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第9話

「坊ちゃんこれシミになっちゃいますかねぇ?私苦手なんですよ洗濯?落とそうと頑張るんですけどすぐ洗ったものがボロボロになっちゃって怒られちゃったんですよ~!ユダさんのハンカチ洗って褒めてもらおうって一生懸命洗ったら破けちゃってすんごく怒られました!!」 そのあとなぜか一月の間毎日寒中水泳しろって言われたんでけどもなんの意味があるお仕事だったんでしょうかね? とのほほんと話してくる 血だらけの体でね 「とりあえずこれで拭きなカールトン。血だらけで汚れてると怒られるよ」 「坊ちゃんのハンカチで拭くなんて恐れ多いですぅ~なんてお優しい!!それはとても困っちゃいます!九割外れのルーレットマカロンはもう嫌です~!」 袖で拭くなよ怒られるよ そんなこともあったな あれ聞いたら十割だった希望なんてなかったんだ最初から 「クソ!どうすりゃいんだサソリの旦那こいつらつえーじゃねぇか楽な仕事っつってただろぅが!」 生き残っていた面長の顔の男が騒ぐ 「……うるさい。お前たちが弱すぎるだけだ。さっさと王子だけでも捕まえろ。次殺そうとしたら俺がお前らを殺す。逃げてもな」 刺青の男サソリはナタのような剣を素早く振りログナスの剣をかわしながら軽々と動き話す 一撃でも当たれば勝ちなのに男はそれをさせない こちらにいる二人の敵は焦った様子だ チラッと赤く染まったカールトンをみて引いている わかるぞ僕も 「坊ちゃん私があとはお片づけしますよ?お手が汚れてしまいますからね」 ほぼカールトンについた血がついたんだけどねこれ 「いや、さっきは油断したけどもう大丈夫。カールトンもログナスもありがとう。こっちはあと二人だから協力して倒そう」 「はい!!ぜひぜひです!わぁ~~後でユダさんに自慢しちゃお!!」 ぴょんと跳ねて喜んでくれる その度に血が跳ねてるしウォーハンマーで床が抉れている 後が怖いな 「じゃあサクッとパクッと、やっちゃいましょうか」 ウォーハンマーをクルクル回して暗い瞳で敵を見ているカールトン 相手は震えている 可哀想に こっちは面長の顔の男 面長さんが相手だ勝手に命名する件はごめんね! 「どいつもこいつもバカにしやがって!!」 面長さんはお怒りのようだ 心を読めるのか?なら恐ろしい敵だ 「悪いな坊主。大人しく捕まってくれんなら怪我しなくて済むが、俺も後がないんでね」 あそっちね 面長さんは懐から丸められた封書を取り出した あれはアーティファクトの魔道具か 一度しか使えないが強力な魔術や召喚ができるそこそこ貴重なアイテムだ 「姿を現せ空飛ぶ獣グリフォン!」 こんなところで召喚だと! 魔獣グリフォンは強敵だ 巨体なのに素早く空を駆け鋭い爪と牙で襲いかかり大風であたりを吹き飛ばしてくる 殺す気満々じゃない? 封書のアーティファクトが発光して陣が浮かぶ 電撃のような緑色の魔力が迸った 流石に僕だけでは今はきつい カールトンに手伝ってもらうか時間稼ぎをしてログナスに倒してもらうか瞬時に考える だがその時変化が起きた 封書の文字が赤く発光し紙が黒くなった 地面に描かれていた緑色の陣は一瞬で赤くなり黒い閃光が迸った これは……召喚汚染か それはあまりに危険な出来事だった 昔歴史書で読んだことがある 小さな小国が大国に宣戦布告され後がなくなり 国一の術者を集め最上級の供物を捧げて 高位の召喚獣もしくは天使、聖獣を召喚する予定だった だが大規模召喚中に異変が起きたらしい 黄金色に発光した奇跡を起こす儀式 それが黒い閃光と赤黒い光に包まれた そして小国は滅び 攻めてきていた大国の軍も壊滅した そう記述されていた 何を呼んでしまったのかまではわからない ただわかったのはそれが大きな過ちだった事だ 陣の中央に闇が収束している あまりの異常事態に周囲の誰もが固唾をのみこむ ログナスが素早くきて俺の前に立った いつのまにかカールトンも庇うようにそばにいた こんな時何ができるんだ このままじゃあ全員死ぬかもしれない 国を一瞬で滅ぼし大勢の兵を殺せるものがこの世に生み落とされる 禁忌の法によってこの世に在らざるものが顕現しようとしていた 人の原罪 大罪である 「ど、どうなってやがるなんで、こんな!