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こころざしぐらぐらな春④

 この数日で改札口のおばさんに定期券を見せるのにも慣れてきた。流れに従い駅舎から吐き出されたところで、 「おっはー」  ドンと背中を押された。 「い……って!」 「なんだよ裕太、いたんじゃんか。何両目乗ってたの」  良樹(よしき)君。幼稚園からの腐れ縁は中学で終わりだと思ったのに、予想に反し腐れ縁延長となってしまった。首をがっつりロックされて、堀越くんを目で追うことも出来ない。 「一両目……っていうか苦しい、放してよっ」  そしたら急に手を放されたものだから、ぼくは支えを失い無様にもアスファルトの上に転がった。打ったお尻を擦りながら立ちあがり周囲を見回すと、好機の目や迷惑そうな目が通りすがりに見ていくばかりで、堀越くんの姿はどこにもない。ついさっきまでぼくの後ろを歩いていたはずなのに、煙のように堀越くんは消えていた。  目の前に無骨な手のひらが差し出される。 「ほら、こんなとこでぐずぐずしてっと、邪魔になるから」  屈んで覗き込んでこようとする良樹君を無視して自力で立ち上がる。なんか気味が悪いんだよな。元々、良樹君はカーストの頂点に君臨する人で、ぼくはカーストの最下位どころか人間以下……庭石をひっくり返したらそこにいた虫ケラの様な存在なのではないのか。  良樹君はぼくの肩に腕を回し、凭れるようにして歩き出した。 「同じ中学出身で上のクラスって俺らだけじゃん、仲良くしようぜ」 「藤井さんもいるじゃない」 「あー、ヤツはない。『学校には勉強しに来てるだけだから人間関係で無駄にエネルギーを消耗したくない』だってよ。まったく、女の癖に可愛げがひとつもねえよな」  聞いててげんなりした。どこまでも良樹君は、選ぶ側の人なんだなぁと思った。  入学してみて驚いたのは、クラスのほとんどのメンバーが高校のあるこの町の出身者だったこと。だから、入学当日には既にクラスのなかには大きな仲良しグループが完成していて、町外出身者にはとりつく島もないと思われた。そんな中で良樹君はなんとかクラスに彼中心の勢力を作ろうとしているのだろう。 「一人でいたらずっと一人。だけど二人で楽しそうにやっていれば、自然と周りに人が集まってくるもんだ」  なるほど。平時はぼくなんかと付き合っても何の得にもならないけど、今なら枯れ木も山のにぎわい、庭石の下の虫けらでもいないよりはマシなのかもね。  昼休み、ぼくは良樹君を中心とした数名のグループに混じって弁当を食べていた。右から左から冗談軽口が飛び交う中、ぼく一人だけ黙々と箸を動かしていても、特に咎められもせず。居心地は案外悪くない。何より、自分の席に着いて堂々と弁当をひろげられるのは有り難いことなのかもしれない。四時限目が終わった直後うっかりトイレにでも行こうと席を離れれば、戻ってきたときには知らない女子がひとに無断でぼくの席をぶん取っていたりする。仕方なく空いている席を使わせてもらおうとするとその席の主が戻って来て「ここ俺の席なんだけど」って追い立てられたり。だけど今日は、良樹君がテキパキとぼくの机を逆向きに動かし、良樹君の机や周辺の机とドッキングさせて仲間の人数ぶんの島を作ってくれたお陰で、席が確保された。  これはこれでクラス内の安住の地……なのだろうが、思っていたのとなんか違う。ぼくは高校進学とともに過去の人間関係を清算して自力で新しい仲間を見つけるはずだったんじゃないのか。結局のところ良樹君なんかの世話になって……。でも、入学以来ずっと堀越くんと登下校をしてきたのだから、今更言えた事ではないか。堀越くんだって、約十年のブランクがあるとはいえ、過去の人間関係に組み込まれた一人といえるだろう。あーあ、ぼくって奴はいつどこでもこうなのかな。自分自身の力ではなーんも出来ない。一人きりでほっとかれていればずっと一人で、誰かの気に留まった時にだけお仲間に加えてもらえる。それで用が無くなったら即切り捨てられるのが、お決まりのコースだ。今ここにいられるのも、当たり前と思っちゃいけない。生殺与奪の権は良樹君が握っていて、他にもっと良さげな仲間が見つかった途端、ぼくはニュートンのゆりかごやビリヤードの玉みたいに、ポーンとグループから押し出されてしまうのだろう。  良樹君の肩越しに藤井さんがサンドイッチを食べているのが見える。見事に孤立していてもどこ吹く風といった感じだ。窓に目を移すと、視界はみっしりと杉林に覆われた急斜面にほとんど覆われている。ここは四階だけど、学校全体が山に面しているせいで眺望は悪い。そういえば堀越くんは今頃どうしているだろうか? 進学クラスである七・八組以外の一年生の教室は全て一階だ。そこから見えるのは、きっとほとんどスペースのない前庭と、学校の敷地と山に挟まれた道路くらいだろう。けれど道路を車や人が通るのが見えるだろうから、ここよりは退屈しないかもしれない。  多分、今日の帰りはぼくは一人きりだ。甲手を直しに武道具屋に行かないと。その店には中学時代に車で二、三度行ったきりだ。確か、駅前通りを北に進んで、突き当りの大通りを右。道なりに進んで行くと町の外れの辺りにポツンと建っているはずだ。学校からだとかなり遠回りになるが、土地勘がないぼくには分かりやすい道順で行くのがベストだと思われる。

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