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ごちゃごちゃの糸を

 俺は悩んだ末に『coco touron』を訪れていた。今日は鬼崎さんが家で仕事をしていることは確認済みだ。  俺の顔を見知っている店員は軽く会釈しただけでスルーしてくれる。  真っ直ぐに厨房に向かい、目的の人物の背中に泣きついた。 「田米さん~っ、どういうことですか?!」 「あれあれ、葉助、歳下の男の子を泣かしたらいかんよ」  笑いながら入れられる梨穂子さんからの茶々。俺はばりっと引き剥がされると、ガタイのいい田米さんに見下ろされた。 「ちげぇよ。離れろ蓮太郎、話が全く見えないんだが? あと、来るなら事前に連絡入れろな?」  言われてから、はたと気がつく。そりゃそうだ。店舗勤務ではない田米さんは居ないかもしれなかったのだ。  しかし、それどころじゃなかった。  俺はわかってほしくて、鬼崎さんに弟がいたことをまくし立てた。  田米さんは片眉を上げて、梨穂子さんを見た。彼女も「わからない」というふうに首を傾げる。 「俺たちが知り合ったのは高校からだからなぁ。うーん、仕方ねぇな、雪乃を呼ぼう」 「雪乃さん?」 「おう、鬼崎の秘書をやってる。俺らよりも知り合い歴は短いくせに、やけに情報通なんだよ。鬼崎と仕事する時間が多いから知ってることもあるかもしれない」 「・・・・・・はい、よろしくおねがいします」  藁にもすがる思いだ。そういうことならと、俺は泣きべそで頭を下げた。  秘書の雪乃さんは三十分ほどで店に現れた。奥の席で待っていた俺と田米さんに手でひらりと合図を送ってくれる。 「お待たせしました。この子が例の?」  俺は美人な大人の女性に見惚れた。整った姿形の人間は性別関係なく魅力的だった。こんな人がいつも鬼崎さんの隣にいるのかと思うと、ぴりっと嫉妬心が疼いてしまう。 「うふふ、カワイイ」  俺の表情が固くなったのだろうか、彼女は微笑んでテーブルを挟んだむかいに座った。 「雪乃は鬼崎社長のことをどれだけ知ってる?」  黙っている俺の代わりに、田米さんが探りを入れる。 「たとえば?」 「家族構成とか、恋人のこととかだよ」 「んー、プライベートですか。社長は会社の外の姿を全く見せてくれないので、あまり。時々、隠しきれてないマイナスオーラが滲み出てますけれど、それくらいですね」 「なんだ、雪乃も知らないのか」 「その言われようだと、私は役に立たなかったみたいね。ごめんなさい」  ぼうっと聞いていた俺は、そこで我にかえった。  わざわざ来てくれたのに、失礼な態度を取ってしまっている。  俺は慌てて礼を言って、必要もなかったかもしれないが起きた出来事をペラペラと喋ってしまった。  雪乃さんは俺の話を聞いたあとに、思い出したように口を開いた。 「あら、でも写真といえば、社長もあなたの写真を持っていたわ」 「おい、それ暴露していい話か?」 「口止めをされました。でも、困っている蓮太郎くんを放っておけないですし。おかしいと思ってたんです。社長は仕事ができる上にあのルックスなんですから、好きだって言われたら男でも女でも喜んでオッケーするに決まってます。なのに、隠し撮りした写真を持ち歩くなんてストーカーじみた真似、全然似合わない。する必要がないもの」  鬼崎さんとは普通の始まり方ではなかったからか、なんとなく今さらで、判明した事実は俺の心には響いてこなかった。 「まあ、たしかに実際、俺はコロッと落とされちゃったわけだしね」  うつむいた俺に、雪乃さんが不思議そうな顔をする。 「社長はどうして、好きな人と恋愛関係を深く築くことを拒むんでしょうね」  俺も不思議に思った。けれど、当たり前に、テーブルを囲んだ三人では答えは出なかった。  親身になってくれた二人に礼をして別れ、俺がカフェから帰宅したのは夕飯どきだった。 「おかえり、蓮太郎。ご飯は食べてきた?」  優しい顔をした鬼崎さんに迎えられて、俺はふるふると首を横に振る。  