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第7話
獣人
はるか昔、人類と同数存在したと言われる種族だ
だが人類との戦争がありその数は激減
今ではどこかの秘境で隠れ住んでいるとか
金持ちの奴隷として捕まった獣人を見るぐらいなほど
その存在は今やとても珍しいものだった
その獣人が目の前にいて暴れていた
よほど窮屈だったのか
嫌な音を立てて制服が破れていく
破れた箇所から赤茶の毛がモフッとはみ出している
獣人の彼は恐れ多くも式の真っ最中に大声を上げて中断させた挙句、サイファーたちの茶会のテーブルに着地した
あれ、僕も中断させたから同罪?知らないなぁ?
「よっとっと」
素早くヒスイが宙に舞った茶器を回収する
雫一つ溢さなかった
「こらこらイトス。ダメじゃないか」
自分のティーソーサラーとティーカップを持ってお茶を飲むサイファーが嗜めるように言った
獣人の生徒のイトスと呼ばれた彼は、テーブルの上でちょこんと座り耳を折り畳む
「だ、だって姉御」
「その呼び方は嫌だなぁ」
「…お妃様」
「毛を刈られたいのかな?」
「ワフン!?どうかお許しを!クゥーン」
「全く君は。式中は大人しくしていると約束したじゃないか。今年は問題児が多いねぇ」
チラッとこちらを見られた気がしたけど、知らないふりをした
「だ、だってなげーんだもん、です!クロの兄貴もいないしつまんねー、です!」
敬語がものすごくダメなのか、片言のようだった
大きな赤茶の狼は慌てるように言った
「あの子はお昼の寝時間だからね。邪魔したら殺されるよ」
「クゥーン……」
「ほら、もうすぐ式は終わるから、あと少し我慢して、ね?」
子供をあやすように言った
「おいお前!隊長が仰ってるんだからさっさと下がれ!茶の時間を邪魔しやがって普段なら万死に値すっぞ!」
茶器を下げたヒスイがキレながら言う
まさに不良だった
「………」
「無視すんなコラァ!?」
ブチギレだった
サイファー関連だと短気だね君
「はぁ……わかりました」
そう言ってイトスは獣化を解いた
そこには破けた制服を羽織る赤毛のイケメンがいた
またイケメンか!?
僕は内心憤る
「仕方ない子だなぁ。戒めよ縛れ」
サイファーが白い指でイトスの首に触れる
すると発光した後そこには赤い首輪がしてあった
「な、なんだこれ!?ですか?え?」
伸びた爪で引っ張ったりしているがびくともしないようだ
そこから赤い紐のリードがつながっていた
それはサイファーに握られている
「約束を破ったので反省なさい」
「キューーン」
人の状態で犬の鳴き声を出した
まさに飼い犬状態だ
そう思って見ていると振り返ったサイファーが僕を見る
んん?
手招きしてる
僕を?
混乱しながらも注目されてしまったので、仕方なく向かう
うぅ嫌だなぁ目立ちたくない
今更遅いって思う気もするけど気持ちの問題だもん
俯きながら近寄ると微笑んだサイファー
「はい」
「?」
リードを手渡された
そしてイトスと呼ばれた獣人の青年とお互いキョトンとしながら見つめ合う
「なにこれ?」
「リード」
「知ってるけど、どういうこと?」
「遅刻した上に式を中断。罰として彼、イトスの面倒を見なさい」
「はぁ!?」
「おいセウス!口の聞き方には気をつけろよゴラァ!?」
横で柄の悪い不良が騒いでいるが無視をする
僕はそれどころじゃない
確かに、大きいワンコはほしいなぁって思ったけどこれは、これは違う…
今はもはや人に首輪にリードだ
知らない人が見たら完全に変態だと思われる
「あ、姉御冗談きついぜ、です」
ヒュン…パラ
ひらりと赤茶の髪が地に落ちる
「キャイン!?」
サイファーが食器のナイフでイトスの前髪を切ったようだ
なんて荒技を…
「任せましたよ。セウス」
にっこりと微笑まれた
その笑顔に拒否は許されないことを察して僕はとぼとぼと
狼獣人のイトス(人状態)を連れて列に戻った
心なしか周囲の人との距離が離れている気がする
隣に立っているのは気にしてない様子のケイとイトスの隣で嫌な顔をしているさっきの彼がいる
「…コホンッ、それでは式を続ける」
紺色の髪の騎士は先程まであった声の覇気が弱まっている気がする
なんだかごめんなさい
ガジガジッ
「こら紐噛むなぁ」
「アグアグッ!」
やっぱり調教済みの犬でないと僕には手に負えそうにないです
≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
「それでは、入学式を閉会する」
出口近くの列から退場していく
やっと終わったぁー
まぁ半分出席してなかったけどね
でも横のジッとしてられない狼人間と立ったまま寝ちゃうケイを起こしたり、横目で睨む隣の人をスルーしたりと大変だった
帰って引きこもりたかった
雰囲気が和らぎ、後は僕達が教室に移動する流れだ
隣のカリカリと首を掻いているイトス君はどうしたいいんだろう
もしかしてこのまま?と不安になる
悪目立ちしすぎじゃん
残り新入生が十数人となった時だった
「…不快だなぁ」
小さく呟かれた声は何人が聞くことができたのか、
僕はその声の不穏さに動きが止まった
カチャン…
カップが置かれ頬杖をしたサイファーが気怠げに言った
式が終わったばかりなのにどうしたのだろうか
「私の庭で、悪臭を放って隠れられると思っているのかい?舐めすぎてはいないかな」
「……」
周囲は黙って窺っている
どうすればいいのかわからないからだった
「そう。それで隠れられているつもりか。ならそのまま消えたまえ」
淡々と告げ、そして指先で空に光を放つ
すると
「ウガァァァアア!!」
すぐそばで唸り声が聞こえた
見ると音の発生源は既に走り出していたようだ
目が血走っており目が黒く染まっている生徒が
サイファーめがけて一直線に走っている
あぶない!
