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夏は合宿⑧

 体育館のぬるい床に二人で寝転んでいると、俺のクラスの奴らが遊びに来た。ステージ横の倉庫からバスケットボールを籠ごと引っ張り出し、こっちに声をかけてきた。 「堀越ー、一緒にやらね?」 「腹一杯でむり。動けない」 「ははっ、デブるぞー」 「デブらないって。なぁ?」  俺が問いかけると、増田くんは寝返りを打って腹這いになり、そして起き上がった。 「バスケしてきたら? ぼく、ここで見てるよ」 「増田くんは?」 「ぼくは球技って全然ダメだから。でも堀越くんがバスケしてるとこ、見てみたいなぁ」 「そう?」  バスケっていうか、ノックアウトっていう遊びをするだけだ。フリースローラインから一列に並び、交代でシュートをしていく。後の奴に自分よりも先にシュートを決められたら失格し、列から外れる。最後まで列に残った奴が勝ち。単純なゲームだが盛り上がる。いつの間にか他のクラスの連中や上級生までやって来て、待機の列が長くなる。そのうち隣のコートでもやり始めて、どの列が最後まで残るかの競争になる。  俺は適当な所でわざと失敗して列から離脱し、増田くんの隣に戻った。 「ごめん、淋しかった?」  体育座りをしていた増田くんは、膝の上に組んだ腕に顔をのせたまま俺を見詰めた。好意の溢れた眼差しに、気分が高揚する。 「超淋しかったー、なんてね。こんなことなら、スケッチブック持ってくれば良かったなと思って。堀越くんがシュートしてるとこ描くのに」 「それは恥ずかしいな」 「堀越くんでも見られて恥ずかしいって思うの」 「そりゃ思うって。好きな子から熱烈な視線で見詰められたらね」 「ヤバい、ぼくそんなにジーッと見てた?」 「見てた見てた」  そんな交歓が隅っこの方で行われていることに、誰も気づかない。こんな時、自分が男で増田くんも男に生まれた事をラッキーだと思う。男と女だったら、ちょっと話しただけでも周りが放っておかないもんな。  正式に恋人として付き合うことになったとはいえ、日々に特別大きな変化があったわけではない。一緒に過ごす時間が以前よりも少し増えたくらいだ。  こっそり手を繋いだりキスしたりする時でもない限り、俺たちはおおっぴらに寄り添っている。かといって、奇異な目で見られることはない。世の人々にとって俺たちの様な奴らは存在し得ないものだから、すぐそこに居たとしてもなかなか見えないのだ。  日々があっという間に過ぎていき、まだ先だと思っていた期末テストがやってきた。テスト期間は昼上がりだが、真面目な増田くんは遊びには行かずに家で勉強をするという。電車の中でも一切喋ることなく、参考書や単語帳とにらめっこ。その甲斐あって、増田くんは文系科目で学年一位を取った。俺はといえば、当たり障りのない成績をキープした。  テストの結果が出たら、今度は二者面談だ。中学時代とは違い、保護者を連れて来なくて済むだけ気楽でいい。  担任のムーミンは、帳簿と俺の成績表とに時間をかけて目を通した。それだけで面談の時間が半分は過ぎたと思う。成績は可もなく不可もなく、善行をしないかわりに悪行もしない。そんな取るに足らない生徒と十分も対話するのは、かえって大変そうだ。と、少しの憐れみを覚えつつ、俺はムーミンが口を開くのを待った。  ムーミンは書類からやっと目を上げると、老眼鏡を外して俺を見た。 「希望の進路は、就職ということでいいのかね」 「はい」 「進学する気は?」 「いえ、親に迷惑をかけたくないんで」 「それは殊勝だね。だが、その気があれば奨学金をもらうという手もあるが」 「奨学金も所詮、借金なので。文系は大卒でも潰しが効かないっていいますし」 「勿体ない。勉強をしている様子のない割には成績がいいし、春休みの課題の『地獄変』のレポートもなかなかよかったのだが」  ムーミンは片頬を歪めてシニカルに笑った。あのレポートは増田くんと一緒に考えて書いたが、ほとんど増田くんの功績のようなものだ。どうせ、内容まで真面目に読まれはしないだろうと踏んで、俺達は全く同じ文章を書いて提出した。とりあえず最後の行まで埋まっていればよし。何しろ、教師にとっては新入生総勢三百二十人ぶんもの宿題だ。丸写しだってバレやしないと思った。  俺が答えないでいると、ムーミンは言った。 「君にその気があるのなら、来年度のクラス編成会議の際に、君を進学クラスに編入させるよう推薦するのだが。どうだね?」 「俺には無理です」  するとムーミンは目を皿の様に見開き、机に両手をついてこっちへ身を乗り出した。 「君が最近、七組の一番小柄な生徒……増田君といったか……彼と一緒にいるのをよく見かけるのだがね。いじめ防止アンケートにも友達だと書いてあったし、随分と仲が良いようだが!」 「えっ……」  焦った。ムーミンはあまり積極的に生徒に関わる方じゃない。教室にいるのはホームルームと担当の授業の時だけで、用が済んだらそそくさと職員室に引き上げてしまう。そんな無気力教師が教室内の人間関係どころか、自分の生徒と他のクラスの生徒の交友関係を把握しているだなんて意外過ぎる。 「……なんて言うから、お前ら付き合ってるのかと聞かれるのかと思ったら、『私は毎朝、増田君とにらめっこをするのだよ』だってさ。一体、何のことだ?」  帰り道、増田くんに二者面談の顛末を話したら、増田くんは笑いだした。 「あー、毎朝駅のホームで電車待ちしてるときに、道路の向こうからジーッとこっちを見てくる人、岡田先生だったんだ」 「ジーッと? あぁ、そういや増田くん、いつも朝電車に乗ってくると、まず窓の外見るよね」 「岡田先生、毎日あそこの自販機で何か買って飲んでるんだよ。入学式の日から毎日目が合う」 「七組の現国の担当ってムーミンなんだっけ」 「そ。実は昨日、授業の後に岡田先生に呼び止められて、堀越くんと仲いいんなら真面目に勉強して進学クラスに入るよう説得してくれって言われた」 「マジで?」 「マジで。ねえ、ぼくたちの事、岡田先生にバレてるのかな?」 「いや。もしバレてたら、他にもっと何か言うことあるだろ」 「それもそっか」  そう朗らかに言った増田くんだが、急に神妙な顔つきになって俺を見た。 「どうかした?」 「あ……あの。あのね、夏休みの予定、堀越くんはどうなってるのかなって」 「予定?」  何だか妙だなと思いつつも、俺は増田くんの問いに答えた。 「今のところ、バイトくらいしかないかな」 「そっかぁ。ぼく、確認してみたんだけど、夏休み中に遊べそうな日が意外と少なくって。まず、今月末には合宿があって。で、来月はお盆があるでしょ? その間は家に親戚が集まるからダメで……。でも、お盆が明けたら学祭準備のための登校日があって、その他にも進学クラスは課外授業があるし。それと美術部の日帰り研修旅行。宿題もどっさり。だからまとまった日数遊べそうなのって、八月の二日から八日の週くらいかなぁと思って」 「ふーん、二日からの週な……その間にどっか行く?」 「といっても、ぶっちゃけ、ぼくそんなに小遣いに余裕が無いから、行けるところって限られてるんだよね」 「うん。俺も正直、あまり金は持ってない」 「えーと、だからなるべくお金をかけないで二人一緒に過ごせる方法って考えたんだけど。あの……その……」 「なに?」 「ぼくん家でお泊りするとか……だめ?」

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