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三、それは夜も更けた頃に起きました
部屋がしんと静まりかえったので、ようやく俺は行動を起こした。時間はとうに深夜、いやもう早朝近かったりするのではないだろうか。
廊下の闇が闇と思えぬほど、目は光のない空間に慣れていた。トイレの位置はきちんと覚えていた。そこの扉を開くと、光がぱぁと溢れてきた。中へ駆け込み、扉を背で押して、一息。
俺の部屋と同じくらいの広さのトイレだ。乳白色のつるつるした石の壁は、きっと大理石なんだろう。デカい鏡があるのは落ち着かないんだが、用を足す場所は映らないようになっている。
黒い洋式の便器の前に立って、いきり立ったそれを突き出す。ここに放ったら、さぞかし目立ってしまうだろう。確かにそこは排泄を受け止める場所だ。しかし、単に行き場のない性欲を吐き出されたことなんて、きっとないに違いない。
俺一人の行為なのに、相手を穢す背徳感に打ち震えた。手で軽くしごくこと数度で、俺はあっさりと達してしまった。こともあろうに、便器の上蓋から便座に掛けて、派手に白濁を散らしてしまった。
一応は萎えてくれた股間だが、むず痒いような皮膚感覚が残っており、刺激すればすぐに勢いを取り戻すに違いない。
俺はすぐさま手でそれを揉みほぐしてやる。膝がガクガクと震えてきて、立ってられなかった。横の壁に背からぶつかるようにもたれて、脱力する身体を支える。
身体の向きを変えたことで、便器しか見ていなかった俺の視界が、トイレ全体を見渡すものに切り替わった。
扉のすぐ横に、春日が立っていた。
「……は?」
俺はずるずると壁を伝って、床に尻餅をついた。トイレの床だが、不潔感はなかった。
「だって……電気、ついてたでしょ……」
あ、そうか。自動で電気がついたりするわけじゃないのか。なるほど、春日が先客だと。じゃあ、無礼を働いたのは俺の方か。
近所のスーパーで買った上下のスウェット姿、しかもズボンをパンツごと下ろして腰を抜かしている俺と。
どう見てもシルク製だか何だかの、光沢のある純白のパジャマ姿の春日と。
下手したら、俺が性犯罪者として糾弾されるんじゃないか。同性同士でも、痴漢じゃないのか、これ。
春日がひたひたと俺に近づいてきた。
俺の目の前まできて、春日は手を差し伸べてくれるが、果たして手を取る資格があるのか?
「……立ちなよ」
言葉でそう言われて、俺は春日の手を無視して、壁を尻で押すようにしながら立ち上がった。膝から下へズボンが落ちていくので、両手でぐいと引き上げる。
「良いよ、そのままで」
……というのは、どういう意味なのだろう。
春日は俺の前にひざまずいた。せっかく引き上げたズボンを、足首まで引き落としてしまう。
俺は股間を春日の眼前に突きつけてる格好になった。さすがにへんにょりと萎えているのだが、それを春日の口があっさりと捕まえるのである。春日の口が。俺の、俺の……。
舌が俺の先端を軽く持ち上げていた。それは柔らかくて熱かった。じっとりとした唾液の感触は、指先だけで妄想するのとは違い、竿にねっとりと絡む。俺の先端の輪郭に沿うように、滑らかに舌が動き回る。
俺は周囲を見回した。豪邸にある小部屋のようなトイレ。鏡があるのは女性のためか、ほら化粧室って言ったりするから、化粧するんだろ、トイレで。そういえば、替えのトイレットペーパーとか百個ぐらい置けそうだけど、そんな見苦しいもんないな、だって豪邸のトイレだし。
恐る恐る下を見る。上品な顔立ちの男子が、横髪を時々耳に掛ける仕草をしながら、俺の性器を掴んで、半ばまで口に含んでいる。舌がさらさらと裏側を持ち上げて撫でて、唇がきゅうと竿を吸い、唾液がくちゅくちゅ音を立てる。
ちょっと……だいぶ、妄想とは違うというか……その……どうせなら根元まで……いや、多分焦らしているのだ、俺が徐々に固さを増していく様を、口の中で楽しんでる。
空気が鳴って、春日の口から俺のものが吐き出された。臍近くまで亀頭が反り返って、心臓よりも激しく高鳴っている。