首輪を取り付けるために鏡の前に立つと、おもむろに鬼崎さんが俺の後ろに立ったので、どきりっと心臓が跳ねた。 「甘いスイーツの匂いがするね」  びっくりした。八千さんの家に行ってきたのがバレたのかと思った。  鬼崎さんは留め具に苦戦していた俺の指に自身の指を絡める。  とても久しぶりの行動に頬が熱くなる。  鏡に映るのは曇り空色でも、青でもない、俺だけの緑の首輪だ。 「鬼崎さん・・・・・・お願い許可して、犬になりたい」  甘えたように伝えると、鬼崎さんは少し考えてから「いいよ」とキスをしてくれた。 「んむ・・・あ、う」  首輪を付けられて、裸に剥かれて、鬼崎さんに身体を差し出す。鏡に映る自分の姿から、俺はそんなことを妄想して興奮する。  ていでいえば妄想するまでもない現実に見えるのに、これは俺の独りよがりだ。 「わ・・・・・・う、くぅん」  許しを得た俺は乳首を弄られて鳴いた。  この日の愛撫はぞんざいではなかったが、暴走を抑えるためにわざとなのか、本気になっていないのが伝わる。  あえて俺の快感の芽を刺激しないようにやんわりと避け、慣らされた後孔に熱い肉竿の頭がめり込んだ。 「ふうぅ・・・・・・あ・・・・・・あ」  玄関の壁に押しつけられて立ったままの挿入。  久しく鬼崎さんのペニスを挿れていなかった俺のナカは狭くなっていて、今日はじっくり時間をかけて埋められていく。 「は、あ・・・・・・っ」  苦しくて、涙が伝うと、隠してしまう前にそっと拭われる。  ———優しい。だが鬼崎さんにとって優しさは嘘の仮面だった。  そのとき、ちらっと昼間に見てきたばかりの数ある玩具たちが頭をよぎった。 「鬼崎さん、ごめんなさい、今だけ喋ります」  俺はそう言って、辛そうに目を閉じていた鬼崎さんを見上げた。 「ねぇ、叩いてもいいよ? 痛くしてもいい、だから乱暴にしてよ・・・」  また怒られるだろうなと思う。それでも、ちゃんと俺を求めてほしかった。 「蓮太郎、何かあった?」 「何もないよ。ただ、ちゃんと抱いてほしいだけ」 「抱いてるじゃないか」 「・・・・・・だけどカタチだけな感じで寂しい。鬼崎さんはずっと上の空なんだもん」  俺の訴えに、鬼崎さんは黙ってしまった。 「俺は鬼崎さんが気持ちいいようにしたい」  そしてあわよくば俺が一番だと褒めてほしい。 「どうして、今だって充分気持ちいいよ?」 「そんなの嘘だよっ! だって鬼崎さんはセックスする相手を虐めるのが好きなんだよね? 傷つけたり、乱暴にしたりすると興奮するんでしょ?」  このことを、はっきりと口にしたのは初めてだった。  なんで言ってしまったのか、理屈では説明できなかった。  もちろん鬼崎さんを(おとし)めるつもりはなかったし、責めるつもりもない。心を無理やりこじ開けようとしないから、すでに見えている部分くらいは自分のものにしたかっただけなのだ。 「もうわかってると思うけど、俺は鬼崎さんを否定しないよ? 受け入れる心の準備はできてる。だから早く自分の性癖を認めて、諦めて素直になっ」  口を手のひらで塞がれて、言い切ることは許されなかった。 「受け入れるって、最初に俺を拒んだ君が言うのかい?」  痛みを堪えるような言い方だ。 「それがどういうことか、君は理解していないよ」  俺は初めて犯されそうになったときに鬼崎さんを拒んだ。  でもそれは過去のことで、今は違う。  俺が目で訴えると、鬼崎さんはこれまで以上に眉根をぐっと寄せ、俺の口にやっていた手を外した。 「俺が蓮太郎にそうすることを望んでないと言ったら?」 「じゃあ、俺が望む。嘘つかれてる方が辛いもん」 「・・・・・・わかった」  一つ、大きなため息を吐かれたのが合図になった。  俺のナカで息を吹き返した肉塊が内臓を押し上げた。 「んぐ、ふ、あ、あ」  さっきよりも苦しいと感じたのは体位のせいだった。  鬼崎さんは俺の足を軽々と両腕に抱える。足が床から離れて、背中で体重を支えているような体勢を取らされていた。  不安定なぶん、後孔に食い込んだペニスが奥深くに侵入する。