僕も横から飛び出すように走り出す
体当たりをした
僕の体重と勢いでは共に倒れるぐらいしかできなかった
「いてて」
「ジャマヲ、スルナ!」
狂気に染まった目をした生徒が僕を見る
その手が僕に迫った
「ガルルル!!」
後ろから覆いかぶさるように赤茶の狼がのし掛かった
僕を助けてくれた?
首筋に噛みつこうとしているが、生徒が顎と顔を掴み拮抗していた
だが生徒が前蹴りをしてイトスを吹き飛ばす
「よくもやったな!」
応戦しようと魔術を構築すると違和感を感じた
この人、苦しんでいる
青年の体に重なる黒い影が僕には見えた
「セウス!」
呼び声に意識を戻した
見ると生徒が僕に迫っている
彼の腰に差していた剣が抜かれていた
まずいかも
「アガッ!?」
青年が吹っ飛ばされた
「遅くなった。怪我はないか?」
目の前にはログナスが立っていた
ど、どこから現れたんだ?部外者は親族であろうと出席できないはずなのに
僕を背にして相変わらず凛々しい顔をして立っていたログナス
「大丈夫だよ。でもなんでログナスが」
「話は後だ。片付けてからにしよう」
僕の頭を一撫でして青年を見る
剣を抜いた
「セウスに剣を向けたな。…死ぬがいい」
そう言って風が吹くように移動して首を刎ねようとしたログナスを、僕は止めた
「待って!!」
ピタッとログナスが止まる
そして青年はそのまま抜き身の剣を掴み血が流れるのを無視しながらログナスに迫る
やはり正気じゃない…
「なぜだ?」
「その人、多分操られている!」
確証はないけど、あれは暗黒魔術だ
僕は慌てながらもそう判断した
「だが解呪する方法がない」
「でも…」
確かにそうだった
暗黒魔術なら尚更だった
普通なら衝撃や解呪魔術でなんとかなるけど僕は扱えないし、暗黒魔術なら結びつきが強く助けるなら高位の神聖術師を呼んで助けてもらうか殺すしかない…
ここは神聖皇国だし、時間があれば術師を連れて来られるだろうけど術の影響で青年は今も命を燃やしている
時間は無かった
僕は急いでログナスに簡単に説明した
「なら、俺が楽にしてやろう」
それはログナスが僕の代わりに罪を背負うと言うことだ
「ダメだ!」
僕は強く怒鳴った
それはダメだ。何も変わらないじゃないか!誰かに罪を背負わせて、結局守りたいものを傷つけ苛む呪いの繰り返しだ
ポンッ
「え?」
肩を叩かれて振り向くとそこには微笑んだケイがいた
「な、なに?今はここは危なくて…」
「話は聞いちゃったよ?その人、魔に操られているんだよねー」
思わず頷く
「ならさー、任せてよ」
「ケイ!!」
慌てたように控えていた真面目な彼が大きな声を出す
「大丈夫だよー。まだ蓄えあるし、体も平気」
「だが」
「心配性だなー。俺たちは約束したでしょ?誰かのために、この力を使おうって」
「ケイ…」
悲しげに微笑んでケイは青年に歩み寄る
「来るな」
ログナスが冷徹に言い放つ
「大丈夫です。任せてください」
意志の乗った言葉で、ログナスは少し思案した後頷く
「光よ 我が願いを聞き届けん」
周囲に柔らかく暖かな光が溢れる
「苦しむ者に安らぎを 悩む者に導きを 暗がりに潜む悲しみに光を」
祝詞が紡がれる
これは、神聖術?でもこんなに温かで安らぎに満ちているなんて
僕はこんな魔術を知らなかった
「ウ、ウグ、ガァアッ」
苦しみ出した青年が暴れる
そのせいで抑え込んでいるログナスの剣に自ら掴みかかり
怪我をしている
「しゃーねーなぁ」
横から声がした
仮面で顔を隠しているヒスイだった
表に出ている口元に笑みを浮かべていた
そして人差し指と中指を重ねて上に向け、他の指は握り込んでいる不思議な構えをとった
何をする気なんだ?
