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第12話

沢山の人々が行き交い賑わっている街は、定間隔に空に打ち上がる演出のための様々ないろに光ったり模様を描く魔術による光弾で華やかさを際立たせていた 青空に現れる大輪の花や星、楽譜の五線が引かれ音符と同時に音が鳴る仕掛けもあり凄かった 僕はぼーっと空を見上げていた 中央通りから離れたレンガで出来た花壇の縁に座って、ひたすら変化し彩る空を見上げている 「わーすごいなーきれいだなー」 棒読みで一人呟く 頭に付けられた青いリボンがついた白猫の耳が足をぶらぶらとするたびにポワポワと揺れる 「あー…….みんなどうしてるのかなー?」 独り言は空に霧散した 右手に持ったHappyと書かれた風船が寂しげに佇む 完全にどう見ても祭りをエンジョイしてるお子様風の見た目をしているが セウスの心境は全く違う 心は凪いでいる むしろ諦念に近しいのかもしれない なんて一人で己の心境を語っていた そうこの国の第二王子セウス・クルースベル十二歳は 自国の街で迷子になっていたのだ 喧騒を横目に無になってる 《一時間前》 「あらかわいい子ね!お姉さんがおまけしてあげちゃうわ」 「あ、ありがとうございます」 袋詰めされたグミやドライフルーツ、ラムネなどが入ったものを受け取りながらお礼を言った たしかに僕は子供だけど、複雑な気持ちだな 隣で同じように買ったカールトンはわぁあ!沢山入ってて嬉しいです~!と大声を上げながら僕の三倍の量が入った菓子をモリモリと食べている 「楽しくて美味しいものが沢山あるなんて、お祭りって最高ですね!!毎日お祭りだといいのにな~」 とニコニコと話している 「毎日だと有り難みもありませんし特別な日だからこそ皆で騒ぎ楽しむんですよ。カールトン好きに買ってかまいませんが決められた金額を超えたらあなたの給料から引かせてもらいますからね。無料の品物も卑しくがめついたりしないようにお願いしますクルースベル家の使用人として恥ずかしくないようにしなさい」 そんな~と泣きながらユダに縋りつこうとしたが残像だった こんな所で高度な技使わないでお店の人驚くでしょう 「見てみろギリス!こんなものまであるんだな。これは揚げたパンに粉をまぶしているのか?美味そうだな!店主これを十個ほど頼む!」 はいよ~とおじさんが揚げ油からパンを取り出し隣の木箱に入った粉の中に入れまぶした それを取り出し茶色い紙袋に入れヘイムに手渡す 金を払いヘイムは熱さを耐えながら食べる 「はふっ……むむ、これは美味いな!ふかふかで表面がカリッとしている。粉は甘いから砂糖か?いい香りもする!さぁギリスもお食べ。皆もほら、熱いうちに食べてくれ」 一人笑顔で楽しそうに店を物色しギリスを連れ回して買ったものを餌付けするように振る舞う 性格が世話焼きなのか、僕とユダはお腹がいっぱいになりそうだったからやんわりと断る ユダは結構ですの一言だったけど カールトンは雛鳥のように差し出されたものを吸引するように食べた ギリスは慌てながらありがとうと小さい声でお礼を言って食べている だが食べる速度が遅いのか最初に買った飴から進んでいない 供給スピードが早くて両手に沢山の食べ物やぬいぐるみなどを抱えている 持てない分はヘイムが抱えてあげているようだった 「ヘイムそれ以上は馬車に積めませんので控えてください。ギリスが困っていますよ」 「そうかそれは残念だ…。ならこれを受け取ってくれないか?この兎のぬいぐるみは手触りが良くピンと立った耳が愛らしいんだ。是非ユダさんに受け取ってもらいたい!あとこのネックレスも一緒に受け取ってほしい。