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急展開

 帰ると鬼崎さんが玄関で待ち構えていた。近頃は、彼は家で仕事をする。今どきパソコンとスマホがあればどこでも仕事はできると言うが、クリスマス商戦の真っ只中で忙しい時期のはず。  これまでは使っていなかった車を自分で運転し、毎日忙しく家から各所に出かけては、戻ってきて画面に向かっている。  田米さんや雪乃さんが共に仕事をしているのだから、俺が口出しすることでもないのかもしれないけれど。働き詰めなところを間近で見ると、不便じゃないのかと気になってしまう。 「おかえり、どこに行ってたの? また柚元さんとサビくんのところへ手伝いに?」 「うん」  正直に言えるわけないので、鬼崎さんも面識があって都合が良い動物病院カップルの名前を使った。サビたちには許可を得ており、万が一に確認をされても万全だった。  俺は首輪を嵌めてもらいながら、鬼崎さんの顔を窺った。  機嫌が良さそうで良かった。俺が別の男の家に上がっていたことは、たぶんバレてない。  ———よし。 「ね、鬼崎さん、おしっこ行ってきてもいい?」  俺の膀胱は限界が近かった。鬼崎さんはしゃがみ、俺のズボンのベルトを外す。  こっちも八千さんたちにバレてなくて良かった。  今日の俺は外出する前に勃起を禁止するための貞操帯を着けられていた。毎回ではないけれど、大学以外の外出時には頻繁に着けられている。  内側に短いプラグがあって、尿道に栓をされるものだ。着脱時は違和感が強くて苦手。だけど歯を食いしばって耐えると「いい子」と頭を撫でてもらえた。その点だけは着けられる価値がある。  しかし外で射精するつもりはないので良くても、排泄もできないのは不便だ。  外すための鍵を持っているのは鬼崎さんなので、数時間で必ず彼のもとに帰らなければならない。 「あれ?」  そんな鬼崎さんの声に下を向けば、引き抜かれたプラグから先走りの透明な糸が伸びている。 「外で興奮することがあった?」 「ちがっ、無いです、ごめんなさ」 「無いのに謝るの?」 「あ、いや、」 「・・・・・・これと首輪だけじゃ足りなかったかな?」  鬼崎さんは目元にぞくりとする微笑を讃え、立ち上がった一瞬で俺の肩を壁に叩きつけた。 「っう・・・・・・!」  脊椎を痛みと悪寒が駆け抜ける。だが、ひゅっと喉の通りが良くなり、堕ちた。喉元に滞っていた気持ち悪さがすとんと胎内に落ちて行った。  品格と厳正なルールがあって、お金持ちの主人に躾けられるドーベルマンのような、八千さんと臣さんのプレイとはまるで違う。  一線を越えれば危険が及ぶ。命懸けの綱渡りをしているみたいな緊張感にズキズキと縮こまっていた自身が膨らんで傷んだ。  この人になら喉に牙を突き立てられても、俺は性器を勃起させたまま死ねるのかもしれない。ひょっとすると、どぷどぷと情けなく吐精でもしながら、幸せを感じて息絶えるのかもしれない。 「うっ、うっ、ちんこが痛いよ」 「うん、これは苦しいだろうね。でも仕方がないね。気持ち良くなってしまったら、いつまで経っても躾にならないから」  けれども一度の暴力を詫びるように鬼崎さんの口調は丁寧で、浴室までエスコートされる。 「鬼崎さん・・・仕事あるんじゃ?」 「仕事は夜中にやるよ。どうせあまり寝られないから、夜中も時間がある。さ、おいで、先におしっこを出してしまおう」  浴室の鏡の前で服を脱がせられるが、慣れっこになりつつある俺は無抵抗で応じる。トイレではなく浴室のタイルの上に手と膝をつき、鬼崎さんに視線で許可を催促する。「してごらん」と、許しをもらい、ぶるっと背中を震わせ用を足した。 