「急急如律令 陰影明瞭 金土招来 疾く縛れ」
何かの呪文を詠唱したようだ
すると護符のような紙切れを飛ばしてくっつけて拘束した
見たことも聞いたこともない拘束術だ。いや封印術か?
青年を優しい光が包み込む
「……ッ」
「……」
力の行使が辛いのか
フラついたケイを真面目そうな彼が支える
「……ありがとう。フォルテ」
「いい。…お前は集中しろ」
フォルテと呼ばれた彼はお礼に照れたのか顔を逸らす
後方でサイファー達が静かに見ている
静観することにしたようだ
次第に唸り声を出して暴れていたが
段々と落ち着いてきたようで大人しくなった青年
「……ふう…。つかれたー」
額の汗を拭ってケイはそう言った
「…聖人なのか」
真横にいるログナスが小さく呟いた
確かにそうかもしれない
世界には聖人と呼ばれる神に愛されたものがいる
自然に神の声が聞こえ啓示する者を一般的に言うが
偉業による行いや奇跡を起こし神聖術を扱えるものが聖人と呼ばれる
まさにケイのような者やこの国の女王であり聖女であるリトリシア女王がその筆頭だった
「グッ……アァ!!」
突然また、呻き声をあげるその声は苦しそうで血を吐き出していた
「ダメなのか….」
そう諦めかけた時だった
「よく頑張ったね」
隣にサイファーがいつのまにか立っていた
「表膜は取り除いても根本的解決には至ってない。ヒスイ」
「はい」
「拘束を解いていいよ」
「承知いたしました。『解』」
護符が外れた
青年が腕を伸ばしてサイファーに迫った
「ユダ君」
「……」
名を呼ぶと芝生の地面から荊が現れ青年を拘束し地面に縛り付けた
スタッ……
皺一つない燕尾服を着たユダが機嫌が悪そうな顔で現れた
「フフ、ご協力どうも。お二人とも協力ありがとう」
そう言って見て僅かに笑い青年に近づく
そして指先に魔力を流して単純な光の鞭を形成した
パチンッ!
鞭をしならせて一振り、青年の背中の衣服を弾き飛ばした
「これは…」
魔法陣が描かれていた
蛇と蜂、そして何かの目玉と悪魔の名前
名前までは解読できないが、低級だと思う
大物を憑依させることはリスクがでかいし悪魔を自由にさせて碌なことはない
てことは術者は低級の悪魔を使役し憑依させてこの青年を操っていたのか
なんて酷いことを
肉体と魂を糧にして発動していたからとても苦しいはずだ
なぜ感知できなかったんだろう
「実にくだらないことをする。苦しかったろう可哀想に」
悲しそうな顔をして指先を伸ばすサイファー
「白き無窮の夢 胡蝶の羽を標に道を進みなさい」
指先から一頭の蝶が残光を漂わせながら青年の背中に降りる
パチンッ
指を鳴らす
すると蝶は光を強く発光させてふわりと消えた
「魔法陣が消えてる…」
そう僕は呟いた
悪魔の贄になっていた契約を、外部から解除した?
悪魔との契約を?
それは、魔術と呼ぶには、あまりにも……
訝しんでいると視線を感じて見ると
サイファーが意味ありげに微笑んでいた
………
学べることが、本当にありそうだ…
目的のためにここで必要なことは全て身につけて
無知で愚かな自分から卒業したい
そう強く思った
「彼を治療室へ」
「はい!」
控えていた騎士が返事をして青年を運んだ
「さぁ君たちも教室に戻りなさい」
周りを見ると既に僕達以外は避難していて教室に移動していたと後で知った
それぞれ解散していく中
僕はログナス達に歩み寄る
「助けてくれてありがとう」
「構わない。お前が無事ならそれでいい」
嬉しいけど、なんだか面映ゆい…
「馬子にも衣装といいますが、悪くはありませんね」
僕を見たユダが言った
なんだと!褒めるなら素直に褒めなさい!