えっ何だお前はやめ」 大声を発した面長さんは言葉の途中で消えた 一瞬で きっと供物になったんだ 僕はこれを知っている 二度目だ 収束していた黒と赤が一瞬膨らみ 小さく縮んで弾けた 世界の敵が今この時誕生した 「セウス、できるだけ遠くに逃げてくれ。時間稼ぎくらいはしてみせる」 珍しくログナスが余裕のなさそうに告げる それはそうだ千年に一度あるかないかの危機だ 「……どっちみち間に合わないさちょっとだけ長生きできるかできないかの差だよ。なら共に死にたい」 僕はログナスの腰に抱きつく いつも心配してくれて我儘も聞いてもらい一度目の時彼には随分と辛い役目を負わせた 憎まれても仕方ないのにログナスは最後まで手を差し伸べてくれたのに 愚かな僕は剣を突き立てた 「…セウス」 ログナスは振り返り僕を強くだけども優しくもある 強さで抱きしめてくれた お互い見つめ合う ログナスは年相応な表情をしていた 己の無力さと不甲斐なさ そして大切なものを守れない痛みに打ちひしがれている そんな顔をしている 僕にだってわかるさ ずっとそばで見ていたんだ そして同じ思いをしたことがあるんだからさ 「ログナス……もしあるなら三度目はもっと素直に君といたいなぁ」 僕は心の枷をはずして笑みを浮かべた 驚いた顔をしたログナスだったが同じように 綺麗で優しい愛情に溢れた笑顔を見せてくれた あぁまた死ぬのか早かったな 何もできなかったな ユダ、お母様ごめんね 僕は温もりを最後まで忘れないようにぎゅっとしがみつく これはこれで幸せな死に方だ 二度目もログナスの目の前で死ねるんだ贅沢だろ 犯人のやつは殺してやりたかったげさ 今回は殺し合いなんてしないで抱きしめ合えたんだ ハッピーエンド おしまい さぁ死よ 蹂躙すればいい いずれ汝も滅ぶだろう そして滅びが産声をあげた ニャオーーン 「「「「ニャオーーン?」」」」 僕もログナスも固まる カールトンも最初から訳がわからないのか 僕の横でプルプル震えている 刺青の男サソリも尻餅をついている そこには大きな悪魔も魔人も厄災の獣らしきものはいなかった 「………不発?」 まさか召喚失敗? あり得なくはないな なんの要因かわからないが国一つが心血注ぐ儀式じゃないとそもそも条件が足りない ただの暴発現象だったのかな なら良かった でもさっきのは…… ニャオン !?!? この声は 改めてしっかりと見る 召喚反応の擬似産物の煙と残滓の光が収まってくると 中央に何かがいた そう 小さな黒猫がいた 「ネ、ネコ?」 猫にしか見えない 黒くて小さなふわふわの猫だ 毛繕いをしている 「わぁー猫ちゃんだぁ!かわいい!」 カールトンが猫を見つけ喜ぶ 近づこうとしたがログナスが止めた 「ダメだ!近づいては」 ログナスの額から汗が一筋流れた やはり神に選ばれた人間にはわかるのかもしれない あれがなにかを 「ログナス、あれは」 「静かに。まだ覚醒はしてないのかもしれない。今なら殺せるか?だが危険すぎる。せめて避難できる時間ぐらいは」 ログナスは状況を鑑みて最善案を考えてるようだ 「な、何が起きたんだ!頭領はどこにいっちまったんだ!こんなチビ猫召喚して消えちまうなんておかしいだろ!」 カールトンの相手になるはずだった頬の痩せこけた男が叫ぶ 自分の仲間が異常事態を起こし消えてしまったんだ パニックになるのも仕方ない 「まさか猫になっちまったなんて。ありえるのか?」 男は近づき猫を掴もうとした それはまずい ログナスが俺を片手で抱えカールトンを脇に挟んだ 「触るな、人間」 脳に直に響く声がした その瞬間男の手は無くなった 「うぎゃああああっ!!?」 猫はぺろぺろと前足を舐めている 「こんな粗悪な供物で来てやったんだ首を垂れろ人間」 威圧される 圧倒的強者が顕在した この声は思念波に近い それが届く時点で殺せる領域だ 加護とスキルを持ったログナスしか生き残れない 絶望的だった 「畏れ多いようだな人間。身の程を弁えているなら楽に殺してやろうぞニャフフ」 そう言って猫は顔を洗っている 光景は和むのに真逆の状態だ ログナスもこの状況で動けない 一触即発だ 何が起爆線になるかわからない 「なぁこんなポッチじゃ腹が膨れん。馳走はないのか?つまらんのぅ」 仰向けになって転がっている 猫らしい気まぐれさだ 意を決したのかログナスが剣を構える 「俺が少しでも時間を稼いでみる。だから頼む少しでも長く生きてくれ」 命をかけようとしている ログナスの聖剣が青白く光り体までも包み込む 今の全力だろう凄まじい力だ 「………ちょっとまって」 僕はログナスの方に手を置き前に進む 「待てセウス!!