タンザナイトと呼ばれる石なんだが、とても美しくユダさんの瞳の色に似ていると思ったんだ」 グイッと無邪気な笑顔でユダに近寄り贈り物としてはいろいろ勘ぐってしまうような代物を手渡そうとしている でもあれきっと無自覚なんだろうな 「…はぁ。坊ちゃんのお部屋に飾るのに良さそうですね。ネックレスの石も今価格が変動してるから今後高く売れそうですね。有り難く頂戴致します」 感情を感じさせない声音だった ブレないなこの男 それに対して頬を赤く高揚させ嬉しそうに笑っているヘイム それでいいのかな、まぁ本人が喜んでいるしいいか それよりユダの後ろで鬼の形相をしているルカが怖い 「…ユ、ユダさんこれ、よかったら受け取ってもらえないですか?」 ルカが照れ臭そうに視線を外しながらもチラチラと窺いながら手渡す それは綺麗に装飾された香水瓶だった 青いガラスの瓶に花の模様が描かれて銀色の紐で結ばれている素敵な代物だ 「これは、美しいですね。いつも自作しているのですがたまには他のも悪くないです。ありがとうございます」 その言葉に頭から湯気を出し赤面しながら固まったルカ モテ期なのかユダ 僕は子供の成長を見るような心持ちだった そうしたらユダに虫を見るような目で見られた やるのかこんにゃろう! 町を巡回している兵が横を通り過ぎた それを何となく見ているとその横切った先の暗がりの路地が目に入る チリンッ… 軽やかな鈴の音が聞こえた いつの間にか路地の先から光が入り込み 路地との陰影を濃くしている その真ん中に小さな姿があった 後ろ姿を見せていた猫はこちらの視線に気づき後ろを振り返った 綺麗な白猫だった それに一瞬で僕は魅入られた 呼ばれている そう思った時には駆け出していた 近づいてくる僕を静かに見つめている猫 距離が近づくと猫は僕に背を向け歩き出した 路地の中はやはり暗かった 辺りは賑やかで明るくそれがまさに別世界のように路地の世界を際立たせている どこか別の場所に向かっている そんな気がした 声が聞こえた気がした 後ろは振り返らない 眼前から差し込む眩しい光のせいで前が見えない それでも止まらなかった 鈴の音がたしかな道標だ 「待って!」 懇願するように言った 言葉なんてわかるはずがないのに それでも呼び止めたかった 猫は走っておらずゆっくりと優雅に歩いているのに 追いつけなかった 光の中に手を伸ばす 「いてっ!」 盛大に転んだ 光の中に進んだ猫に手を伸ばした時、路地の先に出れたようだった 猫の姿はない ええ~ 追っかけ損じゃん 勝手に追いかけたのに不満を感じる はぁ…… 戻ろう そう思って振り返るとそこには壁しかなかった 「なんで!?」 おかしいここからきたはずなのに 幻覚?そんな 町中に騎士や魔術師隊が配置され様々な結界や探知が施されている 認可された場所ならある程度監視下の中発動できるが もちろん幻覚や誘導魔法などは感知される 直接僕の脳にかけられたのか? そんな馬鹿な 僕の周りには彼らがいたのに 特にユダが気づかないはずがない 現状の異常さに冷や汗をかく 新聞に第二王子誘拐?!謎の失踪 と大きく書かれた朝刊が出る事だろう やばくない!? と焦る そして出口のない空しか見えない壁の中で真ん中にある木と花壇の縁で不貞腐れていた あー空が綺麗だなぁー 何も出来ないので時間を持て余す みんな心配しているかな? 