「どうして二人がここに?」
「入学式に部外者は立ち入れないから警備を担当してくれるなら見ていてもいい。と言われたから警備していた」
「私もです…」
ログナスはなんとも思ってなさそうだったがユダが不服そうな顔をしている理由がわかった
「おーい!セウスー!もう行くよー」
ケイが呼んでいる
「もう僕行かなきゃ!また後でね!」
「ああ。またな」
「いってらっしゃいませ」
二人に手を振って別れた
白い薔薇が咲いている通路を進む
「いやー、疲れたねー。眠いなぁ」
「お前はいつもそうだろ。たまに頑張ったぐらいで喚くなよ」
「頑張ったって言ってくれてるんだなー。嬉しいよー」
「ば、馬鹿!何を言ってるんだ。事実を言ったまでであってそんな意味は…って何を笑ってやがるんだお前!」
「別に笑ってませんよー!八つ当たりしないでもらえるフォルテ君ー?」
「ケイの真似をするな!こんなのが2人いてたまるものか!」
「あははー。フォルテ言葉遣い戻ってるよー」
廊下を進みながら騒いで教室に向かった僕らであった
僕らが去った場所に残った彼らは
話し出す
「それでどうだったかな?」
「既に把握しておりますでしょうに白々しい…」
「テメェ!口の聞き方を気をつけやがれ!主従揃ってナメやがって!」
「話が進まないから大丈夫だよヒスイ」
「……隊長がそう、仰るなら」
「あなたは犬の役が様になっていますね」
「うるせぇよ陰険銭ゲバ」
二人が無言で睨み合う
「毎度飽きませんね。それで?」
「俺は何も異常は見つけられませんでした」
セウスが去ったらログナスは感情を感じさせない声音で言った
実際、そこに何も込められておらず事実のみ報告する
これが普段のログナスだった
「私も、…何も問題はありませんでした」
「…寝ぼけてたんじゃねぇのか。それか腕が落ちたかだな」
「…小猿が」
「アァ!?植物オタクが」
また睨み合う
「なるほど。監視はしていましたが警戒をして損はありませんでしたね。…なら、内部犯と言うことになりますか」
その言葉に一同が真剣な顔をした
「一難去ってまた一難。君たちの宝石は飽きさせませんね」
「……誰にも傷つけることも、触れさせるつもりもありません」
静かにそう言ってログナスはその場を去った
「同じく。私の主人を害なす存在は許しません。それが何であっても……。失礼致します」
一礼してユダも去る
「……ケッ。偉そうに好き放題言いやがって」
「フフ。それだけ大切なんでしょう。人は成長し、変わるものなんですね」
どこか遠くを見て言った
その横顔をヒスイは何とも言えない顔で見つめる
この時ばかりはこの仮面があって良かったと思った
自分の否定できない罪の証明であっても…
「お待たせしました我がマスター。次の手筈は整っております」
「御用命とあらば貴方様の憂いを晴らしてご覧になります」
狼の仮面の男と片角が生えた仮面をした二人が跪き述べた
側でもう一人の狐のような仮面をした男はただ静かに立っている
ヒスイは同列となっている同じ立場のはずの輩に内心辟易しため息を吐く
わかっているが、本当に自分達はどうしょうもない
愚者の集まりだと痛感する
この偉大なるお方の慈悲で自分達が人として存在し生きていけると改めて思うヒスイ
自分達はどれだけ凶悪であるから戒めが必要だ
あの小さな少年に、どこまで耐えられるかヒスイ自身であってもわからなかった
「君たちの忠義に感謝する。そのまま流れに任せなさい」
「「「「御意」」」」
四人の騎士は跪き首を垂れて返事をした
ヒスイは俯きながらも
この中にどれだけ主人に対し真っ当な忠義を抱いているかわかったものではないと知っていた
だからヒスイは、同じ銀色の仮面をつけた仲間なはずの彼らをいつでも殺せるつもりであった
互いに内心を明かさず
最強の騎士達がその場を離れる
「なかなか、厄介なものだね」
歩んだ先の白薔薇の花弁に触れながらサイファーが一人で話す
「殺してはダメだよ。あれは必要な鍵だから。いや扉かもしれない。だから勢い余って殺したりしたら怒るからね」
淡々と話す彼の後ろに
セウスを見つめていた仮面の男がいた
静かな言葉には絶対の重さがある
言いつけを守らなければ、殺されるより恐ろしい目に遭うと感じるほどだった
「……仰せのままに」
低く通る声を発し男は消える
「………子守も大変だね」
一輪の薔薇を摘み取って
その場を去ったサイファー
人に満ちていた会場の広大な芝生の庭に
空から影が落ちてきたせいでまるで朽ちた世界のように
静けさを感じさせていた
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