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四、それから一夜明けました

 合宿──何の合宿なのかは不明だ──二日目の予定は「別荘で遊ぶ」。別荘地とはいえ近所づきあいはあるらしく、大勢押しかけた高校生に勝手な行動は取られるとまずいそうで、外出は明日にお預けだ。  さすがに一日中海で遊ぶのもしんどかろうというので、娯楽室も開放された。にわか映画上映会が始まったり、訳も分からずビリヤードやらダーツやらを始める者やら、テレビゲームで遊ぶものやら。  で、まあ。俺は何となく班行動を続けているのであった。相変わらず、高田の彼女、秋本の班との合同で。映画を観るそうなので一応は見ているが、何が何だか分からない。  高田と秋本がぴったりくっついているのは良いとして、他の連中も合流した班の女子とベタベタし始めてるんだけど、これ何て言うんだっけ。えっと、なんかあったぞ、こういう状態を説明する言葉。出会い系。いや絶対違う。そこまでいかがわしくない。 「海行こっか」と誰かが言ったので、水着に着替えて、海に移動になった。スイカ割りなんて単語が出て、でも誰が用意するんだという話になるが、スイカは用意されていた。  俺はスイカ割りをする健全な高校生男女をパラソルの下で体育座りしながら見守った。ちょっと気分が悪いとか何とか言って。ノリ悪いなとか何とか言われたけど、それだけだった。  その内に、篠井が割れたスイカを俺に届けてくれた。そのまま、篠井もパラソルの下であぐらをかく。 「リア充のノリがきつい」  と言う篠井は、スイカ割りに参加して尚、女子と物理的距離を縮められなかったようだ。 「うん、まあ、でも、何もないより良いんじゃないか、高三の夏だし」 「お前さー、昨日寝ちまってたけど、女子の評判は悪くないって、高田が言ってたぜ」 「良くもないんだろ」 「ってか、お前が放っておくからだよ! 脈があったらこう、押せ! もっと押せ!」 「そうは言われてもな……」  そりゃ、好かれていると言われて、悪い気はしないが、だからといって、こっちが好いているわけでもない相手とどうこうなったって、嬉しいわけが……。  ──では、昨晩のアレは何だったんだ? 「ん? どうした伊集院、誰のこと考えた?」  どうやら顔に出たらしく、篠井が好奇心丸出しで身を乗り出してくる。 「ちが、違う! お前が妙なこと言うから、ちょっとその、いやそういうアレじゃなくて!」 「ああ、もしかしてうちのガッコじゃない? 塾の誰か?」 「そうじゃねえってば!!」 「何お前ら男同士でゴチャゴチャやってんの」  その呆れ声に全身総毛立つ。 「ん、春日、お前よくスイカなんか用意してたね」 「だって、みんなやりたがると思ったし」  春日は当然のように俺の隣に座った。すらりと長い足は、なんと脱毛していた。何て奴だ、まったく。そのくせ、上半身は細身でも筋肉で引き締まっていて、俺なんかより男らしく、そこにビキニ姿の美女でも添えればさぞかし様になる。幾何学的にカラフルな柄のサーフパンツもどうせブランド物だ。 「外部受験組は、やっぱり遊ぶ余裕がないのかな?」  俺の右で春日が言えば。 「そりゃ伊集院はね、最初来ないって言ってたんだから」  俺の左で篠井が答える。 「……へえ、そうなの」  春日はちらりと俺を見た。そこによぎった感情を俺が読み取るよりも先に、篠井へ顔を戻してしまう。 「なに、んじゃ篠井が誘ったわけ」 「だってさあ、同じ学校だからって、こーゆー付き合いできるの、高校までだろ。いくら大学一緒でも、こういうノリはもうないんじゃん?」  篠井の言葉に、春日は「まあね」と気のない相づちを打った。 「多分、会社の社長の別荘なんて、俺二度と来ないと思う」 「篠井は、自分が社長になった時に別荘持てば良いさ」 「俺が社長になってもさ、貸別荘みたいなのしか無理だって」 「社長になるのは否定しないの」 「割と」  そこで二人は俺を挟んでけらけら笑った。  堪えきれなくなって、俺は立ち上がって、パラソルを出た。 「おーい、伊集院、どこに行くんだ」 「散歩」と篠井の問いに答えたのは、要するに行くあてがないということだった。  プライベートビーチの外に出てはいけないので、別荘に戻った。部屋に籠もるのも嫌なので、庭らしき場所へ出て行く。  真っ新に整えられた芝生に、風雨に晒されているのに真っ白なままのテーブルと椅子。まるで春日そのものじゃないか。  どっかりと座り込んで、やることがない。部屋から単語帳でも取ってこようかと思って……止めた。  俺は篠井に腹を立てていた。なんだよ、俺と一緒に来たいようなことを言って、結局はあいつ一人で来たって同じだったんじゃないか。なんだよ社長になるって。俺はそんな話聞いたことないぞ。  ……そう、結局、春日さえいれば、万事何とかうまく回るのだ。春日は誰とだってうまくやれる。篠井とだってうまくやる。だから別に俺は必要ない。  庭からはプライベートビーチが一望できた。海はギラギラと輝いている。今日も船に乗れたら良かったのに。でも、運転手がいないらしい。昨日はわざわざ連れてきたそうだ。じゃあ、仕方ない。俺たちはこの別荘地の維持費をびた一文払っちゃいない。

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