「いっぱい溜まってたね」  鬼崎さんは俺の腹をやんわりと押す。 「ふぅ、んん」  コーヒーをたくさん飲んでしまったので、そのせいだろう。  摩られるだけで、手を当てられている箇所がきゅんきゅんと疼いた。  尿を出し切り黄金色の飛沫が止むと、鬼崎さんがシャワーを手に取った。 「今日はちょっと辛いのに耐えようか。頑張れる?」 「わぅん」 「不服そうな声だね。どうしてもだよ」  返事は決められているのだから、この確認行為に意味はない。尿がついた手足と股間を洗われ、尿道まわりは入念にシャワーの湯がかけられる。親指と人差し指で割り開くように孔を拡げられ、狭い尿道の中まで湯が入ってきてしまいそうだった。 「ン、んんっ、んーー・・・・・・っ」  俺は身をよじる。けれど、シャワーヘッドを押しつけたまま強水圧にされないだけマシだ。  鬼崎さんは俺の大事なところを丹念に洗い、尻を撫でた。後孔を指でくすぐられ、つぷんと滑り込んできて、そのかすかな衝撃にきゅっと目を閉じる。  おそらく指は爪ほどの深さで止まり、湯をかけながら、クチ、クチ、と入り口ばかりを慣らしていた。  これでも気持ちいいのだが、じゅくじゅくと焦ったさが溜まる。 「ん、くぅーん、はぁ」 「ここからだよ」  俺の媚びた声を一蹴するかのように、鬼崎さんは見慣れない道具を目の前に晒した。 「今日は蓮太郎のお腹の中にお湯を限界まで入れてみたいと思う。どれくらい我慢できるか試してみようね」  ぞっとした。鬼崎さんの手にしていたのはコーヒー缶くらいはありそうな注射器のシリンジ。メモリを見ると、一番下には三○○CCと記載がある。 「本当は浣腸液が良かったけれど、今は手元に無いからね」  そう言いながら、洗面器に溜めた湯をシリンジで吸い込む。たっぷりと湯を吸ったシリンジは、四つん這いになった俺の尻の影に消えた。慣らされた窄まりに細長いものが差し込まれたのがわかったが、注入口は侵入してきても気にならない程度だ。 「いつも綺麗にするときとやることは変わらないよ。入れる量が多いだけ」 「んううっ」  腹の内側が温かくなる。  それが五、六回続けられ、しだいに下腹部が重たく苦しさを増していった。 「こんなものかな。じゃあ、漏らさないように蓋をしようか」  シリンジの注入口が抜かれ、反射的に後孔を締めた。  こぼしたら、絶対にお仕置きされる。 「ふっ、う、ふぁ、は、ぁ」 「ははは、いい子。お腹がぱんぱんで妊婦さんみたいだね。可愛いよ蓮太郎」  強張った状態でディルドを奥深くまで挿れられ、鬼崎さんは張っている腹をふざけるように押し込んでは撫でた。  ———苦しいっ、苦しい・・・腹が破れる。 「ひいいいっ、も、やめ、や、めてぇ」  わんと返事をする余裕が消えていた。  形が変わるまで腹を押されても、ねじ込まれたディルドのせいで下からは出せない。そうなれば迫り上がってくるしかなく、「ごぼっ」と濁音を漏らして胃の内容物を吐いた。  そうして俺は自身の吐瀉物の上に倒れた。  浴室内に酸っぱい臭いが立ち込める。鬼崎さんはようやくディルドを抜いてくれ、ゆっくりと立ち上がるとドアを開けた。  鬼崎さんの瞳の色は暗い。眉間に皺を寄せた苦悶の表情で俺を見下ろしていた。  俺の腹に湯を溜めているときは満足げだったのに、対照的に変わってしまった顔。  ———嫌だ。どうしてそんな苦り切った顔をするの? 満たされているとは程遠い。反射的に、ごめんねと口を突いて出そうになる。だが頭を上げると吐きそうで、腹を抱えたまま立ち上がれなかった。  この伝わってくる苦しみを、いつか自分の苦しみとして共有できるだろうか。  理解してあげられるだろうか。  