見つかったら怒られそうだ グゥゥ…… 静かな空間の中で情けない音が響く 朝ご飯は控えめにして着いてからは色々食べたいからと少しずつしか食べなかった お腹すいた まだ成長期の僕には堪える辛さだ お腹を摩りしょんぼりとする いっぱい食べても身長伸びないんだよな 大人になってもログナスみたいにすくすく伸びなかった 先を知っているだけに辛いものがある ログナスもこの王都にいる 同じ場所にいるのに遠いものだな 奴も今回の目玉な人物だ 眉目秀麗才色兼備の超人だもんな なんか腹が立ってきた 腹が減っているのになんて様だ コツンと足に当たった石を蹴り上げた チリンッ… 鈴の音が聞こえた その音に反応して空に向いていた顔を正面に向けた その前には一匹の白猫と白い子供がいた 「へぇー、フフ…、迷子なんだ」 口元を隠すように指を当てながらクスクスと朗らかに笑う その姿は儚げで、可愛いらしさより美しいとさえ思った 「ん?」 こちらの視線に気付き問いかけてきた それに何でもないと顔を背ける 見惚れていたなんて言えるわけがない いくら美少年だからと言って男の子に見惚れるなんて… 一度目も二度目もそんな浮かれたことなんて皆無だった 常に苦痛と後悔の茨の道だったから こんな甘酸っぱいのなんて知らない! と慌てる 「あぁ、これ?フフッ、食べていいよ」 柔らかい声音でそう言われた 向くと抱えていた茶色い袋に入ったものを差し出された 中からバターと香ばしい香りがする 小さめのマドレーヌが沢山入っていた グキュルルッ… また腹の音がなる 穴があったら入りたくなった 「うまっ!!あっ、美味しいよ!」 つい飛び出た言葉の言葉遣いが悪かった ありがたく貰ったマドレーヌを一つ口にした 少し表面がサクッとしていたが中はフワッとしている 咀嚼するとしっとりとしたバターを含んだ生地が甘味と共に美味しく感じられた そしてふわりと香る柑橘の香り 「これって、レモン入ってる?」 「正解。レモンマドレーヌが好きなんだ。さっぱりと香って美味しいでしょ?」 少し首を傾けながら言う 左側に流れている銀色のような白髪が揺れる度にすごくいい香りがして、その上まるで美術品ような品のよい見目に胸がどきりとする 「う、うん。美味しいです…」 もぐもぐと残りを食べる さっと眼前におかわりのマドレーヌを差し出され 無言で一礼して貰う 確かに幾つでも食べれそうなほど美味しい クァー… 隣で少年の膝に乗った白猫が気持ちよさそうに寝ていて欠伸をした 少年は優しく白い手で猫の背を撫でている 木漏れ日の中で過ごすこの時間は平和で 居心地が良かった 「迷子かぁ。出してあげようか?」 「もふっ!?」 「おっと。はい、これ飲んでいいよ」 むせた僕にちょどいい温度の紅茶が入ったティーカップを差し出された ごくごくと飲む しっかりとしているが風味も香りもとても良い紅茶が喉を流れていく 「ふぅ、ありがとう助かったよ」 いえいえと彼は笑顔だった そういえばいつのまにティーセットが? 彼の横には白い生地に刺繍が入ったハンカチの上にポットとティーカップのセットが置かれていた 「ここから、出られるの?」 おずおずと聞いた 「うん」 猫の頭を撫でながら当然のように言った 此処は入れたが出口は見当たらなかった 猫を追いかけてここに入ってきてしまったから 少年の彼も同じだと思っていた 「すごいね。何で出方を知っているの?」 尋ねる 彼は出会った時から目を閉じている もしかしたら盲目なのかもしれないし下手に聞くことはできなかった 白いまつ毛が長く人形のような横顔を見つめる 彼がこちらを向いた なにか悪いことを見つかったときのような気持ちになり 視線を逸らす 「だってここは、私の秘密の場所だからね」 ふふっと笑って言った つまり此処は彼の場所だから入るのも出ることも容易いと言うことだろうか もしかして危ない奴なのか? こんな綺麗な子なのに途端にその笑顔が怖くなった 「珍しいこともあるものだね。