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それぞれの落としどころ

 年末に差し迫った時期といえど、病院を訪れる人の往来は忙しない。ロビーの全面ガラスから送迎バスの行き来を眺めて待っていると、鬼崎さんは気難しい面持ちをして戻ってくる。 「ははは、ひどいツラ」  あーあ。人情ドラマでもあるまいし、そう簡単に和気藹々といかないとは思っていた。  とはいえ、子どもが泣き出してしまいそうな顔は良くないな。俺は鬼崎さんの頬を両手でむにっと持ち上げた。 「帰ろ?」 「会いに来た結果を訊かないのか」 「教えたくなったら、教えてよ。それでいいよ」  鬼崎さんは目を丸くして、「わかった」と視線を伏せた。  病院に向かった時間が三時ごろで、家に着くと八時を回っていた。途中、帰り道にスーパーに寄り、チキンや惣菜を買い、家の中はすっかり真っ暗だった。  クリスマスディナーの準備を放り出してしまったので、キッチンの作り掛けのボールの中身が中途半端で放置されたまま。  キッチンを適当に片付け、値引きシールが貼られたパックをテーブルに並べていると、後ろから腕を肩に回されハグをされた。  鬼崎さんが俺に体重を預けてくるなんて珍しいこともあるもんだ。 「どうしたの、疲れちゃった?」 「蓮太郎、ケーキの準備出来なくてごめんな」 「ん? いいよ、今日は大変だったんだしさ、ね」  そう返したが、鬼崎さんは黙り込み、俺から離れない。 「鬼崎さん、他に言いたいことがある?」  声をかけると、俺を抱き締める腕に力がこもった。 「何を言っているのか理解できないと思うけれど、聞いて欲しい」 「うん」  俺は食事の準備をする手を止め、鬼崎さんの手に触れた。 「・・・・・・しんどいんだ」 「うん」 「昔について考えることも。家族について考えることも。本当はここで暮らしていることも。俺は家族だった人たちと離れないと、昔を引きずって変われないままだ。俺は普通でありたいだけなのに」 「・・・うん」  俺は「うん」しか言えないインコかロボットか。  ぼんやりと見えてきた、鬼崎さんを取り巻いている暗い背景。彼の抱えているものは深すぎて、俺には苦しみ自体を消してあげることはできない。  それが悔しい。・・・でも俺は鬼崎さんの望む「普通」を足蹴にしてやれる度胸、この場合で言うなら「愛情」は持ち合わせてる。鬼崎さんがどんな人になろうが、俺の気持ちは左右されないんだってことをちゃんと伝えなきゃいけない。  俺は振り向いて笑った。そうするべきだと思ったからだ。 「普通ってなんだろうね。これまでどおりでいいんじゃない? 今のところはさ」 「それじゃ・・・、これまで以上に蓮太郎に酷くあたってしまうかもしれない。今は抑えられていても、いつかは」  鬼崎さんはまるで怒ったように眉間に皺を寄せる。 「いいよ。苦しくなったら、いっぱいいっぱい拒絶していい。でも、その相手は俺にして? もう自分自身を責めないで。俺は鬼崎さんのためだったら、いくらでも怒りや鬱憤の捌け口になれるから」  真っ直ぐに見つめてそう言うと、鬼崎さんの瞳が揺れた。  口をつぐみ、反論の言葉を探しているのだろう。納得してない顔。そんなんでいいわけがないと、顔一面に書いてある感じ。  俺は言葉にしたら、すとんと腑に落ちた。 「それにね、普通普通って言ってるけど、俺だってすでに普通じゃないんだよ? エッチで酷くされてるとき、いつも俺が興奮してるの知ってるでしょ。鬼崎さんが普通になっちゃったら、俺はどうすればいいんだ」  ふざけたふうに装って睨むと、苦悶の表情から剣が取れて、みるみる困った表情になる。 「ね、しよっか。たまには優しく抱いてもいーよ?」 「・・・普通は逆だろ」 「普通じゃないからいい」 「クリスマスは?」 「後にしよ」 「わかった」  鬼崎さんの手がいつになくしおらしく俺の頬を包んだ。合わさった唇はかさついて震えていた。  辛いと告白してくれたのに、苦しいことを強要しちゃう俺も大概最低なんだろう。  ごめんね。鬼崎さん。鬼崎さんが悩む必要なんて無いってこと、いつかわかってくれるだろうか。  安心してね。大丈夫だよ。ずっとそばにいるよ。これが俺の幸せだから。こんなふうに、鬼崎さんにも俺がいないと生きていけないようになって欲しいと思うんだよ。

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