、祭壇とキリスト  離宮本殿の広間の奥を祭壇として、その上に銀の燭台と蝋燭、聖書の断片が置かれた。  さらにその奥の壁の高い位置には、エジプトのファラオ(の従者らしき男)の似顔絵が、「はいっ、これがキリスト!」言い張って貼りつけにされた。    離宮に住まう王族の側室とその子供たちが見守る中、先にビザンツ風の似合わぬ衣装を身につけた蘇芳は、祭壇の前に立って所在無げに花嫁役の儚那を待った。  ほどなく開いた扉の向こうから、華やかに着飾った儚那が姉に手を取られて入場する。  ぴったりとした生地は華奢な体をあらわにし、金銀の紋様が不思議な威厳を感じさせた。南国の花でこしらえた花束は顔まわりを明るく彩っている。 「……」  一言でいうと、可憐だ。ビザンツ風、アリである。今夜絶対、うん。と思ったが、おくびにも出さないようにがんばった。 ◇キリストが謎の男 ◇儚那の衣装は良かった 2、みんなでホスティアを食べる  ホスティアとは、パンというものをちぎって作ったキリストの血肉に見立てた物、だそうだが、そのようなものはここには無い。  パンの製法もよくわからないが、どうやら穀類ということは確からしかった。  そこで餅を薄く伸ばした物を固め、硬貨ほどの大きさにしてみた。  それを掌に受け取り、皆と一緒に無言で食べた。 ボリボリ……ボリボリボリ…… ……硬い。ややもすると、歯が欠けそうなほど硬かった。ローマに住むにはたいそう丈夫な歯が必要なようだ。 ◇ホスティアが硬すぎる 3、讃美歌 「は、ハレェ〜ルぅ〜ヤァ〜、は、晴れ……」 ◇明日が晴れかどうかを賭けた 4、聖書朗読 「……」「……」「……」 「……」「……」「……」 「……」「……」「……」 ◇全然読めない 5、指輪の交換  それぞれの指に合わせて前もって作らせた銀製の指輪を、幼い(さん)()の姉弟がそれぞれ箱に載せて二人の元へ持ち寄った。  蘇芳が先に指輪を受け取り、それを儚那の薬指にはめる。儚那もそれにならった。 「おお……」 「えへへ」  同じ指輪を同じ指にはめ合う行為はなんとも言えない多幸感がある。嬉しそうに指を眺める儚那はとてもかわいく、これはやって良かったと思った。 ◇普通に良かった 6、誓いの言葉  これについては、聖書のそれらしい箇所を蘇芳が苦心して翻訳した。  神父役に指名された宮様(儚那の姉婿)が翻訳された木簡を持ち上げ、朗々とした声で読み始める。 「夫となる者、あなたは妻を、太れる時も痩せる時も、王である時も浮浪者になっても、死ぬまで愛しつづけることを誓いますか?」 「誓います」  蘇芳が謹んで答えた。 「妻はどうですか?」  神父がたたみかけると、 「ええ? う、う〜〜〜〜ん……」  新婦役の儚那がにわかに腕を組んだ。  焦る蘇芳の斜め後ろで、女官たちがヒソヒソと話し合う。 「ひい様、どうなさったのかしら」 「仕方ないわよ、ひい様はお金のない生活なんてしたことないんだもの」 「肥満体の浮浪者を一生愛せるかって唐突に聞かれたら、そりゃ迷うわよねぇー」 ◇新郎=誓います ◇新婦=長考 7、誓いの口づけ 「ふざけるな、断る!!」 「人前でそんなの無理ぃぃ!!」  両者照れすぎて叶わず。 ◇省略 8、砕いたビスケットを花嫁の頭にふりかける  いったいそこに何の意味があるのかと言いたくなるようなローマの風習であるが、これにより食べるのに困らない未来と、豊穣を引き寄せるのだという。  しかしパンと同様、ビスケットなどというものは王国に存在しない。そのため薄く伸ばした餅を焼いて、砕いてバラバラにしてみた。  それを頭に振りかけられ、 「な、なんかチクチクするなぁ……」  儚那はやや不快そうな顔をした。 ◇やや不快 9、ライスシャワー 「痛い痛い!」 「痛い痛い痛い痛い!!」 ◇左右から米と小麦を力いっぱい投げつけられる(計4キロ) 「…………」 「…………」  こうしてようやく終わった会場の隅で、憔悴し切った二人はぐったりと座り込んだ。   「……疲れた……」 「すみませんひい様……やはり儒教式でやればよかった……」  動くたびに髪と服からパラパラとこぼれ落ちる穀類が忌々しい。 「いや……指輪、は、嬉しかったし……うん……」 「……本当にすみません……」  床に散らばった無数の麦と米粒を見るにつけ、こんなことを日常的にやってのけるローマ帝国とは異様な国だと思うと同時に、西欧には多少の憧れがあったものの、正直もうローマには絶対に住みたくないと蘇芳は思った。 「ですがひい様、そのお衣装はとても似合っていますよ」 「そ、そう? えへへ」 「ええとても。あとで……」 「なに?」 「あっいや、何でもありません」  あとで脱がすのが楽しみです。  とは、ぐっと飲み込んで腹にしまった。

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