ダメだ!!」 手を伸ばされたが全力で魔力を練り上げ聖剣に転換したのだ無駄な行動はできまい 僕が前にいたんじゃ攻撃もできないだろうし 「ぼ、坊ちゃんいけません!僕のお菓子もあげますから行かないで!!」 決死のカールトンが呼び止める 猫の魔力に当てられ動けないんだろうな あと別にいらないから ニャフフ 猫はごろ寝に夢中なようだ 俺は油断している猫を素早く首根っこを掴み上げた 「「「!?」」」 周囲が驚くのも当然だね 自殺行為だよねこれ 「ニャにする人間我は偉大なる災いの獣キうにゃ!?」 「アホ猫何してるんだ!」 そうこの猫 僕と知り合いだったんですね それは昔のことだった(一度目) 生まれ故郷の国が手強く僕はさまざまな歴史書や学術書、古文書や呪法、禁術まで手を出した 我ながら一時的なテンションでやってしまったんだよね 若さって怖い そこで例の歴史書の真似事をした 似た記述のある魔術書と禁書を使い試した そしたらある日朝起きたら横に黒猫がいて尻尾で顔を叩かれていたんだ いたはずの研究者たちはいなくなっていた 「………久しぶり、ニャ。生きてた感じ?」 イラッ もみもみもみ 「やめるにゃ!け、毛並みが我の毛並みがふなぁあん!」 黒猫の腹を揉む 「久しぶりにあってそれかお前!食って寝るだけの猫が!」 「猫ってそういうものじゃないニャ?くすぐるのやめて!」 黒猫は僕の猛攻により蕩けた これで万事解決だ ふぅ 「「「………」」」 うわドン引かれてる そりゃそうかログナスと多分この刺青男サソリは召喚汚染知ってるのかもしれない態度だったし 「大丈夫なのか、セウス。それは伝承の災いの獣の一種だろう」 確かにそうなんだけど 訳ありなんだよなぁこの黒猫 なんせこいつ ほとんど何もしないできない猫だったんだ 「大丈夫だよ。えっと知り合い?みたいなものなんだ」 …… やっぱり無理があるか? 「坊ちゃんすごいですね!!猫ちゃんのお友達がいるなんて知りませんでした!可愛いですねぇ~、触ってもいいですか?」 「誰が人間なんぞに気安く触られるものニャフン肉球はやめてぇ」 僕とカールトンにモフられる黒猫 「………とりあえず危険はなさそうだな」 ログナスは信じてくれたのか剣を納めてくれた いい奴だなぁ 僕は離れている刺青の男サソリを見る 僕に見つめられ男は驚いた表情をした 「……イレギュラーが多すぎる。これじゃ割りに合わない」 「おいあんたそれって、俺たちはどうすれば」 「知るか。使えない無能なリーダーも失ったんだ。好きにしろ。作戦も守らない指示も聞かない邪魔までする。もう俺には関係ない」 刺青の男サソリは懐から何かを取り出し口に含み 影の中に消えていった 「お、置いていきやがった」 残された男たちは力が抜けたようで地面に伏した 「…投降しろ。公正な裁きによる処遇を約束する。今殺しはしない」 そう言ってログナスは剣を鞘に収めた ………… 変なオチだったがとりあえず正門広間は制圧した 僕あんまり役に立たなかったなぁ 「セウス怪我はないか?無茶はするなと言っただろ?さっきは血の気が引いた」 過保護モードに移行したようだ ふぅうるさい 「うん油断しちゃった。二人ともごめんね。次はもっとできるように頑張るよ」 「そのいきですよ坊ちゃん!私いっぱい応援しちゃいますからね!」 「…俺もまだまだだな。共に精進しようセウス」 君まだ十二歳だよね 俺たちはとりあえずカールトンのブローチで連絡を取って 他の使用人に拘束した侵入者を連行するように頼んだ ユダに連絡をとってもらったが 強い魔素障害のせいか反対側にいるユダには連絡は繋がらなかった 「心配だ…」 「ユダならきっと無事だ。この場所はユダの箱庭だ。ここで本気のユダ相手なら俺でも結果がわからない勝負になるだろう」 「……そうだね。ユダならきっと大丈夫。でもやっぱりはやく助けに行きたい」 「ああわかった。行こう」 「うん!」 僕はまっすぐログナスを見上げて頷いた 「ユダさん殺しても死ななそうですから平気だと思うんですよね~~!むしろ見てみたいというか~」 「ニャフ。