心臓の鼓動が命の危機を覚えるほどに激しく鳴っていた。  それでもやっぱり俺は、たとえ死にかけたとしても、鬼崎さんと一緒に苦しんであげたいと思っていた・・・。  ◇ ◇ ◇  大学の講義中。バイブ着信が二度続き、俺はポケットの上からスマホを押さえた。着信の相手は、この時間に大学に行っていると知っている鬼崎さんじゃないと思う。  あと二時間程度で帰宅するのに、わざわざかけてはこないだろうし。 「急ぎのおつかいとか?」  牛乳が足りないとか、卵が足りないとか・・・・・・?  家にいる鬼崎さんが自分で買いに行けるけれど。 「何ぶつぶつ言ってんの」  隣の楠木に小突かれ、ひそひそと返事をする。 「ちょっと、気になる電話がかかってきてて」 「はいはい、講義中に惚気かよ」 「はぁ? ちげぇーし」  しかし、あながち嘘とも言えない。  今日は十二月の二十六日、鬼崎さんと一日遅いクリスマスをする。クリスマス商戦を終えたばかりだが、年末休暇に入るまで仕事は立て込むため、その前に時間を取ってくれたのだ。  難しいことを考えなければ、普段の俺たちの関係はまぁまぁ上手くいっている。年ごろの娘の父親並みにいろんな意味で鬼崎さんが過保護なため、愛されてる感は大いにあって、第三次無干渉期は乗り越えられたと言っても過言ではない。  まあ、要はつまり、今日が楽しみでたまらないわけで。 「ぅん? あ・・・またかかってきた」  俺は振動するポケットに手を入れた。 「急用じゃねぇの? トイレ行くふりして出てくれば?」 「おう、そうするわ」  三回も連続してかけてきた電話の相手が気になる。腰を屈めてこっそりと席を立ち、後ろのドアから講義室を出るとスマホ画面を確認した。 「なんだろう?」  ディスプレイに映された「八千」の名前に疑問を抱き、俺はすぐに掛け直す。 「八千さん?」 「蓮太郎くんっ、こんなときにごめんね。じつは、花枝さんが救急車で運ばれたんだ」 「え?!」 「義兄さんに連絡を入れてあげたいんだけど、俺は連絡先を知らない。若く見えてても歳は歳だし、万が一ってことをあるかもしれない。蓮太郎くんから義兄さんに伝えてあげてくれないかな?」 「けど・・・、俺たちが知り合いだったって言わなきゃいけないですね」 「う、ん、やむを得ないよ。頼む」 「わかりました」  そうして俺は電話を切る。  ———こういうのは、電話じゃなくて直接伝えた方がいいよね。  受けていた講義をそのままサボって家に帰ると、鬼崎さんは家でクリスマスの準備をしていた。  壁ぎわには小さなツリーが飾られ、キッチンに立っていた鬼崎さんはボールに入ったお菓子の材料をかき混ぜている。 「鬼崎さん」 「ん? この時間はまだ大学のはずだろう? 早かったね」  俺は鬼崎さんのそばまで行き、深呼吸をした。 「落ち着いて、よく聞いてね」 「ああ、うん?」 「鬼崎さんのお母さんが病院に運ばれたって八千さんから教えてもら・・・て、あ」  鬼崎さんは完全に思考を停止した顔をしていた。しかし、あれ? 想像よりも、静粛たる反応じゃないかな? 驚きのあまり、反応できないというやつか。 「八千って誰のことだ」  手にしていたボールと泡立て器を置き、発せられた問い。俺は首を傾げた。  訊きたいのはこっちの方だ。  待って、なんで? どういうこと? 「義理の弟さん、宏紀さん」  八千さんの下の名前を出すと、鬼崎さんの顔色が変わった。 「義弟を知ってるのか?」 「その話の前に花枝さん・・・っ、お母さんのところ行かないとっ!」 「大したことないだろうから行かない」  断言され、俺は目を見張った。 「どうして判断できるの?」 「初めてじゃないからだ。