その状態で体重をかけられ、壁とのあいだに挟み撃ちにされた身体は忽ち内臓もろとも圧迫されてしまう。 「アッ、ああ?!」  二つ折りになったまま腰を穿たれると、思いがけずに尿意が込み上げてきた。 「ん、ンン、うううっ!」 「蓮太郎? すごくお腹に力が入ってるね。もしかしておしっこかな?」  一発で言い当てたの見て悟った。狙ってやっているのだ。 「ここで出してもいいけど、前にもあったよね」 「んん、ンンッッ」  俺は首を横に振って拒否する。 「そう、それなら連れていってあげよう」 「アッ゛ああ」  鬼崎さんは俺を抱えて歩きながら、ゆすゆすと身体をゆすった。玄関からトイレまでは正味三メートルほど。苦しいと感じる距離じゃない。 「いい子の蓮太郎はトイレまで我慢できるね?」 「ンウウウッ、ヴヴヴ」 「ほら、トイレのドアを開けるよ」  だがあと少しで個室内に入るというときに、容赦なく膀胱周辺を突き上げられ、我慢していた尿が出てしまった。 「あ・・・・・・ああ」  しょろしょろと放出されていく黄色い液体。放尿の際に感じる恍惚とした心地と、絶望感がトイレの床に水たまりを作る。繋がりが抜け、床に降ろされた俺は立ち尽くした。 「四つん這いで待ちなさい。犬になりたいと言ったのは蓮太郎だからね」  俺はのろのろと手をついた。そうして幼児のように叱られ、自分が漏らした跡を拭かれるさまを見せつけられる。 「しっかり自分の粗相を見なさい」  ツンと匂う臭気。タオルに染み込んだ黄色いシミ。涙がぽろぽろとこぼれてきた。 「泣いても逆効果だよ、蓮太郎。頼むからこれ以上は興奮させないでくれ」  頭がパンクしたまま、俺はまた貫かれた。今度は犬の交尾だ。尻を叩かれているのかと思うほどに、肌どうしがぶつかり合う破裂音が激しい。  抉られるような挿入は、文字通り腹の中をめちゃくちゃに殴って痛めつける。気持ちいいところを完全に無視された無茶苦茶で乱暴なピストンだった。  それだけに飽きたらず、鬼崎さんは俺のペニスを力いっぱい握りつぶした。 「言うことをきけない悪い子はわかるまで教えてあげないといけない」 「い゛っ・・・・・・」  「蓮太郎のちんちんは、こうして握っておいてやらないとなんでも出てきてしまうもんな?」 「おしっこ、ちがっ」 「犬は喋るな」 「ひ、ウゥッ」  犬どころか、モノみたいな扱いじゃないか。  枝を折るような感覚で尊厳を踏みにじられる。勝手に湧いてくる羞恥心と悔しさで、愛情に混ざって怒りさえも覚えた。  一晩中、俺は鬼崎さんを挑発したことを後悔するべきなのか頭を悩ませた。  なぜなら気を失うまで涙は止まらなかったのに、俺のあそこは一度たりとも萎えていなかった。  ◇ ◇ ◇  ———手首、あざ。痛そう。翌朝に目覚めた俺はめちゃくちゃ他人事で自分の身体を眺めた。  鬼崎さんのベッドで寝ていたらしい。  朝起きな寝床の主は、とっくに隣にいなかった。  ぶかぶかなシャツ一枚でリビングに行くと、鬼崎さんは仕事をしていた。ドアの隙間からコソッと覗いていたのを見つかり、目が合った瞬間、俺は尻もちをついていた。  立ちあがろうとすると、膝が馬鹿みたいに笑っている。 「ほらね、もうやめよう。これからも一緒に暮らしたかったら、今後は軽率な発言は控えて」  足音が近づいて声が降ってきたので、俺は睨みつけるようにして見上げた。 「やだ、証明する」 「ん?」 「怖くないよ、俺は平気」 「蓮太郎」  厳しい表情は呆れた顔に変わった。 「好きだから、俺はやめないから」  言ってみるとなんてことはない。たぶん大丈夫と、よくわからない自信があった。  昨晩のあれは鬼崎さんの表面を舐めたに過ぎなくて、知ったかぶりの範囲内なのだと思うけれど。  こうやって宣言したのだって強がりだったかもしれないが、少なくとも、経験をした前と後で鬼崎さんへの気持ちに変化がなかったと、俺の中では証明されていた。 「好き、鬼崎さん」  俺は何度でもそう言える。

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