この子がお客さんを連れてくるなんて」 ニャウン と返事をするように白猫が鳴き声をだした そうなのか 故意的じゃないなら僕が勝手に着いてきてしまった僕が悪い 確か秘密の場所って言ってたよね 勝手に入ってしまったことに罪悪感を感じる 「ごめんね。勝手に君の大切な場所に入っちゃって」 「構わないよ。悪い人じゃないし私もこの子も、歓迎するよ」 こちらを向いて猫の前足を掴んで振ってくれる 可愛らしい行為にきゅんとした 「そう?ならよかった」 照れ隠しに頭をかいてにへらと笑う 「元気は出たかな?」 「へ?」 元気?迷子になって不貞腐れてたことかな? 自業自得だから気にしてもらったなら申し訳なく思う 「あーうん!元気元気!」 わざとらし過ぎるかな… 「何か悩み事でもあるのかい?」 なんて事がないように軽く聞かれる 「えっと……」 悩み事…悩み事… 悩み事、かぁ… あると言えばある と言うかあり過ぎる この二度目の人生が、僕の理想通りにいく保証なんてどこにもない バタフライエフェクトという言葉があるように 些細な出来事が大きな出来事に繋がる不安が常にある どうすればいいのかなにが正しいのか 自分は、また間違わないで生きていけるのか またあの絶望の中生きていくのは恐ろしい 「…悩みっていうのか、今僕はちゃんと出来ているのかなって思うときがある」 「ちゃんと?」 「うん、ちゃんと。僕は周りの人達のように何でもは出来なくて、気づいた時にはすでに手遅れで、それでも目的のために邁進したけど、結局僕は自分も周りも不幸にした挙句、何も出来なかった」 そうだ 僕は自分の不幸に溺れて 自ら大切なものを壊していった それでも構わないと思った もしあの渦中に戻ったなら同じ選択をしてより復讐のために動いた事だろう 手を赤く血に染めながら 今でも思い出す 僕らを貶めた貴族連中の一派を抹殺した時 燃やした建物の中で既に絶命した父親に泣き叫びながら体を揺すっていた少女のことを 復讐の連鎖を断つためにその子を手にかけた事を 後悔はしないと思って生きたが 結局引き返せない出来事への言い訳だった 「僕は何をしているんだろうと考える時があるんだ。こんな事をしたかったのか?意味なんてないんじゃないのか?誰も救われない独りよがりな行為なんじゃないかって、何度も、何度も…」 俯いて顔を手で覆う こんな姿誰にも見せれなかった 誰よりも愚かで弱い自分 言い訳しながら正当化し他者を傷つける事で 悦に浸っていたどうしょうもないろくでなし それが僕だ すぐに死んで不幸を撒き散らさないようにすればいいんじゃないかっていつも思う 毎夜寝るのが怖い 悪夢の中で皆が責める 信頼した彼がどうして置いていったのだと責める 助けられなかった女性が泣きながらどうして助けてくれなかったのだと責める 主人を失った彼らがどうして捨てたのだと責める 血のつながった彼らがどうして抗うのだと責める 誰よりも愛し愛された人がどうしてと首を絞める ああこのまま闇に沈んで 僕なんて無くなってしまえばいいのに 大人の僕が呪われた剣で僕を刺す これでやっと楽になれる 涙を流すことすら許されない 僕は……… 僕は… ンニャ ッ!…… 膝の上に白猫が置かれた 「な、なに」 動揺して言葉が出ない 僕は抱きしめられていた いつの間にか正面にいた白い少年は僕を抱きしめ 背を摩り、額と額をくっつけた ひんやりとした温度が伝わってくる でも不思議と温かさを感じた 少し傾けるだけでキスができそうな距離にドキドキとする そして彼は目を薄く開いた 半眼が見えた その色はこの世で見たこともないほど 美しかった 目が、離せなかった そしてスッと閉じられた 残念なようなもっと見ていたいような複雑な気持ちになる 「……ッ」 「…………そう、そうなんだね」 ゆっくりと優しく背を撫でる それが気持ちよく少しだけ変な気持ちになる 「そ、そうって?」 