最近は呼び出しが無かったが、母はアル中搬送の常習犯だ」 「見えない・・・・・・」 「常に飲んでなきゃいられないわけじゃないからな。しかし些細なストレスで一気に潰れてしまう。一滴飲んでしまうと手がつけられなくなる。何がそんなに辛いのか、母本人じゃないから知り得ないが」  鬼崎さんは額を激しく掻いた。苛立ちを募らせていると一目でわかる仕草だった。 「とにかく俺は母さんの容態はどうでもいい。義弟(あいつ)はなんだって今回ばかりは連絡を寄越す気になったんだ? 蓮太郎がフードフェスで母さんと二人でいる場面を目撃したことがあるから、面識があるのは知っている。なぜ未だに交流がある? 義弟とは、どうやって知り合ったのかを聞かせてもらおうか?」  矢継ぎ早に質問を投げられ、俺は答えに詰まった。  この時まで、花枝さんとのやり取りを目撃していたと黙っていたということは、俺が白状するのを待って、穏便に済ませようとしてくれていたのだろう。  今は頭に血が昇り、それどころじゃなくなっている。  是が非でも、教えてもらう。そんな揺るぎない気迫を感じた。 「フードフェスの日は本当にごめんなさい・・・」 「隠れて観に来ていたことはこの際いい。俺が知りたいのは」 「ぅ、うんっ、わかってる」  迫ってくる鬼崎さんはすらりとしているけど背が高いから、本気で凄まれればちびってしまいそうだ。見下ろされて影になった顔が暗くなり、熊みたいに重低音の効果音がつけられそう。  ———いやいや、現実逃避をしている場合ではない。  けど、なんだろ、苛立ちを隠さない態度を見ていると、鬼崎さんの本音が透けて見えてくるような感じがする。 「話すから座って」  俺は彼の身体を押しやり、ソファに押し込む。 「あのね、フードフェス会場で花枝さんと会ったときは鬼崎さんのお母さんだなんて知らなかったよ。落とし物を探してて、困ってた様子だったから手伝ってあげただけ。後日にお礼がしたいってご飯に誘ってもらって、八千さんと初対面した」 「信じられない。二人はすでに親子じゃないはずなのに」 「鬼崎さんのこと、ずっと気にかけてたって・・・。昔に何があったのかわからないけれど心配してたよ?」  一瞬、八千さんの部屋で見せられた玩具のことが思い浮かび、ぐっと呑み込んだ。今は俺が話す番で、鬼崎さんに訊く時間じゃない。 「それで?」 「えっと、それだけ。花枝さんが探してたのはちっちゃなポーチで、中に入ってたのは通帳だったんだ。俺、そのときはお金に関するものだからそりゃ大切だよなって。見つかって良かったですねって話して終わった。常に連絡を取り合ってるわけじゃないよ」  すると、鬼崎さんは見るからに脱力した。 「俺ことは他に何か言っていたか?」 「うーん、自慢の息子がいるって話してくれたけれど、そもそも俺は鬼崎さんのお母さんだって知らないで接してたから。詳しいことは特に」 「そうか・・・・・・そうだったか」  鬼崎さんは自分に言い聞かせるみたいに溢し、頭を抱えてしまった。 「ね、鬼崎さん。病院に行っておいでよ。八千さんがわざわざ俺経由で連絡を頼んだのは、もしかしたら鬼崎さんに会いたかったからなんじゃない?」  この人の苦しみの根底は相変わらず不明なままだし、俺が口出しして良いことじゃないのかもしれないが、俺は思うよりも早くに口にしていた。  こうすることは、皆んなにとって間違いではない気がするのだ。 「・・・・・・わかった、行ってくる。蓮太郎も入り口まで一緒に来てくれないか?」 「うん、もちろん」  今の会話の中のどれかの要素が、鬼崎さんの心を動かしてくれたようだ。俺は寄り添うように、その手を握った。

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