もっと下だ人間、もっと毛の一本一本を意識して丁寧に撫でるのニャそうそう」 その横で使用人と猫が戯れていた 《屋敷から離れた森の中》 ……… 男は静かに憤っていた 最初からおかしかった 身代金狙いの貴族だと聞いていたが忍び込んでから王族だと知った 単独で良かったが依頼主は俺以外に二組織に仕事を依頼したようだった この屋敷は街から離れ静かだった 使用人も少ないのか人の気配はあまり感じられなかった 侵入に成功したものの馬鹿なあいつらはまんまと感知魔道具に引っかかった 俺まで巻き添えだ なんてついていない日だ ただの貴族屋敷を襲うにしては人員が多いし報酬も良かった 違和感を信じて断れば良かった 後の祭りだがな この屋敷の警備もおかしい 普通の魔道具ではなかった 俺が対感知用のスキル姿隠しの狩人がなければ気づかなかった 侵入してからのトラップも陰湿でわざと逃げ道を誘導させそこにも状態異常の罠や拘束幻惑などてんこ盛りで意味がわからなかった 王城の宝物庫の方がまだマシだ その上有名人のログナス・ヴァーミリオンだとふざけるな 報酬は領地をもらっても足りないくらいだ その上あんな… 化け物まで出てくるなんてな 生きて出られただけ幸いだ それでも俺は苛立ちを隠せず森の木の枝が落ちている地面を気にせず踏み鳴らす 「随分と苛立っているね」 !!? 俺はすぐに身構える いくら気が立っているからと気配に気づかないなんて スキルは発動しているのに見つかるだと… なぜだ 周囲は静かだった 獣の気配もしない 風の音と遠くから水音がする 「こんな綺麗な月夜に災難だったね」 声のする方に視線を向ける すると他より低い木の枝に 何者かがいた 「何者だ!」 その時月光が暗闇を照らす 照らした先には白い布を被った人らしき姿が見受けられた 人間か? 妖魔かもしれない 夜の森深くには人を惑わす類の魔物が現れる 白い布が月光を反射し布から見える口元と腕と脚が恐ろしく白い 「疲弊しているね。それもそうかあんなに目に合えば大抵の人間は嫌になる。君は幸運な方だよ」 「お前どこかで見ていたのか?奴らの味方か、それとも依頼者の始末屋か?」 情報漏洩を防ぐためよくある話だ 悪事をさせ実行者を殺す そうして隠蔽する手段だ 「見ていたよ全て。敵か味方か不安なんでしょう?怖がらないで」 くすくすと笑い枝から降りてゆっくりと近づいてくる 重力を感じさせない動きだ 「近づいて来るな!やめろ!」 声が震えそうだった あまりに幻想的で自分が現実の中で立っているのかわからなくなる おれは、ころされるのか 「そう怯えないでよ」 目の前に立ったやつは見える口元だけで笑みを浮かべた 顔が見えないのにその美しさに目が離せなかった 「よしよし、怖かったね」 男のような女のような声で言う 俺よりも身長が低いやつは手を伸ばし俺の頭を撫でた それはひどく優しくてこんな有様なのに甘美で泣きそうになった 「ふむ。なるほどね。君はそういう人間なんだね」 一人でに納得した様子で話す ぽんと頭を叩かれた そうすると体が自由になった 「調整が悪かったねごめんよ。勝手に覗いたのはすまないね。君次第でこの先の未来は変えないといけなかったからさ」 何を言っているんだ? 頭が働かない 覗く? 俺次第で未来が? 頭がぐちゃぐちゃになる やめてくれ! 俺は咄嗟にやつの首を絞めた 先程のことで剣は地面に落ちている 白い布から見える細くて白い首は簡単に折ることができそうだ だが力は込められなかった 俺はその肌に触れ胸の中から形にならない激情が溢れてくる やつはゆっくりの手を伸ばし俺の手に触れた 己の首を絞めるように俺の手に重ねて 「や、やめてくれ、頼む!」 俺は震えている だがこの手は離すことができなかった やつはゆっくりの俺の腕の皮膚をなぞるように滑らして 手を伸ばす 「…泣かないで」 俺は泣いている なぜだ意味が、わからない 助けてくれ 俺は膝を折る 地面に膝がついた そのまま倒れ込みそうな俺を やつは白い布ごと俺の体と頭を抱きしめた 「今は眠りなさい」 頭を優しく撫でられる 心地いい 生まれて初めてだ いつも闇の中だった いつも何かに飢えていた 満たされなかった 「やっと見つけられた。遅くなってごめん」 声が聞こえる 「因果の鎖は繋がっている」 強く抱きしめられた 俺は静かに泣いている 「おかえり ロイド」 最後に見えたものは奴の悲しそうな笑みと いつのまにか隣にいた灰色の目と毛皮の色をした灰狐だった 昏い森に白い闇だけが残された

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