彼は僕の体から離れた それでも座っている僕の前にいて 僕の顔の高さに合わせてしゃがんでいる 立ったら僕より少しだけ小さい彼は優しく微笑んでいた 両手をまとめられ両手で持たれる やっぱりその手はひんやりとしていて 心地がよかった 「君の苦悩も後悔も、罪すらも君だけのものだ。それは変わらない」 「それでも君は変わりたいと願ったんだ。それが良くないことでも決して全てが上手くいくはずがないと理性が告げても君は自ら選択して道を選んだ」 白猫がオッドアイの瞳でこちらを見つめている 金と紫の宝石のようだった 「それはきっと宿命だ。業とも言える。屍の山を築き一度はその頂に登った」 「そこに立ったからこそ、君は違う景色を見る事ができるんだ」 「そんな….」 何でそのことを、なぜ… 疑問はあるがそれよりも少年の言葉が気になった 僕は、本当に変えることができるのか 「決して楽な道ではないでしょう。前よりも酷い地獄が待っているかもしれない。君がそれを作り上げるのかもしれない」 !! そうだ、それが、僕は許せない 「でも全ては可能性だよ。まだ未来は決まっていない。なら、君はどうしたいの?何を望むの?」 真っ直ぐな言葉が降りかかる まるで朝のひばりの中の風のように まるで夕凪の中の時間のように まるで夜の帷の中で安らぐ子守唄のように 「教えてくれるかい?セウス」 「僕は、僕は全てを変えたい」 言葉にした 初めて外に出して、形にした もう前の僕には戻れない そういうことだった 「運命という呪いも、何もできなかった自分も、後悔するばかりの行為も、幸福にできなかった全ての人の為に」 僕は全ての気持ちと覚悟を込めて告げた 「それは、本当に全て?傲慢じゃない?不相応な願いは身を滅ぼすよ」 突然辛辣な言葉に、なぜかホッとし可笑しくなる ああそうだな 傲慢?不相応?構うもんか!! 願う夢はでっかくて何が悪い! 幸せを願って何が悪い! 僕は僕のために戦うんだ 誰にも邪魔はさせない! 睨みつける それは自分なのか それは呪いの言葉たちか 大人の僕へか 全てをぶつけた 白く儚い蜃気楼のような少年に フッと彼は笑った それは綺麗なだけではなく どこか納得し喜ぶように 「そう。君の決意と願いはわかったよ」 立ち上がってそう言った 優しく頭を撫でられる 照れくささとなぜか懐かしさを感じた 「ならば君は足掻きながら進むと良い。きっと君が信じる人達も信じてくれる人達も、今度は君と共にあらんことを」 「それって」 言葉をつづけようとしたが唇に人差し指で止められた 「まだ……ね。私も君の宿願が叶うことを切に願うから、悲しい顔をしないで。笑い合える未来の為に頑張りなさい」 人差し指を挟んで僕らはキスをした それは衝撃的で 僕は盛大に後ろに倒れた 「フフフッ、フフッ、…………クフ」 「いつまで笑ってんだよ!酷いじゃないか…」 僕はプンスカと隣に座る彼の隣で拗ねる 関節キスにもならない行為にびっくりして倒れるなんてとても恥ずかしかった でも柔らかく笑う彼の姿に嬉しい気持ちも湧く 「……うん。そうだね。ごめんね。フフ」 「ちょっとしつこい!」 「ごめんごめん」 和やかな時間の中で過ごしていた 白猫はいつの間にか飛んできていた鳩と戦っている 「そういえば、時間は大丈夫かい?」 「あっ!?」 あれからどれくらい時間が過ぎているんだ? 体感では一時間は過ぎていそうだ やばい……事を成す前にユダにヤられる 冷や汗が流れ出す 「じゃそろそろ出ようか」 指を鳴らすと 目の前に路地ができていた 魔法なのか?