19 / 24

夏は合宿⑬

 一年生の夏休みはもっと自由に過ごせるのかと思ったら、そうは問屋がおろさなかった。まず農作業がある。うちの畑は今が一年で一番手のかかる時期だ。ぼくん家は農家ではないのだが、父方の祖父がうちの為に遺してくれたちょっとした広さの畑があるのだ。  父が亡くなって世話をする人がいなくなってからは、父の姉達が代わる代わるやってきては世話をしてくれていた。だが、伯母さん達も歳でしんどくなってきたし、長男のぼくが大きくなったんだから(背は妹よりも小さいけどね!)ぼくが父の代わりを果たすべきだっていう事になった。学校がある期間の平日はだいぶ大目に見てもらっていたけれど、夏休みとなれば容赦されない。早朝の四時から伯母さん達が合鍵で玄関の鍵を開け二階のぼくの部屋まで乗り込んで叩き起こしに来る。そしてナスやトマトの収穫や草むしりを強制してくるのだ。畑があるおかげでうちの生活費はだいぶ浮いているはずだし、伯母さん達は自身も農業をしていてうちにたまごやお米をくれたりするから逆らうに逆らえない。三人ともめちゃめちゃ恐いしね。しかし、平日朝の日課にしていた早朝学習が出来ないのはかなり辛いものがあるけど……。  それに、課外授業もある。昼上がりだけど講義はガッツリと中身が詰まっている。国語、英語、数学については一年生で三年生までの単元を終わらせるのが目標だというのだ。  わざわざ電車に三十分も揺られて学校に来ているのだから、部活にだって参加しないと勿体ない。……といっても、参加率は物凄く低く、いつも美術室には部員の姿は一人、二人しかないくらいだ。顧問の先生からはせっかくだから学祭や秋の芸術展に出す作品でも作れば? って言われているけれど、うーん。基本的なデッサンだってまともに出来ていない状態で作品を作るったって一体どうやって?  堀越くんは、夏休みの前半は図書委員の当番の日しか登校する用事がないという。連日バイトを入れて昼夜逆転の生活を送っているそうだ。だからぼくはほとんど毎日一人で通学している。  夏休み中の電車内は閑散としていて、いつもは立ったまま堀越くんとお喋りしていればすぐに過ぎてしまう到着駅までの三十分がとても長く思える。おかげで車窓から見える風景を今までになく堪能出来るけど。道程の三分の二は田んぼに埋め尽くされた広大な平地を走るが、残りの三分の一は山の合間の曲がりくねった道を通る。雲ひとつない真っ青な空となだらかな山地の稜線とのキッパリとした境目に目を凝らしていると、その山の向こうの世界は存在していないのではないかという気がして途方にくれてしまう。視線を反対側の車窓に移す。線路際に見える段々畑に生える超小型のヤシの木のような奇妙な形の植物は蒟蒻芋だ。収穫出来るほど育つには数年かかるって、小学校時代に社会科の授業で習った覚えがある。  家に帰ったら大急ぎで小腹を満たして支度をし、また家を出る。夏休みが始まってすぐにコンビニでバイトを始めたのだ。仕事に慣れる為に休み中は週五でシフトを入れた。店長夫妻もバイトの先輩たちも常連のお客さんたちもみんな良い人で、思ったよりも楽しく働けている。けれど、毎日こなさなきゃいけない膨大な量の予習復習や宿題と両立するのは容易ではない。  それから、一泊二日の進学合宿! これは主に七組と八組の生徒が強制参加させられるもので、山奥の僻地にある施設に泊まり込み、朝の八時半から夜の十時までずーっと勉強をし続けるという地獄のスパルタ合宿だ。本来なら三、四泊くらいするのを今回は施設の都合で一泊に短縮されてしまい、それで根を詰めて勉強をするというよりは同級生が勉強している姿を見てやる気を出し家庭学習の習慣を作るというのが最大の目標なのだそうだ。普段から家庭学習をバリバリやるぼくには必要なさそうな行事だけど、参加しないと来年度は一般クラスに落とされてしまうという噂があってサボるという選択肢はなさそうだったのだ。実際、クラスメートのほとんどは欠席しなかったし、一般クラスの人とみられる見かけない顔もちらほら参加していた。一日中勉強し続けること自体はいいけど、それよりも集団生活の部分がぼくには苦痛だ。男だらけで一つの部屋に寝泊まりするのは、プールの授業同様にぼくにとっては苦行すぎた……。  とまあそんな感じで、要するにぼくの夏休みは勉強とそれ以外の両立で毎日がきりきり舞いだった。休暇中とは到底思えないほどに一息つく暇もなく何かある。ぼくは堀越くんと約束した八月一週目の「合宿」を楽しみにというか頼みの(よすが)として次々と襲い来るイベントに当たって砕けるしかなかった。  たまの楽しみは堀越くんと電話で話すこと。電話を掛けるのはぼくの方からもあれば堀越くんからの時もある。ぼくから掛ける場合は堀越くんが家にいて起きている時間を見計らえばいいけど、堀越くんがぼくん家に掛ける場合は母や妹や伯母さん達が電話を取ってしまうと五月蝿いから、まず堀越くんが二回コールを鳴らして切り、それを聴いたぼくが堀越くんにかけ直すと決めた。これじゃぼくの方に電話代の負担がかかるって堀越くんは難色を示したけれど、ぼくは家族に一々茶々を入れられて気まずくなるよりはこの方がずっといいと熱弁して堀越くんに了承してもらった。  夜、家に帰り着いたタイミングでちょうど堀越くんから電話が掛かってきた。 「もしもし、堀越くん?」 『おー、増田くんはバイト終わったとこ?』 「今帰ってきたとこ。堀越くんは今から仕事?」 『うん。出かける前に、ちょっと増田くんの声を聴きたくなった』  ぼくも堀越くんの声が聴けて嬉しい。そんな他愛のない会話だけだって、ぼくは一気に疲れが吹き飛んで元気が湧いてくるんだ。ぼくは堀越くんと、バイト代が入ったらお揃いのポケベルでも買おうと約束した。

ともだちにシェアしよう!