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夏は合宿⑭

 八月の第一火曜日から木曜日まで家に友達を泊めたいと言ったら、妹はあからさまに「マジで?」って顔に書いてあったし、母はといえば、 「堀越君? お母さん知らなーい。何で良樹君じゃないの? わざわざ同じ学校行った仲なのに〜」  などと言った。良樹君とはそんな仲じゃありません! 同じ学校になったのは偶々なの! 塾で受けた模試の結果が予想外に悪かったから急遽進路をM高から○✕高に変えたなんていう彼の事情なんかぼくは知らなかったんだから。  知らない家の子を家に泊めるなんてと母は言ったけれど、高校生にもなる息子の交友関係をすべて把握している母親がいたらその方が遥かにキショいという点で妹と意見が一致した為に図らずも母を納得させることに成功してしまった。  夏休みとは思えないほどに多忙な毎日を過ごしつい後回しにしてしまったけれど、堀越くんとの「合宿」の日が目の前に迫り、ぼくはやっと家の中の片付けに着手した。長年母子家庭で家の中が散らかっていても文句を言う人も(伯母さんたち以外は)いなかったので、家の中は荒れ放題だ。去年までは一緒に暮らしていた認知症の祖母に汚されたトイレとかも必要最低限の掃除……便座を拭くだけ……で放置だったから、この機会にどうにかしないと。だがこんな時に限ってなんだか喉の調子が悪い。夏風邪だろうか? 掃除中に埃を吸い込んで悪化させませんように。待ちに待った「合宿」は明後日なんだから。  小一時間ほどかけて一人でトイレ掃除をした後、ふとトイレ前の廊下の片隅に本が山と積まれているのが目に留まった。これまで全く気にしていなかったがずっとそこにあったそれは、下半分は妹の小学校時代の教科書だったが、その上に積まれているのはまだ新しそうな紙質の漫画本だった。たぶん、妹がトイレにだらだら長居する時に読む用なんだろうと思う。一番上の一冊を手に取ってみた。表紙の絵は綺麗めの『るろ剣』……これはよく本屋の奥まった所にある人気漫画の偽物だろう。ぼくは誤って『セーラームーン』のを買いそうになったことがある。表紙の絵がアニメや漫画よりもずっと綺麗で上手に見えて、こんなすごいセーラームーンもあるんだなと思って開いてみたら、中身はとても言葉には出来ないアレなやつだった。この綺麗めの『るろ剣』も中身はろくなもんじゃないのかもしれないが、表紙に女の子はいないし、本物とは別の漫画家の描いたギャグ漫画などはよくあるからこれもその類なのかもしれない。そう思って適当にパラパラと開いたページを見た瞬間、ぼくは眼窩から眼球が転げ落ちるかと思った。これは一体どういうことだ……。そこでは『セーラームーン』の偽物を超えるとんでもない何かが男同士で行われていた。 「ヤバすぎだろこれ……」  思わず紙面に目が釘付けになっていたせいで妹が背後にいる事に気づくのが遅れたぼくの後頭部を妹は新聞を丸めたもので叩き、ぼくの手から漫画を奪い取った。 「いって……、何するんだよ佳純っ!」 「お兄こそ人の漫画勝手に読むなよ、キッショいなぁ!」 「キショいって言ったらお前の方こそ何読んでんだよ……こんな……こんなの見てなななにが楽しいんだか。お前女じゃん。こ、こういうの見たらダメだろ!」  動揺しながら言ったぼくを佳純は軽蔑の籠った目で見下ろし、「はんっ」と鼻を鳴らした。 「まるでお兄は見てもOKって感じの言い草だな。あーそうか、お兄はホモだもんね。本当はこういうのめちゃめちゃ興味あって仕方ないんでしょ。でもこれ、女が見るためのものだから。女のためのドリームだから。ホモのものじゃないから。空想上のホモは綺麗だから認めるけど、あたしお兄みたいなリアルのホモは認めないよ、キショいから」 「テメェ、カスみっ。よくも言ったなこの野郎!」  酷い暴言に腹が立って立ち上がると、佳純はいつもなら問答無用で新聞で殴り掛かってくるところ、ギョッとした様子で後ずさった。 「な、なんだよやんのかよホモ太!」 「……あれ?」  佳純の方がぼくを見上げている? ぼくと佳純は同じ平面に立っていて、ぼくは裸足でスリッパも何も履いていないのに、目線が佳純よりも高い位置にあるのだ。佳純の身長は160センチ。ぼくはこの春の身体測定で148センチだったはずなのに。 「ちょっと、何やってんの二人とも!」  母だ。佳純はすかさず母の背後に周り込んですがりついた。 「おーかーあさーん。お兄があたしの漫画勝手に読んだぁ」 「裕太、妹いじめんじゃないの」 「いじめてなんかいないって。ぼくは何もしてない。佳純から喧嘩ふっかけてきたんだ」 「言い訳はよしなさい。ほら、佳純ちゃん、こんなに怯えてるじゃないの」  怯えてるって……ぼくにそんな威力があるわけがないのに。佳純は母の背後から顔を出し、ぼくに向かってあかんべーをした。 「いいから、裕ちゃん。それ返しなさい」  やんなっちゃうよな。兄妹喧嘩が起きれば、いつでも何でも全部兄のぼくのせいになるんだ。 「はい……」  ぼくは大人しく佳純の漫画本を母に手渡した。漫画に興味のない母はそれをすぐに佳純に返すと思いきや、 「あら。これ、テレビでやってる時代劇のやつでしょー? へぇー、きれいな絵だねぇ」  その場でパラパラとページをめくりだした。当然、本は没収。焼却炉行きになった。

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