こんな術は知らない 反応すら感じられない 謎しかないのに不思議と恐怖も不安もなかった それは少年の人となりに触れたせいだろう 「これあげるよ」 持っていた三分の一ぐらい残ったマドレーヌを手渡された 「いいの?」 「うん。君とお話できて楽しかったから、そのお礼」 その言葉に嬉しく思い顔が熱くなる 「ごめん。僕何も返せないや」 「気にしないで、私がしたかっただけだからさ。美味しく食べてもらえるなら嬉しいよ」 優しく微笑む 「あっ、じゃあこれ」 ローブの中のポケットからあるものを取り出す 「これ、露店で見つけて買ったんだけど、よかったら受け取って欲しい」 「へぇ、……素敵だね」 銀でできたブローチだ 翼の片翼と花の形になっており 花の真ん中にアメジストが入っている 反対にすると蝶々になる変わったブローチで好きな方を見せることができる 珍しいから一目で気に入り買ってしまっていた 「いいの?こんな素敵なもの…」 申し訳なさそうに聞かれたが頷く 喜んでもらえるならそれが嬉しい 事前に手に入れていた自分を賞賛したい 「君との出会いの記念に、な、なんてね」 えへへと変な笑い方をして誤魔化す これを素でできるヘイムを少しだけ尊敬した まぁ無自覚だからそこまででもないか 「そう、嬉しい事を言ってくれるね」 なら と言って彼は白猫を抱っこした え?猫ちゃんくれる気なの? 大胆というか豪胆というかすごいね 流石に困るが受け取らないのは悪いよね うちにも捻くれた黒猫がいるが今日は臭いから行きたくないと文句を言ってついて来なかった 「フフフッ、笑わせないでよ。違うからちょっと待って」 白猫の首にしていた深い光沢感のある紫色のリボンと銀の鈴を外した そして鳩の羽に触れた 何か小さな声をだす すると右手の鈴が液体のように崩れ青い発光と共に空中に舞った 「形を成せ 願いに祝福を 銀の翼は何処までも羽撃く夢の翼」 その言葉と共に銀の液体は羽の形になった それを素早くリボンで飾り完成させる よく見たら羽以外にも葉のような装飾もあって とても素敵だった 「す、すごい。変質魔術かな?でも何か付与しているよね君はすごい魔術師なの?」 「ただの職人もどきだよ。アクセサリーとか好きなんだ。ほら完成っと」 僕のローブの首元につけてくれた 紺色に銀が映えていておしゃれだ 「ありがとう。大切にするよ」 「君との出会いの記念にね」 フフッと笑う まるでリリーのような可憐な笑顔だ 僕は幸せな気持ちになる 「さぁ時間だよ」 僕の手を引いて路地に向かった 暗がりの中で出口の方から眩い光が溢れている 光の先にユダ達を見つけ駆け出す だが踏みとどまり振り返る 「えっと、色々とありがとう!すごく楽しかった!また会いたい。だから名前教えてくれない?」 僕の名前は….あれさっき呼ばれたような気がする 「こちらこそ素敵な時間をありがとう。楽しかったよ。必ずすぐまた会えるから」 猫を抱っこして立っている彼はそう言った 「私の名はサイファー」 またね と言って手を振ってくれた 「またねサイファー!」 僕も手を振って走った なぜかまた会える気がして再会に胸を躍らせて駆け出す 後ろでニャーと鳴き声が聞こえた 振り返ったら路地は消えていた 「ごめん!ごめんなさい!!許してください!!!」 土下座する勢いでユダに謝った 「ちょっと可愛い猫がいて、それ追っかけたら迷っちゃってさそしたら綺麗な子がいて、って別に変な意味じゃなくて友達になってお話してたらつい楽しくてこんな事に……」 怒って、ますよね? と必然的に上目遣いで問う お仕置きは確実なので観念する 「何をおっしゃってるんですか?