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夏は合宿⑤
家を出る時には既に、真昼のように日が照りつけていた。晴れてさえいれば、一年で一番日の長い時期だ。たった数分間チャリを漕いだだけで、汗だくになった。
電車はボロいけれど、エアコンは異常なまでによく利く。冷風がたちまち火照った身体を冷やし、シャツを乾かしていく。暑い日の方が車内は快適だ。
「おはよう」
「おはよ」
「昨日はありがとうね。これ、駅に届けてくれたんでしょ?」
増田くんはいつものように肩に斜め掛けしたスポーツバッグをポンポンと叩いた。
「どういたしまして。っていうか、むしろごめんね。大事なもんが入ってるっていうし、俺が勝手に預かるのもなって。雨の中、自分で駅まで取りに行かせちゃったかな?」
「ううん。さすがに、お母さんの車で連れてってもらった」
吊り革から右手を離し、手のひらを増田くんに向ける。増田くんも手を上げ、俺の手のひらに打ち付ける。毎朝やってることだけど……。
「どうかした?」
「いや。増田くんって、手が大きいんだなって」
「そうかな?」
手の位置を少しずらして、手首のところをぴったりと合わせる。やっぱり、身長の差ほどには手の大きさの差はない。俺の人差し指の、上から三分の一くらいのところに増田くんの指先がある。
見上げてくる、増田くんの目の高さが、以前よりも高いような気がする。増田くんは俺の手を取り、手相でも見るかのようにしげしげと眺めた。
「でも、やっぱり堀越くんの手の方が大きい」
「増田くんって、今、身長何センチくらい?」
「さぁ。春の健康診断の時は百四十八だったけど、最近は測ってないから」
「背、伸びたんじゃない?」
「マジで? やったぁ」
屈託なく笑う、増田くんの頭の上に、ポンと手を乗せてみた。髪の毛、ふわっふわ。手櫛で梳かすと、撫でられるのが大好きな犬のように、嬉しそうに見えた。けど、そう見えただけかもしれない。
電車が揺れて、よろけた増田くんを抱き寄せて、受け止めた。そんな行動も不自然には見えないくらい、今日も車内はぎゅうぎゅうに混んでいる。
俺の腕の中、増田くんはごく自然体で、好きな深夜アニメがもうすぐ最終回だと話した。無防備な増田くん。だが、完全に俺に心を許している「ように見える」……のは、俺の願望がものの見え方を歪ませているだけなのかもしれない。春休み、本屋の入り口でふと目が合った時から、俺は勘違いをしているだけなのかも。
ほぼ学生しか乗っていない車内は、とても平和だ。陽気なお喋りと笑い声に満ちている。電車が揺れる度に誰かと肩が触れるが、誰も謝らない。そもそも、緩和すべき緊張感のない空間では、謝る必要がない。
そんな平穏な空間の中で、電車が揺れることにかこつけて増田くんの腰に腕を回しているのは、後ろ暗いことのような気がしてきた。そろそろと手を引っ込めた……ところが。不意に、肋骨の一番下辺が、ぎゅっーっと締め付けられた。え……ちょっと……? 増田くんはそっぽを向くようにして、俺の胸に顔を埋めていた。
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