「すごい」と、春日は嬉しそうに笑った。
そして俺の真に望んだ光景がそこに現れた。
頬の形が変わっているのが分かるほどに、俺のものは強く吸い上げられる。絡みつく唇が快い。先端がぐにゃりと喉の肉を衝く。
春日の頭は俺の目の前で前後に振れる。振り乱される髪。俺の手が頭頂に触れる。まるで子供を褒めるような仕草で、数度撫でる。
と──それが悪かったのか、春日は口から俺を吐き出した。だが、顔を上向きにすると、棒の形をした飴を舐めるかのように、根元から先端、裏筋を丁寧に舌で辿る。
「う……」
と、出かかった声を殺したところで、春日は切れ長の瞳で冷ややかに俺を見る。
「もっと気持ちよさそうにしてよ」
「え」
「気持ちよくないなら止める」
「い……す、すごい、です……はい」
「んじゃ、そう言って」
そう言った春日の口が次に捕らえたのは、竿ではなくて玉袋の方だった。ぼってりと膨れ上がっていたそれを、玩具のように転がされる。すっかり唾液にまみれた竿は、それを染みこませるような手の動きで摩擦される。
「ん……あ、その、それは……それ……」
根元から張り詰めて押し寄せる感覚。
「出ちゃ……あ……出……」
袋の裏側が舌先でくすぐられて、竿は血流を加速させる動きでしごかれて、それも最高に気持ちいいのだが、そうではなくて。
「……口、入れぇ……」
「俺の口の中でイきたいの?」
玉袋を吐き出した春日は、舌に絡みついた陰毛を指でつまみ取った。
「う……口で、して欲しい……」
「俺の口に精子ぶちまけたいのね」
首の折れた人形のように、俺はカクンと首を縦に落とす。
「じゃ、そうお願いしてごらん」
「……え?」
「春日の口に精子出したいって言えよ」
人の善いお坊ちゃんだとばかり思っていたその面が、傲慢さを帯びた冷笑を浮かべていた。
「何をして欲しいのさ……俺に」
「あ……かす、かすが……の口に……せいし、出させて……」
俺は春日にあっさりと屈服した。春日の笑みが頬を裂くように広がる。
「ドスケベ」
まったく反論はできない。だが、それを言うなら、とも思う。
だが、やはり春日は良い奴なのか、俺のその惨めな願いをちゃんと聞いてくれた。
唾液と体温にぬっぽりと包みこまれ、俺の漲りが徐々に広がって溶けていく。股間を包み込む快感に、俺の全てをそこに明け渡して一向に構わないのだ。
「あ……あう……出す、出す……」
俺はかろうじて射精を予告できた。いきなり放つのは礼儀に悖ると、先ほど聞いたばかりであった。
精子を放つ肉茎を、春日の唇はすがりつくように吸い上げ、しっかりと支えてくれた。
「あ……すげ……止まらな……」
射精の多幸感が全身を貫く。放つものを受け止めてくれる他者がいるだけで、こんなにも違うものなのか。
液体の流れ自体は止まっても、俺の身体は余韻に痺れた。春日はまだ口に含んでいてくれる。もう萎えたそれがチロチロと舌にくすぐられている。
「春日ぁ……」
俺は甘えるようにその名を呼んだ。すると春日は俺を吐き出してしまった。
頭を掴まれ、ぐいと引き寄せられた──と思ったら、唇を重ねられた。
「お口開けてごらん」
耳元でささやかれ、ぽかんと口を開けると、舌がべろりと差し込まれ、唾液と精液を流し込まれる。
……って、初めてのキスが自分の精液の味ってどうなんだよ、おい。
「お返し」
くすくすと笑いながら、春日は舌なめずりをしていた。俺は、流し込まれたそれを、飲むしかなかった。
「俺の家でオナニーしてたのは黙っててやるよ」
今更にそんなことを言ってくるが、今の行為は何だったんだ? 口止め料?
春日は立ち去り際に、鏡の前の洗面台にあったタオルを俺へ投げつけた。
「それは拭いておけよ」
そこで俺は、便器に派手にぶっ掛けたことを思い出す。
そして、乾いてこびりついた精液を、濡らしたタオルで必死扱いて掃除する羽目になった。
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