寝ぼけるには少々お時間が経っていると思いますが、もしや具合が悪いのですか?」 ユダは抱えていた荷物を見もせずにヘイムに手渡す よくわかっていないが笑顔で山盛りの荷物を持っている 僕の額に手を当て熱を測るが熱はなさそうですねと言って困惑しているユダ 疲れたなら休みますか?と問われる 「ほへ?」 どういう事だ?とっくに一時間は過ぎているはずなのに 怒ってらっしゃらないだと 「坊ちゃん?」 心配そうな顔をしたユダが呼ぶ 「何でもないよ!うん、なんでもない!」 えへへと誤魔化す 我ながら下手だと思った まだ怪訝そうな顔をしたがとりあえず納得してもらった 「あれ、それは何です?」 ユダは首元の銀の羽に注目した 「これ?さっき言った友達に貰った」 「…イマジナリーなお友達じゃなかったのですね」 「失礼すぎない?!」 友達ぐらいいるわ! あれ、いるよね?と不安になり考えを頭からふり払った 「これは……精巧な作りですね。さり気なく何十にも術式が重ねて組み込んであります。どこの国宝ですか?まさか、盗んだとか…」 「そんなことするわけないでしょ!!…確かに育ちは良さそうっていうか坊ちゃんって感じだった」 あなたがそれを言うんですねと言われたが無視した まだ怪訝な顔をしていたが悪い式は組み込まれていないので下手に言えないみたいだ そんなすごいものをもらえたことに驚きと嬉しさを感じる サイファーにまた会いたいな と消えた路地のある方を向いて思った ▼ 白猫は主人の膝で丸くなる 白い毛並みをすくように撫でた 一本だけある木の枝から複数の鳥たちが休んでいる 自分達しかいなくなった空間で静寂が支配する 「‥‥お迎えに上がりました。遅くなり申し訳ありません」 少年の前にいつのまにか荘厳な黒の鎧と白銀の装飾が煌びやかで、表側が黒く内側が紫のマントを羽織った大きな体躯の男が跪いていた 「楽にして良いよ。ここには誰も来ないし、気を遣ってくれたんだろ?」 「いえ、お邪魔になると勝手に判断しました」 「そこまで私は狭量なものじゃないよ。そう自分を卑下するものではないさ」 「申し訳ございません」 「真面目すぎるのもやっかいだね」 男は無表情で精悍な顔だったが その言葉に僅かに眉を下げ少年にしかわからない悲しそうな顔をした 「別に悪いとは言っていないから。そういう所が信頼できるし、何よりも愛おしいと思うんだ」 少年は立ち上がり跪く男の黒髪を撫でる 後ろに撫で付けた黒髪と前に垂れた白い髪は特徴的だった 大人しく目を閉じて大柄な男は撫でられている 「ん?何か言いたそうだね」 「いえ、…ご機嫌が良さそうでしたので、つい」 「フフッまぁ君ならわかるよね。面白かったんだよ久しぶりにね」 「それはおめでとうございます」 「そうだね。記念日は喜ばしいことだ」 男の一見硬そうな髪に指を通して撫でる 「彼と彼らの先行きは険しいものだ。前に進むというならそれからは逃げられない。奇しくも運命とはなんて残酷で無慈悲なんだろうね」 その声に温度はなかった 男は撫でられながらも窺うように見やる その目は鋭く冷酷な目とは違った感情がこもっている 「さぁ行こう我が翼よ。我らの夢の終わりの為に」 セウスが去った方向とは逆に歩む 男は静かについて行った それはまるで差し込む光とは逆で 遮るように男が立ち 二人は暗がりに消えるように姿を消した いつの間にか鳥も白猫もいなくなっていた 静かな箱の中で静寂だけが取り残されている そして、運命が変わった出来事は誰にも気づかれぬまま 幕が開いた

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